【完結】それより俺は、もっとあなたとキスがしたい

佑々木(うさぎ)

文字の大きさ
38 / 46
ep.10 ホテルよりも

(3)

しおりを挟む
 途中から話が逸れた気がして、俺は首を傾げる。
 心を許す? 俺に笑顔を向ける?
 何を言い出したのかと、隣の吉田が俺を窺ってくる。
 いや、そんな目で見られても、俺にだって何の話かもうわからない。
 仲本はそこでジョッキを持ち上げ、一息に呷ってから、ドンと音を立ててテーブルに置いた。

「ひどいですよ。僕の方が、あなたよりずっと前から、美浜部長の傍にいた。誰よりも近くで、美浜部長を見ていたんです。僕には力がないけれど、支えたいとさえ思ってきました。それなのに、どうして部長は──」

 もしかしたら、仲本もまた、美浜に惹かれているのかもしれない。
 俺と同じ気持ちかまではわからないが、惚れているに違いない。
 それだけの魅力が、美浜にはある。
 逆の立場で、美浜が俺より仲本を選んでいたら、俺もまた同じ想いを抱いただろうか。
 今にも泣き出しそうになっている仲本を見て、吉田が身を乗り出した。

「まあまあ。オレたちみたいな、それこそ部外者と、同じ部内の仲本で対応が違うのは仕方がないさ。やっぱり、そこは身内と外の人間みたいなもんだろ。だから、オレたちに感謝を示すわけで。決して仲本を雑に扱っているわけじゃないって」

 ナイスフォローだ。さすがは人たらしの吉田。
 そう思って、アシストに感謝したのだが、仲本には通じなかったらしい。

「そんなこと、吉田さんに言われなくたって、わかっています!」
「あ、そうっすか」

 仲本は、そこで顔をうつむける。
 かける言葉を探したが、何を言っても余計に神経を逆撫でしそうだ。
 こんな時、美浜なら何と声を掛けるんだろうか。
 俺は少し考えてから、仲本に言った。

「仲本は、よくやっているよ。お前にしかできないことを、ちゃんとやれている。からり晴れがこれだけ売れる商品になったのは、仲本がチームにいたからだ。美浜さんだって、そのことをわかっているさ」

 なるべく柔らかめな声で、できるだけゆっくりとした口調で言った。
 少しでも落ち着けばいいと思ったのだが、そこで仲本はパッと顔を上げる。

「そういうところですよ」
「……え?」

 何のことかと反射的に聞き返すと、仲本は俺を指差した。

「そうやって、まるで自分が美浜部長の一番の理解者みたいな態度を取るじゃないですか」
「そんなつもりは」

 思わず手をかざして否定したが、仲本の耳には届かないようだ。
 きつく俺を睨みつけて、尚も言ってくる。

「しかも、美浜さん、なんて呼んじゃって。いつからそんなに仲良くなったんですか? あんなにケンカ腰だったじゃないですか」

 呼称まで突っ込まれるとは思わず、俺は息を呑む。

「それは、オレもそう思うわ」
「いや、吉田まで尻馬に乗るなよ」

 仲本は酔っているから仕方がないとして、吉田はまだ素面同然だ。
 そこを、仲本と一緒になって、俺を問い詰めてこなくたっていいわけで。
 二人にじろじろと見られて、俺は一つ溜息を吐いた。

「煙草、吸っていいか?」
「どうぞ」

 仲本は不機嫌そうに言ってきたが、許可が得られたなら遠慮はしない。
 俺は煙草に火をつけてから、もう一度二人を見た。
 次に何を言ってこようとも、言い負かしてやるとでも言いたげに、仲本は好戦的な顔つきだ。吉田も、そんな俺と仲本を、興味深そうに見比べている。
 こんな時だからこそ、俺は本音で話そうと思った。

「これまで、どんなに必死に売っても、棚から消えていった商品は山のようにある。その中でも、からり晴れは定番として生き残っていくと、俺は思っているんだ。それだけの商品力があるからな」

 俺の言葉を聞いて、仲本は口を閉じた。
 こっちの言い分を聞く気になったのだろうか。
 俺は、煙草の灰を指先で落としてから、もう一口吸った。

「美浜さ……部長が、どんな思いでからり晴れを開発したか、俺には知りようがない。それこそ、傍で見てきたわけじゃないからな。だが、あれだけの商品を作り上げることが容易ではないくらいは、俺もわかるつもりだ。──それだけだのことだよ」

