猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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物語は現実と違う?

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 陽向はベッドの上で腕を枕にしながら、トラ老師の背中を眺めていた。  

 トラ老師は陽向の膝の上から移動し、今は机の上に陣取っている。  
 窓から差し込む夕日を浴びながら、悠々と毛づくろいをしていた。  

 「なあ、物語と現実って、なんでこんなに違うんだ?」  

 陽向の何気ない問いに、トラ老師の耳がピクリと動いた。  

 「ほう?」  

 「だってさ、本の中では、何か意味があって出来事が起こるだろ?」  

 陽向は天井を見つめながら続けた。  

 「主人公は何か大きな出来事に巻き込まれて、そこから成長したり、誰かと深い関係を築いたりする。そうやって物語が進んでいく」  

 「だが?」  

 「でも、現実ってそうじゃないよな」  

 陽向は横になったまま、ふっと息を吐いた。  

 「ただ学校に行って、授業を受けて、帰ってきて、また次の日も同じことを繰り返す。何か特別な出来事が起こるわけでもないし、ドラマチックな展開があるわけでもない」  

 トラ老師は尻尾を軽く振ると、陽向を一瞥した。  

 「もし俺の人生が物語だったら、もっと面白い展開になるはずなのに」  

 そう言うと、トラ老師は一瞬動きを止め、薄く目を開けた。  

 「フン…物語は現実と違う」  

 その言葉に、陽向は「だよな」と苦笑する。  

 「だけど」  

 トラ老師はゆっくりと前足を舐めながら、静かに続けた。  

 「現実の中にこそ、物語がある」  

 「…は?」  

 陽向は顔を上げた。  

 「お前が気づいていないだけで、日常の中にも物語はあるのだ」  

 「また適当なことを…」  

 陽向は起き上がり、机の上のトラ老師を睨んだ。  

 「俺のどこにそんな物語があるんだよ。ただの平凡な中学生の毎日だぞ」  

 トラ老師は、そんな陽向の態度に気を悪くしたのか、突然前足を伸ばし、陽向の腕をチョイっと引っかいた。  

 「痛っ!」  

 「フン…現実は痛みを伴うが、それもまた物語の一部だ」  

 「お前、今の話と関係ないだろ!」  

 陽向は慌てて腕をさすりながら、トラ老師を睨んだ。  

 「関係なくはない」  

 トラ老師は落ち着き払った様子で毛づくろいを続ける。  

 「痛みも、喜びも、驚きも、すべてが現実の一部。そして、その一つ一つの出来事が積み重なって、お前だけの物語になっていくのだ」  

 「…そんな大げさなもんじゃないだろ」  

 陽向はぼそっと言いながら、ふと考えた。  

 確かに、物語の主人公たちは大きな出来事に巻き込まれる。  
 でも、それだけではなく、小さなことにも意味を見出している気がする。  

 (もし俺が物語の主人公だったら、この何気ない毎日も、ちゃんと意味があるのか?)  

 そんなことを考えていると、トラ老師がまた腕を引っかこうとした。  

 「ちょ、待て!今度は何だよ!」  

 「フン…考え事をするときは、背筋を伸ばせ」  

 陽向は呆れたようにため息をついたが、どこか納得できないわけではなかった。  

 現実の中にも、物語があるのかもしれない。  

 まだその意味ははっきりとわからなかったが、陽向は少しだけ、その考えを受け入れようと思った。  
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