猫の先生は気まぐれに～あるいは、僕が本を読む理由

直感で選んだ一冊

　陽向は、深呼吸をひとつしてから本棚をじっと眺めた。

　（…よし、直感で選んでみるか）

　今までは、本を選ぶなんて考えたこともなかった。
　読書なんて、学校で読まされるものか、トラ老師に押しつけられるものだった。

　でも今は違う。
　自分のために、自分が読みたい本を選ぶ。

　それが、思ったよりもワクワクするものだと気づき始めていた。

　陽向は、ゆっくりと本棚を歩きながら、本の背表紙を眺めた。

　（…どれがいいんだろ）

　無数の本が並ぶ中で、どれもそれなりに面白そうに見える。
　だけど、その中でひとつだけ…なぜか目に留まった本があった。

　「…ん？」

　表紙を見た瞬間、なんとなく気になった。
　派手なデザインではない。
　けれど、どこか引き込まれるような雰囲気がある。

　陽向は、無意識のうちにその本を手に取っていた。

　タイトルを確認する。

　「…なんか、今の気分に合うかも？」

　詳しい内容はわからない。
　でも、なんとなく惹かれる。

　陽向はページをめくり、適当に数行を読んでみた。

　（…あれ）

　最初の数行だけで、不思議と物語の世界に入り込んだ気がした。
　スラスラと頭に入ってくるし、読んでいて気持ちが良い。

　「…これにするか」

　初めて、自分の意志で本を選んだ瞬間だった。

　「フン…悪くない選び方だな」

　すぐ隣から声がした。

　横を見ると、トラ老師が棚の隙間からじっとこちらを見ている。

　「お前…いつの間にそこに？」

　「ずっと見ていた」

　「…なんでだよ」

　陽向がムッとしながら聞くと、トラ老師は満足げに尻尾をゆらゆらと揺らした。

　「ようやく貴様も、『本を選ぶ』ということがわかってきたようだな」

　「…うるせぇ」

　陽向は小さくつぶやきながら、もう一度手にした本を見つめた。

　（…本って、こうやって選ぶのか）

　今までなんとなく「ちゃんと選ばなきゃ」と思っていたけれど、案外こういうものでいいのかもしれない。

　ふとトラ老師を見ると、今度は前足で顔を洗い始めていた。

　（…なんか機嫌よさそうだな）

　陽向は小さく笑いながら、本をレジへと持っていった。