 仲本は、真実を見定めようとするように、正座したままじっと俺を見つめている。
 だが、軽く宙を見てから、額に手を当てた。

「もういいです。美浜部長は、あなたに絆されただけだとわかりました」
「おい、今の話のどこに、そんな要素があったよ」

 一人で納得する仲本に、俺は噎せそうになりながら言った。
 だが、仲本は俺から目を逸らして、吉田に声を掛ける。

「吉田さん、僕はもっと呑みたいんですが」
「あ、ああ。ちょっと店員呼ぶわ」

 そして、お品書きを手に取って、日本酒と料理を何品か追加した。

「今日は、一ノ瀬さんの奢りですよね」

 メニューに視線を落としたまま言われて、もう反論する気も起きない。

「わかったよ。奢る」
「じゃあ、オレも梅酒サワー追加で」
「お前は払え」

 そうして、夜遅くまで飲んでから、カラオケにも行った。
 仲本の選ぶ曲は、まったく聞いたこともないもので。
 仲本がマニアックなのか、俺たちが時代について行けていなのか。
 多分、両方だろう。
 薄いサワーを飲みながら仲本の歌を聞いていると、不意にスマホが震える。
 ロック画面に表示された名前を見て、俺は二人に見つからないようそっと開く。
 こんな所を仲本に見られでもしたら、何を言われるか。

『今どこだ?』

 相も変わらず簡潔な一文だ。
 会社のメールのやり取りの方がまだ長いくらいだ。
 そういえば、急遽飲むことが決まったため、美浜には何も知らせていなかった。
 
『仲本と吉田の三人で飲みに来ています』

 一応仲本のことも言っておいた方がいいだろうと返事をすると、またすぐにメッセージが届く。

『私は、大阪に着いた』

 やはり出張先は大阪だったようだ。
 きっと、白石部長も連れてランピックに行ったのだろう。
 無事着いたと聞いて、俺は担当者たちと美浜がどんな話をするのか想像した。
 もしかしたら、俺の時のように、こっちの話も出るだろうか。
 何と答えればいいか少し考えて、『お疲れ様です』と打った。
 人のことは言えない。俺のメッセージもあまりにも短い。
 そして、次に来たメールには一言『また後で』とある。
 俺はそれに、俺は首を捻った。

「……また、後で?」

 もしかしたら、また後でメッセージを送るという意味かもしれない。
 スマホをポケットにしまって前を見ると、まだ仲本が歌っている。

「仲本って、酔うと変わるんだな」

 マイクを握って放さない仲本を見て、吉田はぽつりと言った。

「そうだな」

 たぶん、そんな簡単なことじゃない。
 仲本の立場を思えば、歌だって歌いたくなる。
 だが、こればかりは俺にはどうしようもない。
 仲本が歌う姿を見ながら、俺は黙って煙草を吸っていた。


 結局、カラオケ屋から出たのは、夜も遅い時間だった。
 終電には間に合わないかもしれないと考えていると、吉田がタクシーを拾う。

「オレ、仲本を送ってくるよ」

 家がどの辺か、俺には全くわからない。
 だが、吉田は前に飲んだこともあるから、知っているのだろう。

「悪いな。そうしてくれると助かる」

 俺は、二人の乗るタクシーを見送ってから駅に急いだ。
 電車で帰る間も、仲本のことが頭から離れない。
 これ以上考えたら、俺もまた余計なことをしてしまいそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

必要だって言われたい

ちゃがし
BL
<42歳絆され子持ちコピーライター×30歳モテる一途な恋の初心者営業マン> 樽前アタル42歳、子持ち、独身、広告代理店勤務のコピーライター、通称タルさん。 そんなしがない中年オヤジの俺にも、気にかけてくれる誰かというのはいるもので。 ひとまわり年下の後輩営業マン麝香要は、見た目がよく、仕事が出来、モテ盛りなのに、この5年間ずっと、俺のようなおっさんに毎年バレンタインチョコを渡してくれる。 それがこの5年間、ずっと俺の心の支えになっていた。 5年間変わらずに待ち続けてくれたから、今度は俺が少しずつその気持ちに答えていきたいと思う。 樽前 アタル(たるまえ あたる)42歳 広告代理店のコピーライター、通称タルさん。 妻を亡くしてからの10年間、高校生の一人息子、凛太郎とふたりで暮らしてきた。 息子が成人するまでは一番近くで見守りたいと願っているため、社内外の交流はほとんど断っている。 5年間、バレンタインの日にだけアプローチしてくる一回り年下の後輩営業マンが可愛いけれど、今はまだ息子が優先。 春からは息子が大学生となり、家を出ていく予定だ。 だからそれまでは、もうしばらく待っていてほしい。 麝香 要(じゃこう かなめ)30歳 広告代理店の営業マン。 見た目が良く仕事も出来るため、年齢=モテ期みたいな人生を送ってきた。 来るもの拒まず去る者追わずのスタンスなので経験人数は多いけれど、 タルさんに出会うまで、自分から人を好きになったことも、本気の恋もしたことがない。 そんな要が入社以来、ずっと片思いをしているタルさん。 1年間溜めに溜めた勇気を振り絞って、毎年バレンタインの日にだけアプローチをする。 この5年間、毎年食事に誘ってはみるけれど、シングルファザーのタルさんの第一優先は息子の凛太郎で、 要の誘いには1度も乗ってくれたことがない。 今年もダメもとで誘ってみると、なんと返事はOK。 舞い上がってしまってそれ以来、ポーカーフェイスが保てない。

辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆ 辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。 けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。 孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。 年齢差、身分差、そして心の距離。 不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。

【R18+BL】空に月が輝く時

hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。 そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。 告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。 ★BL小説&R18です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...