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ep.09 言ったら最後
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美浜は、ベンチを見つめ、それから道路の奥へと目を向ける。
遠くを見つめる横顔は、こんな時でも俺を魅了する。
顔がいいから好きになったわけじゃないが、その理由の一つではある。
こんな人を俺は抱いていたのかと、改めてそう思わされた。
俺は、無言でいる美浜に見惚れていた。
すると美浜は、ベンチへ向かい、そこに腰掛けた。
「私はここで、酔ったふりをした」
瞬時には意味が読み取れず、俺は美浜を窺って続きを待つ。
「3年前のあの日。──私が部長の辞令を受け取った時のことだ。廊下の張り紙の前で、数人が話している声が聞こえた。誰もが皆、私の噂をしていたから、そのまま引き返そうとしたのだが。立ち去る時に、君の声がした。正当な評価だと」
俺は、言われた途端に、その時の情景を思い出した。
3年も前のことだというのに、その張り紙の文字まではっきりと脳裏に浮かぶ。
美浜は、炭酸飲料水のフリートムを開発した。
そして、その功績が認められて、29歳で商品企画開発部の部長となった。
当時は、あまりに早い昇進に、黒い噂が立っていた。
会社の重役のコネや、大手企業との癒着、果てはデータの改ざんじゃないかとまで言われていた。
確かに前例がないほどに早かったが、それを言ったらフリートム自体、前例がないほどに売れた。なら、正当な評価だと俺は思った。
「そのあとも、君は私について話して、最後に言ったんだ。あれだけの商品を作ったんだから、部長になるべくしてなったんだと」
「聞いていたんですか」
確かにそう言ったけれど、まさか当の本人に聞かれているとは思いも寄らなかった。
「あれから君のことが、ずっと気になっていた」
俺が思うよりもっと前から、美浜は俺のことを知り、見てきたというわけか。
そんな話、これまで一言も聞いたことがない。
俺たちの前をトラックが通り過ぎて、美浜の顔を照らしていく。
そういえば、あの時もトラックが通って、俺は美浜のところに戻った。
美浜も同じように思い出したのか、話を続ける。
「このバス停を通り過ぎようとした時に、後ろから君が歩いてきているのに気付いた。それで私は、咄嗟にここに座った。君の姿がはっきり見える頃に、ベンチで寝たふりをして、君が来るのを待った。もし私の元に近付かなければ、それで諦めようと思った」
声もなく立ち竦んでいると、美浜はベンチから腰を上げる。
そして、俺の方へ近付いてきた。
「これが、事の真相だ」
そんなこと、今言われてもすぐには信じられない。
「なら、なんであんな誘い方をしたんです? 誤解されるに決まっているのに」
俺だって、ホテルに行こうなんて気軽に言われなければ──。
もし、あの時に美浜の想いを聞いても、俺は今と同じように聞き入れただろうか。
俺のことが前から気になっていたと言われても、素直に受け入れなかったかもしれない。
俺はあまりにも、美浜のことを知らなかった。
「私は別に、どちらでも良かったんだ。1回でいいから、君と抱き合えるのなら、それでいいと考えていた」
そして、顔を俯けて小声で言う。
「上でも下でも、特にこだわりもなかったのだが」
美浜は、男と抱き合うこと自体、初めてだった。
それは、この俺自身が良く知っている。
「誤算があるとすれば、抱かれることがあんなに恥ずかしいということだ。もっと、学んでから挑むべきだった」
「──あなたは、ひょっとしたら馬鹿なんですか?」
男に抱かれるということがどういうことかも、何も知らなかったのに、俺に抱かれようとするなんて。
美浜は、自嘲するように笑うと、俺を真正面から見据える。
「それほどに、私は君が好きなんだ」
ここまで美浜に言わせて、疑うことなんてもう何もない。
俺は、美浜を腕に囲って、そっと抱き締めた。
そして、驚いて身を強張らせている美浜に、キスを仕掛けた。
