猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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未知のジャンルに挑戦

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 夕方、陽向は部屋のベッドの上に座り、手にした文庫本をじっと見つめていた。

 表紙には、どこか幻想的なイラストが描かれている。
 タイトルも、どこか聞き慣れない響きだ。

 「俺、こういうの読むの、初めてかも……」

 今まで読んできた本は、学校で習う文学作品や、短めの物語が多かった。
 でも、今回選んだ本は違う。
 ミステリー、SF、ファンタジー…… どこか現実離れした世界観の物語だ。

 普段なら手に取らなかったはずの一冊。
 それなのに、なぜか惹かれた。

 (まぁ、とりあえず読んでみるか……)

 そう思いながら、陽向はゆっくりとページをめくった。

 最初の数ページは、正直、読みにくかった。

 登場人物の名前がやたらと長かったり、馴染みのない用語がたくさん出てきたり。
 (うわ……なんか設定が難しそう……)
 そんなことを考えながらも、なんとなく読み進める。

 ところが。

 気づけば、どんどんページをめくる手が止まらなくなっていた。

 ── 異世界に迷い込んだ少年が、仲間とともに試練に挑む話。

 少年は最初、何も知らないただの村人だった。
 でも、旅を続けるうちに、新しい力を手に入れ、仲間と共に成長していく──。

 「なんだよ……めちゃくちゃ面白いじゃん……!」

 陽向は、思わず息を呑んだ。

 今まで読んできた物語とは、まったく違う感覚。
 現実ではありえない世界なのに、まるで自分もその場にいるかのような臨場感。

 まさに、物語の世界に「入り込む」という感覚だった。

 「……」

 ふと、隣で何かが動いた。

 チラッと横を見ると、トラ老師が陽向の隣に座り、じっと本を見つめている。

 「……お前、何してんの?」

 「フン、お前の様子を観察していた」

 「……俺の?」

 「ずいぶん夢中になって読んでいるからな」

 陽向は少しムッとして本を閉じようとする。

 「別に、そこまでじゃ……」

 だが、次の瞬間。

 パタッ

 「え?」

 トラ老師が、前足でページをめくった。

 「ちょ、お前、何してんだよ!」

 「お前が遅いから、ページをめくってやった」

 「いらねぇよ!!」

 陽向は慌てて本を持ち直し、睨むようにトラ老師を見る。

 が、トラ老師はまるで悪びれた様子もなく、どこか満足げな顔をしている。

 「フン……。お前もようやく、本の世界に入り込む楽しさを知ったようだな」

 「……うるせぇ」

 陽向は小さくつぶやき、再び本に目を落とす。

 ── 本の中の少年は、仲間と共に新たな冒険へと歩みを進めていた。

 ページをめくるたびに、まるで自分もその旅に同行しているような気分になる。

 (もし、俺がこの少年だったら、同じ選択をするのかな……)

 そんなことを考えながら、陽向は次のページへと進む。

 (……うわ、もうこんなに読んでる)

 時計を見ると、いつの間にか30分以上が経っていた。

 普段なら、スマホをいじっていた時間。
 それなのに、今日は本を読んでいた。

 しかも、「読みたい」と思って読んでいた。

 ── なんか、すげぇな。

 そんな感想が、ふと浮かぶ。

 「フフン……」

 ふと、隣から喉を鳴らす音が聞こえた。

 「……なんだよ」

 陽向が横を見ると、トラ老師は満足げな顔でゴロゴロと喉を鳴らしている。

 「だから言っただろう」

 「?」

 「世界は広い、と」

 トラ老師は、ゆっくりと伸びをしながら言った。

 「今まで知らなかった世界が、ページをめくるたびに広がっていく。それが読書の魅力だ」

 「……」

 陽向は、手元の本を見つめる。

 ── 本当に、そうだ。

 少し前まで、自分がこんなに読書にハマるなんて思ってもいなかった。
 それが、今では「もっとこの物語を知りたい」と思っている。

 「世界は広い、か……」

 陽向は小さくつぶやくと、再びページをめくった。

 その横で、トラ老師は静かに目を閉じ、満足げに喉を鳴らしていた。
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