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主任補佐と新入社員と、距離感ゼロの恋未満
バレてないはずの呼吸の一致
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月曜の朝、営業部のフロアは週初め特有のやや慌ただしい空気に包まれていた。
メールの確認、スケジュールの擦り合わせ、提出資料の印刷。
それぞれが自席で淡々と作業を進めるなか、佐倉と瀬戸は隣同士の席で、必要最低限の会話しか交わさなかった。
「この見積、先方に出すタイミングは?」
「明日午後が希望らしいです」
「了解。仕様のところ、念のため一回確認しとくわ」
それだけ。
仕事のやりとりとして、特別な温度はなかった。
けれど、その会話の端々にある微細な間や、言葉の選び方が、ふたりだけのリズムを形作っていた。
瀬戸がデスクの引き出しから資料を取り出そうとしたとき、佐倉はその動きよりわずかに早く、該当するファイルを渡した。
言葉はいらなかった。
午後、進行中の案件について営業チーム内で簡単な打ち合わせが行われた。
佐倉がホワイトボードの前で話し始めると、瀬戸は資料のページを的確にめくり、要点を示す赤線をタイミングよく指し示す。
ふたりの動きは、無駄がなく、見事なまでに噛み合っていた。
そして、その様子を見つめる者がひとり――広報の山野だった。
山野は社内報の次号に営業部の仕事紹介コーナーを設ける予定で、取材という名目でフロアの観察をしていた。
が、メモを取る手が止まる。
目が細くなる。
(……ちょっと待って、なんであの主任補佐と新人、会話ゼロで動き揃ってるの?)
佐倉の指示に、瀬戸はタイミングを外さずに動き、
瀬戸の微かな表情変化に、佐倉が即座にフォローを入れる。
資料の手渡しは言葉なし。
視線が交差しただけで理解が通じる。
山野の脳裏に、「業務効率」や「信頼関係」という言葉が並んだあと、
(いやこれ、呼吸、恋人)というひとつの確信が浮かび上がった。
給湯室。
午後の休憩時間。
誰もいないタイミングを見計らって、佐倉がコーヒーのスティックを取り出していた。
背後から瀬戸が入ってきて、無言で佐倉の隣に立つ。
「……気をつけてください、もうすぐ山野さん来ます」
「……やっぱ分かるんやな」
「彼女の歩き方、わかりやすいです。あと、観察のとき首がほんの少し左に傾いてます」
「観察すな」
小さく笑う瀬戸を、佐倉は思わず横目で見る。
こういう時間すら、もう自然のひとつになっている。
「……でもまあ、こうして普通にしてたらバレへんやろ」
「はい。バレてないと思います。少なくとも、直接的には」
「間接的には?」
「“気づかれてる気配”には、気づいてます」
「……うわ、なんか日本語なのにややこしいわ」
ちょうどそのとき、給湯室の扉が開く。
「お疲れさまです」
山野だった。
少し気まずそうにコップを手に入ってくるが、
ふたりを見る目には確かな輝きと……謎の達観が宿っていた。
コーヒーを入れながら、山野は何気ない調子でつぶやく。
「佐倉主任と瀬戸さん、ほんとに無駄のない連携ですね」
「まあ……一緒にやっとる時間が長いんで、なあ」
「ええ、そうでしょうね。でも……」
「でも?」
「アイコンタクトだけで業務が完結してるの、何?」
ふたり同時に動きが止まる。
「いや、普通にすごいなって思って。もはや、言語いらない関係性というか」
佐倉が苦笑する。
「たまたまや。勘がええだけ」
「勘が合いすぎると逆に目立つって、ご存知ですか?」
「……」
「呼吸が恋人。そろそろ限界では?」
山野の笑顔には、詮索をするつもりはなさそうな、
けれど決定的に“見抜いている”という確信が含まれていた。
給湯室に、微妙な沈黙が流れる。
瀬戸が静かにお茶を差し出す。
「山野さん、あったかいのどうぞ。外気、まだ冷たいですから」
「ありがとう。……こういうとこなんですよねえ」
コップを受け取りながら、山野は肩をすくめた。
佐倉と瀬戸は目を合わせないまま、同時に視線をずらす。
たしかに、社内では“秘密”にしている。
そう決めた。
仕事に支障が出ないように、必要以上の接触を避けてきたつもりだった。
けれど。
気を抜いたときの目線、
会話の切れ目、
歩調、
資料の渡し方、
休憩のタイミング。
無意識に揃ってしまう、ふたりの呼吸。
それはもう、ただの“同僚”では収まりきらないところにきている。
給湯室を出たあと、佐倉は小さくつぶやいた。
「お前、ほんまに……気をつけなあかんわ」
「僕だけじゃないですよ。佐倉さん、山野さんが入ってくる直前、空気変えてました」
「……やっぱバレとるなあ」
「はい。でも、それでも“隠したい”なら、頑張りましょう。僕は、何度でも合わせますから」
その言葉に、佐倉はふと立ち止まる。
振り返った瀬戸の目が、いつもよりまっすぐだった。
呼吸が揃ってしまうこと。
それはもしかしたら、もう“隠しごと”ではなく、“確信”なのかもしれなかった。
メールの確認、スケジュールの擦り合わせ、提出資料の印刷。
それぞれが自席で淡々と作業を進めるなか、佐倉と瀬戸は隣同士の席で、必要最低限の会話しか交わさなかった。
「この見積、先方に出すタイミングは?」
「明日午後が希望らしいです」
「了解。仕様のところ、念のため一回確認しとくわ」
それだけ。
仕事のやりとりとして、特別な温度はなかった。
けれど、その会話の端々にある微細な間や、言葉の選び方が、ふたりだけのリズムを形作っていた。
瀬戸がデスクの引き出しから資料を取り出そうとしたとき、佐倉はその動きよりわずかに早く、該当するファイルを渡した。
言葉はいらなかった。
午後、進行中の案件について営業チーム内で簡単な打ち合わせが行われた。
佐倉がホワイトボードの前で話し始めると、瀬戸は資料のページを的確にめくり、要点を示す赤線をタイミングよく指し示す。
ふたりの動きは、無駄がなく、見事なまでに噛み合っていた。
そして、その様子を見つめる者がひとり――広報の山野だった。
山野は社内報の次号に営業部の仕事紹介コーナーを設ける予定で、取材という名目でフロアの観察をしていた。
が、メモを取る手が止まる。
目が細くなる。
(……ちょっと待って、なんであの主任補佐と新人、会話ゼロで動き揃ってるの?)
