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ep.10 ホテルよりも
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途中から話が逸れた気がして、俺は首を傾げる。
心を許す? 俺に笑顔を向ける?
何を言い出したのかと、隣の吉田が俺を窺ってくる。
いや、そんな目で見られても、俺にだって何の話かもうわからない。
仲本はそこでジョッキを持ち上げ、一息に呷ってから、ドンと音を立ててテーブルに置いた。
「ひどいですよ。僕の方が、あなたよりずっと前から、美浜部長の傍にいた。誰よりも近くで、美浜部長を見ていたんです。僕には力がないけれど、支えたいとさえ思ってきました。それなのに、どうして部長は──」
もしかしたら、仲本もまた、美浜に惹かれているのかもしれない。
俺と同じ気持ちかまではわからないが、惚れているに違いない。
それだけの魅力が、美浜にはある。
逆の立場で、美浜が俺より仲本を選んでいたら、俺もまた同じ想いを抱いただろうか。
今にも泣き出しそうになっている仲本を見て、吉田が身を乗り出した。
「まあまあ。オレたちみたいな、それこそ部外者と、同じ部内の仲本で対応が違うのは仕方がないさ。やっぱり、そこは身内と外の人間みたいなもんだろ。だから、オレたちに感謝を示すわけで。決して仲本を雑に扱っているわけじゃないって」
ナイスフォローだ。さすがは人たらしの吉田。
そう思って、アシストに感謝したのだが、仲本には通じなかったらしい。
「そんなこと、吉田さんに言われなくたって、わかっています!」
「あ、そうっすか」
仲本は、そこで顔をうつむける。
かける言葉を探したが、何を言っても余計に神経を逆撫でしそうだ。
こんな時、美浜なら何と声を掛けるんだろうか。
俺は少し考えてから、仲本に言った。
「仲本は、よくやっているよ。お前にしかできないことを、ちゃんとやれている。からり晴れがこれだけ売れる商品になったのは、仲本がチームにいたからだ。美浜さんだって、そのことをわかっているさ」
なるべく柔らかめな声で、できるだけゆっくりとした口調で言った。
少しでも落ち着けばいいと思ったのだが、そこで仲本はパッと顔を上げる。
「そういうところですよ」
「……え?」
何のことかと反射的に聞き返すと、仲本は俺を指差した。
「そうやって、まるで自分が美浜部長の一番の理解者みたいな態度を取るじゃないですか」
「そんなつもりは」
思わず手をかざして否定したが、仲本の耳には届かないようだ。
きつく俺を睨みつけて、尚も言ってくる。
「しかも、美浜さん、なんて呼んじゃって。いつからそんなに仲良くなったんですか? あんなにケンカ腰だったじゃないですか」
呼称まで突っ込まれるとは思わず、俺は息を呑む。
「それは、オレもそう思うわ」
「いや、吉田まで尻馬に乗るなよ」
仲本は酔っているから仕方がないとして、吉田はまだ素面同然だ。
そこを、仲本と一緒になって、俺を問い詰めてこなくたっていいわけで。
二人にじろじろと見られて、俺は一つ溜息を吐いた。
「煙草、吸っていいか?」
「どうぞ」
仲本は不機嫌そうに言ってきたが、許可が得られたなら遠慮はしない。
俺は煙草に火をつけてから、もう一度二人を見た。
次に何を言ってこようとも、言い負かしてやるとでも言いたげに、仲本は好戦的な顔つきだ。吉田も、そんな俺と仲本を、興味深そうに見比べている。
こんな時だからこそ、俺は本音で話そうと思った。
「これまで、どんなに必死に売っても、棚から消えていった商品は山のようにある。その中でも、からり晴れは定番として生き残っていくと、俺は思っているんだ。それだけの商品力があるからな」
俺の言葉を聞いて、仲本は口を閉じた。
こっちの言い分を聞く気になったのだろうか。
俺は、煙草の灰を指先で落としてから、もう一口吸った。
「美浜さ……部長が、どんな思いでからり晴れを開発したか、俺には知りようがない。それこそ、傍で見てきたわけじゃないからな。だが、あれだけの商品を作り上げることが容易ではないくらいは、俺もわかるつもりだ。──それだけだのことだよ」
仲本は、真実を見定めようとするように、正座したままじっと俺を見つめている。
だが、軽く宙を見てから、額に手を当てた。
「もういいです。美浜部長は、あなたに絆されただけだとわかりました」
「おい、今の話のどこに、そんな要素があったよ」
一人で納得する仲本に、俺は噎せそうになりながら言った。
だが、仲本は俺から目を逸らして、吉田に声を掛ける。
「吉田さん、僕はもっと呑みたいんですが」
「あ、ああ。ちょっと店員呼ぶわ」
そして、お品書きを手に取って、日本酒と料理を何品か追加した。
