猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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自分にとっての読書の意味

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 陽向は、静かな夕暮れの道を歩きながら考えていた。  

 (じゃあ、俺にとっての読書の意味はなんだろう?)  

 さっきのトラ老師の言葉が、まだ頭の中に残っている。  

 「読書の価値は、人それぞれ違う」

 知識を得るために読む人もいれば、ただの娯楽として楽しむ人もいる。  
 そのどれもが正解で、そこに絶対的な意味なんてない。  

 ならば、自分にとっての読書とは何なのか。  

 (物語を楽しむのはもちろんだけど、それだけじゃない気がする)  

 単純にストーリーを追うことは楽しい。  
 でも、それなら映画やゲームでもいいはずだ。  
 本を読んでいるときに感じる、あの独特の感覚は何なのか。  

 陽向は少し足を止め、夕焼けに染まる空を見上げた。  

 (知らなかったことを知るのが楽しいのかもしれない)  

 今まで聞いたこともない言葉や概念に触れるたびに、自分の中に新しいものが生まれる気がする。  
 「こんな考え方があるんだ」「こういう言い回しがあるのか」  
 そんな小さな発見が、気づけば面白くなっていた。  

 (それに…考えること自体が、面白くなってきたのかもしれない)  

 物語の中の出来事を、「これはどういう意味なんだろう?」と考える。  
 登場人物の心理を、「なぜこの選択をしたんだろう?」と想像する。  
 前だったら面倒くさいと思っていたことが、今では自然と頭の中に浮かぶようになった。  

 「フフン…気づいたか」  

 歩道橋の欄干の上で、トラ老師が得意げに尻尾を揺らしていた。  

 「つまり、お前にとって読書は、単なる娯楽ではなく『世界を広げるもの』になっているのだ」  

 「世界を広げるもの…?」  

 陽向はつぶやきながら、その言葉を反芻する。  

 本を読むことで、今まで知らなかったことを知る。  
 自分が考えもしなかったことに気づく。  
 まるで、自分の世界が少しずつ広がっていくような感覚。  

 「…まあ、そういうことにしとくか」  

 そう言いながら、陽向はポケットからスマホを取り出し、適当に検索を始めた。  

 「何をしている?」  

 「次に読む本を探してる」  

 陽向がさらっと答えると、トラ老師は目を細め、満足げに喉を鳴らした。  

 「フフン…」  

 その様子を見て、陽向は眉をひそめる。  

 「その顔がムカつくんだよな…」  

 「ほう? なぜだ?」  

 「なんか、俺がまんまとお前の思い通りになってるみたいでムカつく」  

 「フン…別にお前を読書好きに仕立て上げるつもりはない」  

 トラ老師はゆっくりと伸びをしながら、軽く鼻を鳴らした。  

 「だが、お前が自然と次の本を探しているのは事実だ」  

 陽向は無言でスマホを見つめる。  
 確かに、自分でも驚くほど当たり前のように次の本を探していた。  
 以前の自分なら、わざわざ本を選ぶことすら面倒に思っていたはずだ。  

 「まあ…読むのは悪くないしな」  

 陽向は小さくつぶやきながら、検索結果をスクロールする。  

 次は、どんな本を読もうか。  

 そんなことを考える時間が、今は少し楽しいと思えるようになっていた。  
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