佐倉の指示に、瀬戸はタイミングを外さずに動き、
瀬戸の微かな表情変化に、佐倉が即座にフォローを入れる。
資料の手渡しは言葉なし。
視線が交差しただけで理解が通じる。
山野の脳裏に、「業務効率」や「信頼関係」という言葉が並んだあと、
(いやこれ、呼吸、恋人)というひとつの確信が浮かび上がった。
給湯室。
午後の休憩時間。
誰もいないタイミングを見計らって、佐倉がコーヒーのスティックを取り出していた。
背後から瀬戸が入ってきて、無言で佐倉の隣に立つ。
「……気をつけてください、もうすぐ山野さん来ます」
「……やっぱ分かるんやな」
「彼女の歩き方、わかりやすいです。あと、観察のとき首がほんの少し左に傾いてます」
「観察すな」
小さく笑う瀬戸を、佐倉は思わず横目で見る。
こういう時間すら、もう自然のひとつになっている。
「……でもまあ、こうして普通にしてたらバレへんやろ」
「はい。バレてないと思います。少なくとも、直接的には」
「間接的には?」
「“気づかれてる気配”には、気づいてます」
「……うわ、なんか日本語なのにややこしいわ」
ちょうどそのとき、給湯室の扉が開く。
「お疲れさまです」
山野だった。
少し気まずそうにコップを手に入ってくるが、
ふたりを見る目には確かな輝きと……謎の達観が宿っていた。
コーヒーを入れながら、山野は何気ない調子でつぶやく。
「佐倉主任と瀬戸さん、ほんとに無駄のない連携ですね」
「まあ……一緒にやっとる時間が長いんで、なあ」
「ええ、そうでしょうね。でも……」
「でも?」
「アイコンタクトだけで業務が完結してるの、何?」
ふたり同時に動きが止まる。
「いや、普通にすごいなって思って。もはや、言語いらない関係性というか」
佐倉が苦笑する。
「たまたまや。勘がええだけ」
「勘が合いすぎると逆に目立つって、ご存知ですか?」
「……」
「呼吸が恋人。そろそろ限界では?」
山野の笑顔には、詮索をするつもりはなさそうな、
けれど決定的に“見抜いている”という確信が含まれていた。
給湯室に、微妙な沈黙が流れる。
瀬戸が静かにお茶を差し出す。
「山野さん、あったかいのどうぞ。外気、まだ冷たいですから」
「ありがとう。……こういうとこなんですよねえ」
コップを受け取りながら、山野は肩をすくめた。
佐倉と瀬戸は目を合わせないまま、同時に視線をずらす。
たしかに、社内では“秘密”にしている。
そう決めた。
仕事に支障が出ないように、必要以上の接触を避けてきたつもりだった。
けれど。
気を抜いたときの目線、
会話の切れ目、
歩調、
資料の渡し方、
休憩のタイミング。
無意識に揃ってしまう、ふたりの呼吸。
それはもう、ただの“同僚”では収まりきらないところにきている。
給湯室を出たあと、佐倉は小さくつぶやいた。
「お前、ほんまに……気をつけなあかんわ」
「僕だけじゃないですよ。佐倉さん、山野さんが入ってくる直前、空気変えてました」
「……やっぱバレとるなあ」
「はい。でも、それでも“隠したい”なら、頑張りましょう。僕は、何度でも合わせますから」
その言葉に、佐倉はふと立ち止まる。
振り返った瀬戸の目が、いつもよりまっすぐだった。
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それはもしかしたら、もう“隠しごと”ではなく、“確信”なのかもしれなかった。
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