「今日は、一ノ瀬さんの奢りですよね」
メニューに視線を落としたまま言われて、もう反論する気も起きない。
「わかったよ。奢る」
「じゃあ、オレも梅酒サワー追加で」
「お前は払え」
そうして、夜遅くまで飲んでから、カラオケにも行った。
仲本の選ぶ曲は、まったく聞いたこともないもので。
仲本がマニアックなのか、俺たちが時代について行けていなのか。
多分、両方だろう。
薄いサワーを飲みながら仲本の歌を聞いていると、不意にスマホが震える。
ロック画面に表示された名前を見て、俺は二人に見つからないようそっと開く。
こんな所を仲本に見られでもしたら、何を言われるか。
『今どこだ?』
相も変わらず簡潔な一文だ。
会社のメールのやり取りの方がまだ長いくらいだ。
そういえば、急遽飲むことが決まったため、美浜には何も知らせていなかった。
『仲本と吉田の三人で飲みに来ています』
一応仲本のことも言っておいた方がいいだろうと返事をすると、またすぐにメッセージが届く。
『私は、大阪に着いた』
やはり出張先は大阪だったようだ。
きっと、白石部長も連れてランピックに行ったのだろう。
無事着いたと聞いて、俺は担当者たちと美浜がどんな話をするのか想像した。
もしかしたら、俺の時のように、こっちの話も出るだろうか。
何と答えればいいか少し考えて、『お疲れ様です』と打った。
人のことは言えない。俺のメッセージもあまりにも短い。
そして、次に来たメールには一言『また後で』とある。
俺はそれに、俺は首を捻った。
「……また、後で?」
もしかしたら、また後でメッセージを送るという意味かもしれない。
スマホをポケットにしまって前を見ると、まだ仲本が歌っている。
「仲本って、酔うと変わるんだな」
マイクを握って放さない仲本を見て、吉田はぽつりと言った。
「そうだな」
たぶん、そんな簡単なことじゃない。
仲本の立場を思えば、歌だって歌いたくなる。
だが、こればかりは俺にはどうしようもない。
仲本が歌う姿を見ながら、俺は黙って煙草を吸っていた。
結局、カラオケ屋から出たのは、夜も遅い時間だった。
終電には間に合わないかもしれないと考えていると、吉田がタクシーを拾う。
「オレ、仲本を送ってくるよ」
家がどの辺か、俺には全くわからない。
だが、吉田は前に飲んだこともあるから、知っているのだろう。
「悪いな。そうしてくれると助かる」
俺は、二人の乗るタクシーを見送ってから駅に急いだ。
電車で帰る間も、仲本のことが頭から離れない。
これ以上考えたら、俺もまた余計なことをしてしまいそうだ。
心を許す? 俺に笑顔を向ける?
何を言い出したのかと、隣の吉田が俺を窺ってくる。
いや、そんな目で見られても、俺にだって何の話かもうわからない。
仲本はそこでジョッキを持ち上げ、一息に呷ってから、ドンと音を立ててテーブルに置いた。
「ひどいですよ。僕の方が、あなたよりずっと前から、美浜部長の傍にいた。誰よりも近くで、美浜部長を見ていたんです。僕には力がないけれど、支えたいとさえ思ってきました。それなのに、どうして部長は──」
もしかしたら、仲本もまた、美浜に惹かれているのかもしれない。
俺と同じ気持ちかまではわからないが、惚れているに違いない。
それだけの魅力が、美浜にはある。
逆の立場で、美浜が俺より仲本を選んでいたら、俺もまた同じ想いを抱いただろうか。
今にも泣き出しそうになっている仲本を見て、吉田が身を乗り出した。
「まあまあ。オレたちみたいな、それこそ部外者と、同じ部内の仲本で対応が違うのは仕方がないさ。やっぱり、そこは身内と外の人間みたいなもんだろ。だから、オレたちに感謝を示すわけで。決して仲本を雑に扱っているわけじゃないって」
ナイスフォローだ。さすがは人たらしの吉田。
そう思って、アシストに感謝したのだが、仲本には通じなかったらしい。
「そんなこと、吉田さんに言われなくたって、わかっています!」
「あ、そうっすか」
仲本は、そこで顔をうつむける。
かける言葉を探したが、何を言っても余計に神経を逆撫でしそうだ。
こんな時、美浜なら何と声を掛けるんだろうか。
俺は少し考えてから、仲本に言った。
「仲本は、よくやっているよ。お前にしかできないことを、ちゃんとやれている。からり晴れがこれだけ売れる商品になったのは、仲本がチームにいたからだ。美浜さんだって、そのことをわかっているさ」
なるべく柔らかめな声で、できるだけゆっくりとした口調で言った。
少しでも落ち着けばいいと思ったのだが、そこで仲本はパッと顔を上げる。
「そういうところですよ」
「……え?」
何のことかと反射的に聞き返すと、仲本は俺を指差した。
「そうやって、まるで自分が美浜部長の一番の理解者みたいな態度を取るじゃないですか」
