猫の先生は気まぐれに～あるいは、僕が本を読む理由

本を読む意味とは？

　陽向は歩道橋を降りながら、トラ老師の言葉を思い返していた。

　「読書の価値は、人それぞれ違う」

　その考え方は、なんとなく納得できる気がした。
　けれど、それなら「俺にとっての読書の意味は何なのか？」 という疑問が残る。

　本を読むのは嫌いじゃない。
　むしろ、最近は読むこと自体が楽しくなってきた。
　でも、それが何かに役立っているのかと聞かれると、すぐに答えられない。

　（本を読んだからといって、すぐに何かが変わるわけじゃないよな）

　知識が増えた実感はあまりないし、日常生活に劇的な変化があったわけでもない。
　クラスの会話についていくために読んでいるわけでもない。
　けれど、まったく何も変わっていないかと言われると、それも違う気がする。

　（…俺、何か変わったのか？）

　信号待ちをしながら、ふと考え込む。

　最近の自分を振り返ると、以前とは少し違うことがあることに気づいた。

　たとえば、物語を読んでいるとき。
　以前なら、ただストーリーを追いかけるだけだったのに、今は
　「この話はどこにつながるんだろう？」
　「このキャラの行動にはどんな意味があるんだ？」
　と、考えながら読むようになっていた。

　それだけじゃない。

　学校の授業でも、以前よりも話の流れが理解しやすくなっている気がする。
　特に国語の授業では、先生が話している内容が以前より頭に入りやすい。
　長い文章を読むのも、そこまで苦じゃなくなった。

　（読書のおかげなのか…？）

　はっきりとはわからない。
　けれど、少なくとも、本を読むことが無意味だったとは思えなかった。

　そんなことを考えていると、肩のあたりにふわっとした感触があった。

　「…？」

　横を見ると、トラ老師の尻尾がポンポンと軽く肩を叩いている。

　「…何してんだよ」

　「フン…お前、だいぶマシな顔になったな」

　「余計なお世話だ」

　そう言いながらも、陽向は少しだけ笑った。

　本を読む意味なんて、最初から明確にわかるものじゃないのかもしれない。
　でも、後になって気づくこともある。

　（読書の意味は、あとからついてくるものなのかもな）

　そう思いながら、陽向はまた一歩、家へ向かって歩き出した。