猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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読書なんて意味あるの?

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 昼休み、教室の隅で何人かのクラスメイトが集まり、雑談をしていた。
 陽向もなんとなくその輪の中にいて、適当に話を聞きながら相槌を打っていた。

 「なあ、昨日のサッカーの試合見た?」
 「やばかったよな、あのゴール」
 「でもさ、あの場面でパス回しすぎじゃね?」

 いつもと変わらない会話。
 陽向は適当に相槌を打ちながら、スマホをいじる。

 ふと、話題が変わった。

 「そういえば、この前の国語の時間さ、先生が『読書の大切さ』とか言ってたけど、ぶっちゃけ本って読む意味あるのか?」

 その言葉に、陽向は思わず顔を上げた。

 「本を読んだって、別に何かが変わるわけじゃなくね?」

 そう言ったのは、クラスの中でもあまり勉強に熱心ではないタイプの男子だった。
 周りもなんとなく納得するような、そうでもないような曖昧な反応を見せる。

 「まあ、確かに。宿題で読まされるのはだるいよな」
 「国語の先生、本読むと頭がよくなるとか言ってたけど、ほんとかよ」
 「そもそも、読む時間がもったいなくね? YouTubeとかのほうが楽しくね?」

 それぞれが思ったことを口にする中で、陽向は黙ったままだった。

 今までは、なんとなく彼らの意見に頷いていた気がする。
 でも、今の自分は違った。

 (俺、本を読んで何か変わったのか…?)

 最近の自分を振り返る。
 以前よりも本を読む時間が増えた。
 難しい本にも挑戦するようになり、わからないことを考えるのが楽しくなった。
 けれど、それが「何かを変えた」と言えるのかどうかはわからなかった。

 「お前、どう思う?」

 突然話を振られ、陽向は少し戸惑う。

 「え? 俺?」

 「なんか、この前の授業のとき、お前結構真面目に聞いてたっぽいし」
 「まさか、本好きだったりする?」

 クラスメイトが興味本位で尋ねる。
 陽向は一瞬、どう答えればいいのか考えた。

 (俺、読書が好きなのか…?)

 今までなら「別に」と適当に流していたかもしれない。
 でも、最近は確かに本を読んでいる。
 読むこと自体を楽しんでいる。

 だけど、「読書の意味」と言われると、答えに詰まった。

 「…まあ、嫌いではない、かな」

 少し曖昧に答えると、クラスメイトは「へえ」と軽く流した。
 それ以上は特に突っ込まれることもなく、また別の話題へと移っていく。

 放課後、陽向はカバンを肩にかけ、ゆっくりと帰り道を歩いていた。

 今日の昼休みの会話が、まだ頭の中でくすぶっている。

 「本を読んだって、別に何かが変わるわけじゃなくね?」

 クラスメイトが何気なく言った言葉だったが、なぜか引っかかる。
 以前の自分なら、何も考えずに「まあ、そうだよな」と流していただろう。
 でも、今はそう簡単に割り切れない自分がいる。

 (俺、本を読んで何か変わったのか…?)

 以前よりも本を読む時間が増えた。
 難しい言葉が出てきても「どういう意味だろう?」と考えるようになった。
 物語を読んでいるとき、登場人物の気持ちや展開を深く考えることが増えた気がする。

 でも、それが何かを大きく変えたかと言われると、答えに詰まる。
 勉強が急にできるようになったわけでもないし、性格が大きく変わったわけでもない。

 (本を読んでるだけで、何かが変わるもんなのか?)

 なんとなくモヤモヤした気持ちを抱えたまま、歩道橋の階段を上る。
 ちょうど橋の真ん中あたりに差し掛かったとき、どこかから聞き慣れた声がした。

 「フン…またつまらんことを考えているな」

 陽向は足を止めた。

 視線を横に向けると、歩道橋の欄干の上にトラ老師がちょこんと座っていた。
 こちらを見下ろすような態度で、尻尾をゆっくりと揺らしている。

 「お前、いつからそこにいたんだよ」

 「貴様が愚問を抱えたあたりからだな」

 「愚問って…」

 「読書に意味があるのか、だと?」

 トラ老師は軽く鼻を鳴らした。

 「フフン…愚かな問いだ」

 陽向はため息をつきながら、欄干にもたれかかる。

 「じゃあ、お前はどう思うんだよ。本を読む意味ってなんだ?」

 トラ老師は、一拍置いてから答えた。

 「読書の価値は、人それぞれ違う」

 陽向は眉をひそめる。

 「人それぞれ…?」

 「そうだ。知識を得るために読む者もいれば、物語を楽しむために読む者もいる。ただの暇つぶしとして読む者もいる」

 「じゃあ、どれが正解なんだ?」

 「どれも正解だ」

 トラ老師は、当然のように答えた。

 「人によって目的が違うのに、ひとつの『意味』を求めること自体がナンセンスだ」

 陽向は、その言葉を頭の中で繰り返した。

 (読書の意味は、人それぞれ…か)

 モヤモヤが少し晴れた気がした。

 トラ老師は、ゆっくりと毛づくろいを始める。

 「フン…まあ、貴様がどう考えるかは自由だ」

 「…なんか偉そうだな」

 「当然だ。俺は老師だからな」

 陽向は、少しだけ笑いながら歩き出した。

 読書の意味なんて、一つじゃない。
 それなら、俺にとっての読書の意味はなんだろう…。

 そんなことを考えながら、カバンの中の本にそっと手を伸ばした。
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