「そんなつもりは」
思わず手をかざして否定したが、仲本の耳には届かないようだ。
きつく俺を睨みつけて、尚も言ってくる。
「しかも、美浜さん、なんて呼んじゃって。いつからそんなに仲良くなったんですか? あんなにケンカ腰だったじゃないですか」
呼称まで突っ込まれるとは思わず、俺は息を呑む。
「それは、オレもそう思うわ」
「いや、吉田まで尻馬に乗るなよ」
仲本は酔っているから仕方がないとして、吉田はまだ素面同然だ。
そこを、仲本と一緒になって、俺を問い詰めてこなくたっていいわけで。
二人にじろじろと見られて、俺は一つ溜息を吐いた。
「煙草、吸っていいか?」
「どうぞ」
仲本は不機嫌そうに言ってきたが、許可が得られたなら遠慮はしない。
俺は煙草に火をつけてから、もう一度二人を見た。
次に何を言ってこようとも、言い負かしてやるとでも言いたげに、仲本は好戦的な顔つきだ。吉田も、そんな俺と仲本を、興味深そうに見比べている。
こんな時だからこそ、俺は本音で話そうと思った。
「これまで、どんなに必死に売っても、棚から消えていった商品は山のようにある。その中でも、からり晴れは定番として生き残っていくと、俺は思っているんだ。それだけの商品力があるからな」
俺の言葉を聞いて、仲本は口を閉じた。
こっちの言い分を聞く気になったのだろうか。
俺は、煙草の灰を指先で落としてから、もう一口吸った。
「美浜さ……部長が、どんな思いでからり晴れを開発したか、俺には知りようがない。それこそ、傍で見てきたわけじゃないからな。だが、あれだけの商品を作り上げることが容易ではないくらいは、俺もわかるつもりだ。──それだけだのことだよ」
仲本は、真実を見定めようとするように、正座したままじっと俺を見つめている。
だが、軽く宙を見てから、額に手を当てた。
「もういいです。美浜部長は、あなたに絆されただけだとわかりました」
「おい、今の話のどこに、そんな要素があったよ」
一人で納得する仲本に、俺は噎せそうになりながら言った。
だが、仲本は俺から目を逸らして、吉田に声を掛ける。
「吉田さん、僕はもっと呑みたいんですが」
「あ、ああ。ちょっと店員呼ぶわ」
そして、お品書きを手に取って、日本酒と料理を何品か追加した。
「今日は、一ノ瀬さんの奢りですよね」
メニューに視線を落としたまま言われて、もう反論する気も起きない。
「わかったよ。奢る」
「じゃあ、オレも梅酒サワー追加で」
「お前は払え」
そうして、夜遅くまで飲んでから、カラオケにも行った。
仲本の選ぶ曲は、まったく聞いたこともないもので。
仲本がマニアックなのか、俺たちが時代について行けていなのか。
多分、両方だろう。
薄いサワーを飲みながら仲本の歌を聞いていると、不意にスマホが震える。
ロック画面に表示された名前を見て、俺は二人に見つからないようそっと開く。
こんな所を仲本に見られでもしたら、何を言われるか。
『今どこだ?』
相も変わらず簡潔な一文だ。
会社のメールのやり取りの方がまだ長いくらいだ。
そういえば、急遽飲むことが決まったため、美浜には何も知らせていなかった。
『仲本と吉田の三人で飲みに来ています』
一応仲本のことも言っておいた方がいいだろうと返事をすると、またすぐにメッセージが届く。
『私は、大阪に着いた』
やはり出張先は大阪だったようだ。
きっと、白石部長も連れてランピックに行ったのだろう。
無事着いたと聞いて、俺は担当者たちと美浜がどんな話をするのか想像した。
もしかしたら、俺の時のように、こっちの話も出るだろうか。
何と答えればいいか少し考えて、『お疲れ様です』と打った。
人のことは言えない。俺のメッセージもあまりにも短い。
そして、次に来たメールには一言『また後で』とある。
俺はそれに、俺は首を捻った。
「……また、後で?」
もしかしたら、また後でメッセージを送るという意味かもしれない。
スマホをポケットにしまって前を見ると、まだ仲本が歌っている。
「仲本って、酔うと変わるんだな」
マイクを握って放さない仲本を見て、吉田はぽつりと言った。
「そうだな」
たぶん、そんな簡単なことじゃない。
仲本の立場を思えば、歌だって歌いたくなる。
だが、こればかりは俺にはどうしようもない。
仲本が歌う姿を見ながら、俺は黙って煙草を吸っていた。
結局、カラオケ屋から出たのは、夜も遅い時間だった。
終電には間に合わないかもしれないと考えていると、吉田がタクシーを拾う。
「オレ、仲本を送ってくるよ」
家がどの辺か、俺には全くわからない。
だが、吉田は前に飲んだこともあるから、知っているのだろう。
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