押し当てるだけのキスでは足りずに、唇の狭間から舌を入れる。
硬直して動かない美浜の舌に舌を絡めて吸い上げ、背中に回していた手を撫で下ろす。
「ん……っは……、いちの、せ……」
息苦しそうに名前を呼んで、躊躇いがちに俺の背中に腕を回す。
やがて、縋るようにコートを握り込み、キスに応え始める。
舌を絡ませ、顔の角度を変えてキスを深くし、呼吸を奪うほどに激しくなった。
キスを解く頃には息が上がり、美浜は俺に支えられないと立っていられないようだ。
「一ノ瀬、私はもう、元には戻れない。君と抱き合わずに生きていくなんてできないんだ。私が好きだと言うのなら、これからも会ってほしい。金曜日だけなどと言わずに、私は──」
「美浜さん」
必死に言い募る美浜の言葉がくすぐったくて、俺は途中で遮った。
「そんなことより俺は、もっとあなたとキスがしたい」
「……っ」
それは、初めて美浜とホテルに泊まった時に言われた台詞だった。
──「それより私は、もっと君とキスがしたい」
恐らく美浜も気付いたのだろう。
間近から探るように見てきた眼差しが、不意に綻んだ。
「ここで続けてもいいですが、できれば二人きりになりたい」
口端を上げて言うと、美浜も笑顔のまま頷いた
「それなら、ホテルへ行こう。──私は、そこの会員なんだ」
「会員は、いつだって泊まれるんでしたね」
そこで、俺たちはベンチを後にして、車へと歩いていった。
あの時はタクシーだったが、今日は美浜の車がある。
行き先は、サーントル東京。ここから車で30分ほどのところにあるホテルだ。
美浜と、毎週金曜日にそこで会い、身体を重ねてきた。
車で乗り付けて、鍵をバレーサービスに預け、フロントで鍵を受け取った。
エレベーターで部屋に行くまでの間、美浜を抱き締めたい気持ちをぐっと抑えた。
さすがに、監視カメラのある場所で、キスを仕掛けるわけにはいかない。
たとえホテル側が、見過ごしてくれたとしても。
部屋の前に着いて鍵を開けて中に入ると、俺たちは目を見合わせた。
もう、我慢する必要はない。隠さなくていい。
互いに顔を近付け、俺は思いを込めてキスにした。
遠くを見つめる横顔は、こんな時でも俺を魅了する。
顔がいいから好きになったわけじゃないが、その理由の一つではある。
こんな人を俺は抱いていたのかと、改めてそう思わされた。
俺は、無言でいる美浜に見惚れていた。
すると美浜は、ベンチへ向かい、そこに腰掛けた。
「私はここで、酔ったふりをした」
瞬時には意味が読み取れず、俺は美浜を窺って続きを待つ。
「3年前のあの日。──私が部長の辞令を受け取った時のことだ。廊下の張り紙の前で、数人が話している声が聞こえた。誰もが皆、私の噂をしていたから、そのまま引き返そうとしたのだが。立ち去る時に、君の声がした。正当な評価だと」
俺は、言われた途端に、その時の情景を思い出した。
3年も前のことだというのに、その張り紙の文字まではっきりと脳裏に浮かぶ。
美浜は、炭酸飲料水のフリートムを開発した。
そして、その功績が認められて、29歳で商品企画開発部の部長となった。
当時は、あまりに早い昇進に、黒い噂が立っていた。
会社の重役のコネや、大手企業との癒着、果てはデータの改ざんじゃないかとまで言われていた。
確かに前例がないほどに早かったが、それを言ったらフリートム自体、前例がないほどに売れた。なら、正当な評価だと俺は思った。
「そのあとも、君は私について話して、最後に言ったんだ。あれだけの商品を作ったんだから、部長になるべくしてなったんだと」
「聞いていたんですか」
確かにそう言ったけれど、まさか当の本人に聞かれているとは思いも寄らなかった。
「あれから君のことが、ずっと気になっていた」
俺が思うよりもっと前から、美浜は俺のことを知り、見てきたというわけか。
そんな話、これまで一言も聞いたことがない。
俺たちの前をトラックが通り過ぎて、美浜の顔を照らしていく。
そういえば、あの時もトラックが通って、俺は美浜のところに戻った。
美浜も同じように思い出したのか、話を続ける。
