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深夜、ぬくもりのなかに残されたもの
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ベッドの中は、ひとつの呼吸に包まれていた。
セックスのあとの、張り詰めたものがほどけていく時間。
肌に残る汗と熱のなかで、鼓動だけが互いの輪郭を確かめるように静かに響いている。
楷は、芳樹の腕のなかにいた。
シーツに半身を沈め、胸に頬を預けたまま、まばたきを繰り返す。
閉じようとしても、まぶたの裏で何かが動き続けている。
身体は眠ろうとしているのに、心だけがどこか冴えていた。
芳樹の腕は重くもなく、だらしなくもなかった。
抱きしめられている、というよりは、触れてくれているだけ。
けれど、その触れ方には、確かに輪郭を認めてもらっている感覚があった。
室内は暗く、照明はすでに落ちている。
ベッドサイドの常夜灯が、壁の隅をぼんやりと照らしていた。
夜は深く、窓の外には月が浮かんでいるはずだが、カーテンの隙間からその存在を知ることしかできなかった。
芳樹の胸の上で、楷は息を整えていた。
押しつけるようでもなく、離れようとするわけでもなく、ただ“そこにいる”ということを繰り返している。
この人の腕の中で、まだ息をしていたい
だけど、それだけじゃ足りない気もしてる
モノローグのように、思考が心のなかで言葉になって浮かんでくる。
こうしていれば、少なくともいまの自分は誰かに“必要とされている”ような気がした。
けれど、欲しいのは、必要とされることではなかった。
もっとずっと以前から、自分はずっと“誰かに認めてもらう”ことに飢えていた。
それは愛とか恋とかいうより、もっと原始的な、存在の許可を求めるような感情だった。
小さな子供が、まだ言葉を持たないまま、ただ目を見て訴えるように。
“ここにいていいですか”と。
自分というかたちを、見てくれる誰かに、そのまま差し出したかった。
芳樹の指が、そっと髪に触れた。
濡れた髪をなぞるように、根元からゆっくりとすくいあげるようにして。
その指先には、意味のないリズムがあった。
ただ、触れているという動作だけがそこにあって、言葉も意図もないまま、それでも何かが伝わってきた。
その無言の動きが、楷の中で小さな火を灯した。
話してもいいのかもしれない
そう思ったのは、これが初めてだった。
今までは、身体を重ねても、心は常に閉じていた。
語らずに済ませることで、自分という存在の曖昧さをごまかしていた。
語ってしまったら、崩れてしまいそうだった。
自分でも形を持てないままにいたものを、誰かの前に置くことは、怖かった。
でも、いま。
この腕のなかにいるときだけは、言葉を持ってしまってもいいと思えた。
語るということは、渡すことだ。
そして渡した先で、それを受け止めてもらえなかったら、壊れてしまう。
それでも、それを恐れないでいたいと、初めて思った。
楷はそっと体勢を変え、芳樹の胸の上から頬を離した。
その動きに反応して、芳樹がわずかに目を開ける。
暗がりのなかでも、まぶたの動きがゆっくりと感じ取れた。
「眠ってました?」
「……いや。起きてる」
低い声が、喉の奥でわずかに震えながら返ってきた。
その声には、何かを期待しているでもなく、ただ“あなたがそう言うなら”という受け入れの色があった。
「話してもいいですか」
楷は自分でも驚くほど、はっきりとそう口にしていた。
言葉が口から出たあと、少しだけ呼吸が浅くなる。
この言葉が、夜を変えてしまうかもしれないと、どこかで感じていたから。
「うん」
それだけの返事だった。
けれど、その一言に、楷は背中の奥から息を吸い直すような感覚を覚えた。
言ってもいい
話しても、黙っていても
この人は、どちらでもいいと思っている
それが、どこか懐かしいような安心を与えてくれた
もう一度、楷は芳樹の腕に身を戻した。
けれど、今度は心のあり方が、ほんの少しだけ変わっていた。
眠るふりをしていたわけではなかった。
目を閉じていたのは、見えないものに気づくためだった。
そうしてようやく、自分の奥に溜まっていた記憶の断片が、言葉として立ち上がってきた。
