猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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本を選ぶのって…楽しい?

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 夜の空気が少しひんやりと感じられる中、陽向は本屋の扉を押し開け、外へと足を踏み出した。

 手には、さっき自分で選んだ一冊の本。

 表紙をじっと見つめる。

 (…本って、こうやって選ぶのか)

 なんとなく、今までの自分とは違う感覚があった。
 適当に手に取ったわけじゃない。
 誰かに勧められたわけでもない。

 自分が読みたいと思ったから、選んだ。

 それが、こんなに満足感のあることだとは思わなかった。

 (…不思議だな)

 たった一冊の本を手にしているだけなのに、少しだけ誇らしい気分だった。

 「フン…」

 突然、鼻を鳴らす音がした。

 「どうだった? 貴様の『狩りの成果』は」

 「狩りって言うな!」

 陽向は反射的にツッコんだが、不思議と嫌な気分はしなかった。

 「だが…悪くはないな」

 トラ老師は、どこからともなく現れ、陽向の肩にひらりと飛び乗った。

 「おい、いきなり乗るな!」

 「フフン…よくやった」

 「褒めるなら、ちゃんと座れ!」

 「これは俺なりの褒め方だ」

 トラ老師は悠々と前足を揃え、満足げに喉を鳴らした。

 陽向は、再び手元の本を見つめた。

 「でも…こうやって本を探すの、意外と楽しいかもな」

 今まで、本を選ぶことなんて面倒くさいと思っていた。
 読まされるのが普通で、自分から読もうなんて思ったこともなかった。

 でも、実際に探してみると…

 知らない本がたくさんあることにワクワクしたし、
 「これを読んだら、どんな話が待っているんだろう」と想像するのも楽しかった。

 すると、肩の上でトラ老師がフフンと喉を鳴らした。

 「貴様もようやく、『本を選ぶ楽しさ』を知ったか」

 「…まぁ、認めてやってもいいけどな」

 少し気恥ずかしくなりながら、陽向はボソリと答えた。

 足元のアスファルトに、街灯の光が柔らかく落ちる。

 夜風が静かに吹く中、陽向はふと考えた。

 「次は…どんな本を読もう?」

 思えば、こんなことを考えたのは初めてだった。

 次に読む本を探すなんて、今までなら面倒だとしか思わなかったのに…
 今は、その「次」を考えること自体が楽しく感じられた。

 新しい物語を知ることが、こんなにワクワクすることだったなんて。

 「フフン…」

 トラ老師は、どこか満足げに目を細めた。

 「なかなかいい顔になってきたな」

 「…は?」

 陽向が驚いて振り向くと、トラ老師はニヤリと笑うように口元をわずかに動かした。

 「本を選ぶ楽しさを知った者の顔だ」

 「…」

 陽向は、思わず目をそらしながら、少しだけ笑った。

 (…そうかもな)

 今日、自分が本を選んだこと。
 それが、どこか誇らしく思えた。

 次は何を読もう?

 その考えが浮かぶだけで、胸が少し躍る気がした。

 ふと空を見上げると、星がぽつりぽつりと瞬いていた。

 トラ老師は、陽向の肩の上で軽く伸びをする。

 「さて…今日は帰って、本を読むとするか」

 「…お前、俺が読むのを監視する気か?」

 「フン…そんなことはしない」

 「だったら、なに?」

 「ただ、お前がどんな顔をして読むのか、興味があるだけだ」

 「…やっぱり監視じゃねぇか!」

 陽向が肩をすくめると、トラ老師は小さく笑ったように喉を鳴らした。

 「お前はもう、俺が何も言わなくても本を読むだろう?」

 「…かもな」

 陽向は空を見上げたまま、そう答えた。

 気づけば、本が隣にあるのが当たり前になりつつある。

 そんな自分の変化を感じながら、陽向はゆっくりと歩き出した。

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