「このバス停を通り過ぎようとした時に、後ろから君が歩いてきているのに気付いた。それで私は、咄嗟にここに座った。君の姿がはっきり見える頃に、ベンチで寝たふりをして、君が来るのを待った。もし私の元に近付かなければ、それで諦めようと思った」
声もなく立ち竦んでいると、美浜はベンチから腰を上げる。
そして、俺の方へ近付いてきた。
「これが、事の真相だ」
そんなこと、今言われてもすぐには信じられない。
「なら、なんであんな誘い方をしたんです? 誤解されるに決まっているのに」
俺だって、ホテルに行こうなんて気軽に言われなければ──。
もし、あの時に美浜の想いを聞いても、俺は今と同じように聞き入れただろうか。
俺のことが前から気になっていたと言われても、素直に受け入れなかったかもしれない。
俺はあまりにも、美浜のことを知らなかった。
「私は別に、どちらでも良かったんだ。1回でいいから、君と抱き合えるのなら、それでいいと考えていた」
そして、顔を俯けて小声で言う。
「上でも下でも、特にこだわりもなかったのだが」
美浜は、男と抱き合うこと自体、初めてだった。
それは、この俺自身が良く知っている。
「誤算があるとすれば、抱かれることがあんなに恥ずかしいということだ。もっと、学んでから挑むべきだった」
「──あなたは、ひょっとしたら馬鹿なんですか?」
男に抱かれるということがどういうことかも、何も知らなかったのに、俺に抱かれようとするなんて。
美浜は、自嘲するように笑うと、俺を真正面から見据える。
「それほどに、私は君が好きなんだ」
ここまで美浜に言わせて、疑うことなんてもう何もない。
俺は、美浜を腕に囲って、そっと抱き締めた。
そして、驚いて身を強張らせている美浜に、キスを仕掛けた。
押し当てるだけのキスでは足りずに、唇の狭間から舌を入れる。
硬直して動かない美浜の舌に舌を絡めて吸い上げ、背中に回していた手を撫で下ろす。
「ん……っは……、いちの、せ……」
息苦しそうに名前を呼んで、躊躇いがちに俺の背中に腕を回す。
やがて、縋るようにコートを握り込み、キスに応え始める。
舌を絡ませ、顔の角度を変えてキスを深くし、呼吸を奪うほどに激しくなった。
キスを解く頃には息が上がり、美浜は俺に支えられないと立っていられないようだ。
「一ノ瀬、私はもう、元には戻れない。君と抱き合わずに生きていくなんてできないんだ。私が好きだと言うのなら、これからも会ってほしい。金曜日だけなどと言わずに、私は──」
「美浜さん」
必死に言い募る美浜の言葉がくすぐったくて、俺は途中で遮った。
「そんなことより俺は、もっとあなたとキスがしたい」
「……っ」
それは、初めて美浜とホテルに泊まった時に言われた台詞だった。
──「それより私は、もっと君とキスがしたい」
恐らく美浜も気付いたのだろう。
間近から探るように見てきた眼差しが、不意に綻んだ。
「ここで続けてもいいですが、できれば二人きりになりたい」
口端を上げて言うと、美浜も笑顔のまま頷いた
「それなら、ホテルへ行こう。──私は、そこの会員なんだ」
「会員は、いつだって泊まれるんでしたね」
そこで、俺たちはベンチを後にして、車へと歩いていった。
あの時はタクシーだったが、今日は美浜の車がある。
行き先は、サーントル東京。ここから車で30分ほどのところにあるホテルだ。
美浜と、毎週金曜日にそこで会い、身体を重ねてきた。
車で乗り付けて、鍵をバレーサービスに預け、フロントで鍵を受け取った。
エレベーターで部屋に行くまでの間、美浜を抱き締めたい気持ちをぐっと抑えた。
さすがに、監視カメラのある場所で、キスを仕掛けるわけにはいかない。
たとえホテル側が、見過ごしてくれたとしても。
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互いに顔を近付け、俺は思いを込めてキスにした。
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