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主任補佐と新入社員と、距離感ゼロの恋未満
怒るって、好きと隣り合わせやろ
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午後の会議が終わって、資料の片づけを終えたタイミングだった。
営業部のフロアは、週末にかけて山のような案件に追われ、全体が常に忙しなく動いていた。
繁忙期に入ってすでに三週目。
スタッフの顔にも疲労の色がにじみ、誰もが黙々と手を動かしていた。
その中で、佐倉の視線は自然とある一点に向けられていた。
瀬戸の机。
昼休憩を返上して対応していた報告書、
ミーティングから戻った直後の電話対応、
そして、今は追加資料の印刷でプリンター前に立っている。
背中がいつもよりわずかに丸い。
その様子に、佐倉の眉がほんの少しだけ寄る。
「……瀬戸」
呼びかけたときには、すでにその異変が起きていた。
瀬戸の肩がふらついた。
手にしていた書類の端が滑り落ちて、プリンター横に舞う。
本人はすぐに持ち直したつもりでも、明らかに体が傾いでいた。
佐倉は思わず駆け寄る。
「おい、お前……!」
声を荒げたのは、何かが込み上げたからだった。
瀬戸の腕を支えながら、佐倉はその額に汗がにじんでいるのを見つける。
呼吸が浅く、唇の色もわずかに薄い。
「なんで無理するんや……!」
口調が自然と強くなる。
静かなフロアに、ふたりの会話が少しだけ響いた。
「倒れかけてまで働くって、何の意味があるんや。
俺の前で倒れんといてくれや……心配するに決まってるやろ」
瀬戸はすぐに反論しなかった。
むしろ、軽く笑ったように見えた。
けれど、それも明らかに体力を抑え込むための反応だった。
「……ごめんなさい」
「でも、佐倉さんが怒ってくれるの、嬉しいです」
その声は、弱々しくもまっすぐだった。
一歩踏み出せば崩れてしまいそうな均衡を保ちながら、
瀬戸は真っ直ぐ佐倉を見上げていた。
「怒ってる自分も……だいぶおかしいって、分かってんねん」
佐倉は息を吐くように言った。
頭では分かっていた。
怒ることで相手を追い詰めるつもりはない。
けれど、抑えきれなかった。
「でも、心配なんや」
「お前が、こんなふうになるのが、嫌やねん……」
声の調子がほんの少しだけ、低くなる。
怒りが残ったままではなかった。
ただただ、溢れた感情が、抑えきれないだけだった。
「無理は、あかん」
短く、そう締めくくると、
佐倉はそっと自分の額を、瀬戸の額に当てた。
わずかに触れ合うだけ。
言葉では届かないものを、温度で伝えるように。
瀬戸の肌は少し熱かった。
それでも、その熱を拒む気にはなれなかった。
むしろ、何かを確かめるように、佐倉はほんの少しだけ目を閉じた。
「……少し、座りましょうか」
「うん。そうやな」
佐倉が支えながら、瀬戸を近くの応接ブースへ連れていく。
椅子に腰を下ろした瀬戸が、深く息を吐いた。
「少し寝れば……大丈夫です」
「もう今日は、仕事せんでええ」
「でも……」
「でも、ちゃう。
俺が、そばにおってそう言ってるんや。
聞かんかったら怒るで」
瀬戸はそこで、ようやく小さく笑った。
「……分かりました」
静かな空間に、時計の針の音が聞こえる。
その中で、ふたりだけの会話がひとつ、またひとつ重なっていく。
誰にも見せない感情をぶつけられる相手がいること。
怒りが、愛情の裏返しであること。
そして、守りたいと思う人がいるということ。
佐倉の手は、瀬戸の腕に軽く添えられたままだった。
それは、たった今のこの瞬間が、
何よりも大切であると教えてくれていた。
営業部のフロアは、週末にかけて山のような案件に追われ、全体が常に忙しなく動いていた。
繁忙期に入ってすでに三週目。
スタッフの顔にも疲労の色がにじみ、誰もが黙々と手を動かしていた。
その中で、佐倉の視線は自然とある一点に向けられていた。
瀬戸の机。
昼休憩を返上して対応していた報告書、
ミーティングから戻った直後の電話対応、
そして、今は追加資料の印刷でプリンター前に立っている。
背中がいつもよりわずかに丸い。
その様子に、佐倉の眉がほんの少しだけ寄る。
「……瀬戸」
呼びかけたときには、すでにその異変が起きていた。
瀬戸の肩がふらついた。
手にしていた書類の端が滑り落ちて、プリンター横に舞う。
本人はすぐに持ち直したつもりでも、明らかに体が傾いでいた。
佐倉は思わず駆け寄る。
「おい、お前……!」
声を荒げたのは、何かが込み上げたからだった。
瀬戸の腕を支えながら、佐倉はその額に汗がにじんでいるのを見つける。
呼吸が浅く、唇の色もわずかに薄い。
「なんで無理するんや……!」
口調が自然と強くなる。
静かなフロアに、ふたりの会話が少しだけ響いた。
「倒れかけてまで働くって、何の意味があるんや。
俺の前で倒れんといてくれや……心配するに決まってるやろ」
瀬戸はすぐに反論しなかった。
むしろ、軽く笑ったように見えた。
けれど、それも明らかに体力を抑え込むための反応だった。
「……ごめんなさい」
「でも、佐倉さんが怒ってくれるの、嬉しいです」
その声は、弱々しくもまっすぐだった。
一歩踏み出せば崩れてしまいそうな均衡を保ちながら、
瀬戸は真っ直ぐ佐倉を見上げていた。
「怒ってる自分も……だいぶおかしいって、分かってんねん」
佐倉は息を吐くように言った。
頭では分かっていた。
怒ることで相手を追い詰めるつもりはない。
けれど、抑えきれなかった。
「でも、心配なんや」
「お前が、こんなふうになるのが、嫌やねん……」
声の調子がほんの少しだけ、低くなる。
怒りが残ったままではなかった。
ただただ、溢れた感情が、抑えきれないだけだった。
「無理は、あかん」
短く、そう締めくくると、
佐倉はそっと自分の額を、瀬戸の額に当てた。
わずかに触れ合うだけ。
言葉では届かないものを、温度で伝えるように。
瀬戸の肌は少し熱かった。
それでも、その熱を拒む気にはなれなかった。
むしろ、何かを確かめるように、佐倉はほんの少しだけ目を閉じた。
「……少し、座りましょうか」
「うん。そうやな」
佐倉が支えながら、瀬戸を近くの応接ブースへ連れていく。
椅子に腰を下ろした瀬戸が、深く息を吐いた。
「少し寝れば……大丈夫です」
「もう今日は、仕事せんでええ」
「でも……」
「でも、ちゃう。
俺が、そばにおってそう言ってるんや。
聞かんかったら怒るで」
瀬戸はそこで、ようやく小さく笑った。
「……分かりました」
静かな空間に、時計の針の音が聞こえる。
その中で、ふたりだけの会話がひとつ、またひとつ重なっていく。
誰にも見せない感情をぶつけられる相手がいること。
怒りが、愛情の裏返しであること。
そして、守りたいと思う人がいるということ。
佐倉の手は、瀬戸の腕に軽く添えられたままだった。
それは、たった今のこの瞬間が、
何よりも大切であると教えてくれていた。
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