この夜に、それを渡してもいいと思えたことが、楷にとっては、何よりの奇跡だった。
セックスのあとの、張り詰めたものがほどけていく時間。
肌に残る汗と熱のなかで、鼓動だけが互いの輪郭を確かめるように静かに響いている。
楷は、芳樹の腕のなかにいた。
シーツに半身を沈め、胸に頬を預けたまま、まばたきを繰り返す。
閉じようとしても、まぶたの裏で何かが動き続けている。
身体は眠ろうとしているのに、心だけがどこか冴えていた。
芳樹の腕は重くもなく、だらしなくもなかった。
抱きしめられている、というよりは、触れてくれているだけ。
けれど、その触れ方には、確かに輪郭を認めてもらっている感覚があった。
室内は暗く、照明はすでに落ちている。
ベッドサイドの常夜灯が、壁の隅をぼんやりと照らしていた。
夜は深く、窓の外には月が浮かんでいるはずだが、カーテンの隙間からその存在を知ることしかできなかった。
芳樹の胸の上で、楷は息を整えていた。
押しつけるようでもなく、離れようとするわけでもなく、ただ“そこにいる”ということを繰り返している。
この人の腕の中で、まだ息をしていたい
だけど、それだけじゃ足りない気もしてる
モノローグのように、思考が心のなかで言葉になって浮かんでくる。
こうしていれば、少なくともいまの自分は誰かに“必要とされている”ような気がした。
けれど、欲しいのは、必要とされることではなかった。
もっとずっと以前から、自分はずっと“誰かに認めてもらう”ことに飢えていた。
それは愛とか恋とかいうより、もっと原始的な、存在の許可を求めるような感情だった。
小さな子供が、まだ言葉を持たないまま、ただ目を見て訴えるように。
“ここにいていいですか”と。
自分というかたちを、見てくれる誰かに、そのまま差し出したかった。
芳樹の指が、そっと髪に触れた。
濡れた髪をなぞるように、根元からゆっくりとすくいあげるようにして。
その指先には、意味のないリズムがあった。
ただ、触れているという動作だけがそこにあって、言葉も意図もないまま、それでも何かが伝わってきた。
その無言の動きが、楷の中で小さな火を灯した。
話してもいいのかもしれない
そう思ったのは、これが初めてだった。
今までは、身体を重ねても、心は常に閉じていた。
語らずに済ませることで、自分という存在の曖昧さをごまかしていた。
語ってしまったら、崩れてしまいそうだった。
自分でも形を持てないままにいたものを、誰かの前に置くことは、怖かった。
でも、いま。
この腕のなかにいるときだけは、言葉を持ってしまってもいいと思えた。
語るということは、渡すことだ。
そして渡した先で、それを受け止めてもらえなかったら、壊れてしまう。
それでも、それを恐れないでいたいと、初めて思った。
楷はそっと体勢を変え、芳樹の胸の上から頬を離した。
その動きに反応して、芳樹がわずかに目を開ける。
暗がりのなかでも、まぶたの動きがゆっくりと感じ取れた。
「眠ってました?」
「……いや。起きてる」
低い声が、喉の奥でわずかに震えながら返ってきた。
その声には、何かを期待しているでもなく、ただ“あなたがそう言うなら”という受け入れの色があった。
「話してもいいですか」
楷は自分でも驚くほど、はっきりとそう口にしていた。
言葉が口から出たあと、少しだけ呼吸が浅くなる。
この言葉が、夜を変えてしまうかもしれないと、どこかで感じていたから。
「うん」
それだけの返事だった。
けれど、その一言に、楷は背中の奥から息を吸い直すような感覚を覚えた。
言ってもいい
話しても、黙っていても
この人は、どちらでもいいと思っている
それが、どこか懐かしいような安心を与えてくれた
もう一度、楷は芳樹の腕に身を戻した。
けれど、今度は心のあり方が、ほんの少しだけ変わっていた。
眠るふりをしていたわけではなかった。
目を閉じていたのは、見えないものに気づくためだった。
そうしてようやく、自分の奥に溜まっていた記憶の断片が、言葉として立ち上がってきた。
この夜に、それを渡してもいいと思えたことが、楷にとっては、何よりの奇跡だった。
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