猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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本が面白いかもしれない

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 放課後。

 陽向は、ゆっくりと自転車をこぎながら帰路についていた。
 沈みかけの夕日がオレンジ色の光を投げかけ、アスファルトが長い影を作る。

 風が少し肌寒い。
 でも、なんとなく心の中は温かいような、不思議な気分だった。

 「……本が面白いかも」なんて、今まで思ったことなかったな。

 つぶやいた言葉が、自分でも信じられなかった。
 ついこの前までは、「本なんて退屈なもの」と思っていたのに。

 昨日、渋々読み始めた『走れメロス』。
 最初は「何が面白いんだよ」と思っていたはずなのに、気づいたら話に入り込んでいた。
 そして、今日の昼休み。
 ふとした会話の中で、読んだばかりのメロスの話をしてしまった。
 それが、意外にもクラスメイトとの会話のネタになった。

 ── 本って、意外と面白いのかもしれない。

 そんなことを考えていると、カバンの中が妙に気になった。

 ── 昨日の本が、まだそこに入っている。

 別に、続きが気になるわけじゃない。
 ただ、なんとなく。
 気づいたら、手がカバンのファスナーに伸びていた。

 「……フン」

 そのとき、後ろから聞き慣れた声がした。

 「続きが気になるなら、読めばいい」

 「っ!?」

 陽向は思わず肩をビクッとさせた。
 慌てて振り返ると、そこには──

 自転車の後部キャリアの上に、悠然と座るトラ老師。

 「うわっ!? なんでお前そこにいるんだよ!!」

 「乗った」

 「シンプルすぎるだろ!!」

 陽向はブレーキをかけ、道の端に停車する。
 その間も、トラ老師はキャリアの上でゆったりと座り、毛づくろいを始めた。

 「お前なぁ……いつの間に乗ったんだよ」

 「貴様が信号待ちをしている間だ」

 「こっそり忍び込むな!!」

 陽向は頭を抱えた。

 「てか、なんでお前、いつもいるんだよ……」

 「俺は家庭教師だからな」

 「家庭教師って、勝手に自転車に乗るもんなのかよ……」

 陽向が文句を言っても、トラ老師はまったく気にした様子もない。
 ふと、トラ老師の視線が陽向の手元に落ちた。

 「……」

 陽向は、ハッとする。

 無意識のうちに、自分の指がカバンのファスナーをつまんでいた。
 しかも、ちょっと開いて、中の本の背表紙が見えている。

 「……別に、気になってねぇし」

 慌ててファスナーを閉め、そっぽを向く。

 トラ老師は、それを見ても何も言わなかった。
 ただ、じっと陽向の顔を見つめている。

 無言のまま、じぃーーーーっと。

 (うわ……なんか言えよ!!)

 陽向は耐えきれず、むすっとした顔でそっぽを向いた。

 「なんだよ、黙って見てんなよ!!」

 「フン」

 トラ老師は鼻を鳴らし、優雅に伸びをした。

 「まぁ、じきに分かるさ」

 「なにがだよ」

 「……」

 また黙る。

 じっと見つめてくる。

 「……だからその顔やめろ!!!」

 陽向はカバンをぎゅっと握りしめる。
 心なしか、手に感じる本の感触が、さっきよりもはっきりとしたものに思えた。

 風が吹く。
 オレンジ色の夕陽が、二人の影を長く伸ばした。

 陽向は、深く息を吐く。

 「……ちょっとくらい、読んでもいいけどな」

 誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやく。

 その瞬間、トラ老師が満足げに喉をゴロゴロと鳴らした。
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