猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

文字の大きさ
30 / 34

本を読むことで見えるもの

しおりを挟む
 翌朝、陽向はいつものように学校へ向かって歩いていた。  

 いつもと変わらない道。  
 いつもと変わらない時間。  
 だけど、なんとなく、これまでと少し違って見える気がした。  

 (こういう場面も、物語の中だったら意味を持つのかもな)  

 昨日、トラ老師に言われた言葉が頭の中に残っていた。  

 「現実の中にこそ、物語がある」

 そんなの、ただの気取った言い回しだと思っていた。  
 でも、今まで気にも留めなかったものが、妙に目に入るようになったのは確かだった。  

 コンビニの前で友達と笑いながら話す高校生。  
 駐輪場の隅で一人スマホを見ている小学生。  
 風に揺れる木々の隙間からこぼれる朝日。  

 今まではただの背景として流していたものが、ふと「もしこれが物語だったら?」と考えてしまう。  
 あの高校生たちにはどんな日常があるのか。  
 スマホを見ているあの子は、何を考えているのか。  
 もし小説の一場面だったら、この光景はどんな意味を持つのか。  

 (本を読んでなかったら、こんなこと考えもしなかっただろうな)  

 学校に着いても、その感覚は続いた。  

 いつもはただ過ぎていくだけの授業中、窓の外の景色に目を向ける。  
 国語の時間に扱われた短編小説の一節が、なんとなく今の空気と重なっている気がした。  
 昼休み、クラスメイトが何気なく話している会話を聞きながら、「このやり取りも、誰かが物語にしたら意味を持つのかもしれない」と思う。  

 放課後、校舎の外に出ると、空は鮮やかに茜色に染まっていた。  

 (昔だったら、ただの夕焼けだと思ってたな)  

 でも、今は違う。  

 物語の登場人物が見た夕焼けなら、その色には何かしらの意味があるかもしれない。  
 この茜色の空の下で、誰かが何かを決意しているかもしれないし、誰かが別れを告げているかもしれない。  

 何の変哲もない日常の一瞬が、まるで物語のワンシーンのように思えた。  

 そんなことを考えながら家に帰ると、トラ老師が窓辺に座っていた。  
 外をじっと眺めながら、尻尾をゆっくりと揺らしている。  

 陽向が部屋に入ると、トラ老師はちらりとこちらに目を向け、満足げに喉を鳴らした。  

 「フン…お前の目も少しはマシになったな」  

 「…何が」  

 陽向は適当に流しながらも、なんとなく誇らしげな気分になった。  

 「まあ、悪くないけどな」  

 そうつぶやくと、トラ老師は「フフン」と得意げに鼻を鳴らした。  

 陽向はその顔を見て、思わず苦笑する。  

 「だからその上から目線がムカつくんだよ…」  

 窓の外には、ゆっくりと夜が訪れようとしていた。  
 その空の色も、今日は少し違って見えた。  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...