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黙ったまま夜は深まる
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リビングの照明は間接光だけになっていた。
壁際のスタンドランプが淡く空間を照らし、テレビの画面が静かに点滅を繰り返している。
音量は絞られていて、ニュースか情報番組の再放送らしき音声が、淡々と部屋の隅を撫でていた。
時刻はすでに深夜近く。
けれど、眠気と疲労の間にあるこの時間帯だけが、妙に現実味を帯びていた。
芳樹はソファの右端に身体を預け、脚を軽く組んで座っていた。
シャワーを浴びたあとに飲んだ紅茶の温もりは、もう手のひらから消えかけていた。
隣には楷が、背筋を少しだけ丸めて座っている。
その姿は緊張感のない穏やかなもので、まるでずっとここにいることが自然であるかのようだった。
会話はなかった。
話そうと思えば何か言えたかもしれないが、無理に言葉を交わさないことが、むしろ心地よかった。
静かな沈黙が空気の隙間を満たし、そこに居心地の悪さはなかった。
芳樹は目を細めてテレビに目をやった。
映像の内容はほとんど頭に入ってこなかったが、画面の明滅がまぶたの裏に滲む感覚は嫌いではなかった。
いつしか、瞼が自然と重くなり、身体がわずかに傾く。
眠気が、あっという間に訪れる。
深く寝るわけではない。
けれど、意識がゆっくりと沈んでいく。
ソファの背にもたれ、呼吸だけが静かに続いていた。
そのときだった。
かすかな布の擦れる音がした。
そして、すぐに肩先に柔らかな重みがかかった。
芳樹の意識は、浅い眠りの中でその変化を確かに捉えた。
反射的に目を開けると、視界の端に、楷の指先が見えた。
ブランケットの端を整えながら、何も言わずに静かにかがんでいる。
その仕草に、過剰な気遣いや演技の気配はなかった。
ただ、必要だと思ったから、そうしたのだろう。
それなのに、芳樹の胸にはなぜか強い感情がこみ上げていた。
言葉では形にできない、静かな波のような何か。
その動作を、完全に意識してしまった自分がいた。
布の重さ、楷の手の動き、あのときだけ微かに香ったシャンプーの匂い。
どれもささやかなものだった。
けれど、それが芳樹のなかで深く刻まれてしまうのに、理由は必要なかった。
目を閉じたまま、芳樹は考える。
いや、考えるふりをして、感覚に身を委ねていた。
見ないふりをしていた。
職場でも、今この場所でも、たぶん自分はずっと“見ないようにしていた”。
けれど、もう気づいていた。
俺は、見ていた。
楷という人間の、表面の整った皮膚ではなく、
その下に隠れている“素”の部分。
誰にも語らず、誰にも見せず、けれどふいに滲み出てしまう部分。
その輪郭に、指先が触れてしまったような気がした。
ブランケットの下で、肩が温もりを覚えている。
それは布の温度ではなく、誰かの手がそこに一度触れたことへの記憶だった。
目を開けることはしなかった。
見てしまえば、今の空気が変わってしまいそうで、怖かった。
隣で楷が再びソファに腰を下ろす気配がする。
互いに言葉はなく、ただ同じ時間の中に身を置いている。
沈黙は深まり、部屋の空気も穏やかに沈んでいった。
芳樹は、思う。
たぶん、楷も気づいていた。
自分が見たことに、気づいていた。
それでも何も言わなかった。
それが、今はただ、ありがたかった。
誰にも見せていないと思っていた“素”の部分に、ふいに触れてしまった気がして、目を逸らせなかった。
壁際のスタンドランプが淡く空間を照らし、テレビの画面が静かに点滅を繰り返している。
音量は絞られていて、ニュースか情報番組の再放送らしき音声が、淡々と部屋の隅を撫でていた。
時刻はすでに深夜近く。
けれど、眠気と疲労の間にあるこの時間帯だけが、妙に現実味を帯びていた。
芳樹はソファの右端に身体を預け、脚を軽く組んで座っていた。
シャワーを浴びたあとに飲んだ紅茶の温もりは、もう手のひらから消えかけていた。
隣には楷が、背筋を少しだけ丸めて座っている。
その姿は緊張感のない穏やかなもので、まるでずっとここにいることが自然であるかのようだった。
会話はなかった。
話そうと思えば何か言えたかもしれないが、無理に言葉を交わさないことが、むしろ心地よかった。
静かな沈黙が空気の隙間を満たし、そこに居心地の悪さはなかった。
芳樹は目を細めてテレビに目をやった。
映像の内容はほとんど頭に入ってこなかったが、画面の明滅がまぶたの裏に滲む感覚は嫌いではなかった。
いつしか、瞼が自然と重くなり、身体がわずかに傾く。
眠気が、あっという間に訪れる。
深く寝るわけではない。
けれど、意識がゆっくりと沈んでいく。
ソファの背にもたれ、呼吸だけが静かに続いていた。
そのときだった。
かすかな布の擦れる音がした。
そして、すぐに肩先に柔らかな重みがかかった。
芳樹の意識は、浅い眠りの中でその変化を確かに捉えた。
反射的に目を開けると、視界の端に、楷の指先が見えた。
ブランケットの端を整えながら、何も言わずに静かにかがんでいる。
その仕草に、過剰な気遣いや演技の気配はなかった。
ただ、必要だと思ったから、そうしたのだろう。
それなのに、芳樹の胸にはなぜか強い感情がこみ上げていた。
言葉では形にできない、静かな波のような何か。
その動作を、完全に意識してしまった自分がいた。
布の重さ、楷の手の動き、あのときだけ微かに香ったシャンプーの匂い。
どれもささやかなものだった。
けれど、それが芳樹のなかで深く刻まれてしまうのに、理由は必要なかった。
目を閉じたまま、芳樹は考える。
いや、考えるふりをして、感覚に身を委ねていた。
見ないふりをしていた。
職場でも、今この場所でも、たぶん自分はずっと“見ないようにしていた”。
けれど、もう気づいていた。
俺は、見ていた。
楷という人間の、表面の整った皮膚ではなく、
その下に隠れている“素”の部分。
誰にも語らず、誰にも見せず、けれどふいに滲み出てしまう部分。
その輪郭に、指先が触れてしまったような気がした。
ブランケットの下で、肩が温もりを覚えている。
それは布の温度ではなく、誰かの手がそこに一度触れたことへの記憶だった。
目を開けることはしなかった。
見てしまえば、今の空気が変わってしまいそうで、怖かった。
隣で楷が再びソファに腰を下ろす気配がする。
互いに言葉はなく、ただ同じ時間の中に身を置いている。
沈黙は深まり、部屋の空気も穏やかに沈んでいった。
芳樹は、思う。
たぶん、楷も気づいていた。
自分が見たことに、気づいていた。
それでも何も言わなかった。
それが、今はただ、ありがたかった。
誰にも見せていないと思っていた“素”の部分に、ふいに触れてしまった気がして、目を逸らせなかった。
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