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ep.10 ホテルよりも
(4)
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だから、気持ちを切り替えようと、俺はスマホでニュースサイトや記事を読んだ。
すると、とある経済誌にYAMAGAMIのことが掲載されていた。
新商品「からり晴れ」の快進撃。
そして、その次のページには、開発者のインタビューがあった。
インタビューを受けたなんて、美浜からは何も聞いていない。
下にスクロールしていくと、チームの写真も載っていた。
美浜の隣に立つ仲本は、はにかんだように笑っている。
そして、読んでいる最中に、美浜からのメッセージが再び届いた。
『明日は、ランピックにも行ってくる。おやすみ』
ということは、他のところにも営業に行くのか。
本当は、通話したいところだが、今は車内だ。
だからただ、返事をした。
『おやすみなさい。愛しています。明日もよろしくお願いします』
俺は、その後もまたさっきの記事の続きを読み、最寄り駅で降りてからマンションに向かった。
部屋に入って、エアコンをつけたところで、今度は電話がかかってくる。
表示名は、美浜だ。
まるで見られているかのようなタイミングに、俺は驚きながら通話ボタンを押した。
「はい、一ノ瀬です。何かありましたか?」
「……君はよくあんなメッセージを平然と送ってくるな」
あんなメッセージと言われて、俺はようやく思い至った。
「俺の本心ですよ。いつだって、あなたを愛し──」
「わかったから、今は言わなくていい。……眠れなくなる」
普通は逆かと思ったが、美浜はそうではないらしい。
「じゃあ、今度こそおやすみなさい。明日も早いんでしょう?」
「そうだな。帰りは土曜日の朝になる」
「わかりました」
そして、美浜は沈黙した。
何か言いたいことでもあるのかと、そのまま待ってみる。
すると、躊躇いがちに美浜は言った。
「君の部屋に、行っていいだろうか」
「狭くても良ければ」
それ以外には、特に問題はない。
「あ、壁も薄いですが」
「……っそんな心配はしていない」
結構重要な問題かと思ったが、美浜は焦ったように言う。
「では、土曜日に」
「はい、楽しみにしています」
そして、そこで通話は切れた。
会話を反芻すると、やっぱりおかしな気がする。
用件は、はっきりしないが、土曜日の約束をしたかったということなのか。
そういう律儀なところが、美浜らしい。
「愛しています、か」
俺だって、今までそんなことをメッセージで送ったことはない。
だが、美浜には言いたくなる。
それは、はっきり言わないと通じないというのもあるだろう。
あの人は、時々とんでもなく鈍感だ。
俺は、土曜日に会うことを楽しみにして、その週を過ごした。
美浜が来たのは、土曜日の昼過ぎくらいだった。
近くのカフェで軽くランチを食べ、ランニングに出かけた帰りだ。
路地を歩いていると、速度を下げた車が通りかかった。
すぐに美浜の車だと気付き、俺は軽く手を挙げた。
美浜は路肩に車を停めて降りてきた。
休日ということもあって、いつもとは違いニットにジャケットという格好だ。
意外に思って見ていると、美浜の方でも俺をじっと見る。
爪先から頭の天辺まで視線で辿られて、俺は苦笑した。
「そんなに似合っていませんか?」
俺はランニングウェアの上下を着て、帽子を被っていた。
「いや、その逆だ。とても似合っている」
笑顔一つ浮かべずに言われても、どうも信じられない。
だが、いちいち突っかかるのもおかしいだろう。
俺はマンションの方角を指してから美浜に言った。
「先に行っていていいですよ。ここからなら5分もあれば、俺も着きますから」
「わかった」
美浜が車に乗り込むのを見てから、俺はまた走り出した。
家までの上り坂は、さすがに最後はきつい。
陽射しが眩しくて、俺はサングラスの位置を直してから速度を上げた。
マンションの前には美浜が待っていて、こっちに向かって手を振っている。
俺は走り終えたところでストップウォッチを止めて、美浜に笑いかけた。
「車、どこかに停めてきたんですか?」
「向こうの駐車場だ」
そういえば、そっちには時間貸しの駐車スペースがある。
たしかに、うちの前では長時間停められない。
俺は、美浜と共に階段で部屋に行き、鍵を開けた。
「どうぞ入ってください」
美浜は靴を脱いで中に入ると、ぐるりと全体を見回した。
中は2LKで、独身の男の部屋としてはまあ普通だと思っているんだが。
たぶん、美浜には狭小住宅に見えてしまっている。
あんなホテルに毎週泊まれるような人だ。
きっと家だって、めちゃくちゃ広いに違いない。
「ソファに座っていてください。コーヒーでもいいですか?」
「ああ、ありがとう」
俺は、キッチンに行ってコーヒーを淹れた。
豆は挽き立てではないが、俺の気に入っているエチオピア産だ。
お湯を沸かして静かに注ぎ入れ、美浜の方を向く。
すると、美浜はソファに座らずに棚を見ていた。
そこには、俺が集めているランニングシューズが飾られている。
「ランニングが趣味なんです」
「それにしては、ずいぶんあるな」
興味津々と言った顔で聞かれて、ちょっと恥ずかしくなる。
コレクターとは程遠いが、愛着のある品だ。
「それ、俺の好きな選手のサインシューズなんです」
俺は、テーブルの上にコーヒーを置き、それとなく美浜をソファに座らせる。
「ありがとう」
美浜はコーヒーを一口飲み、まだそのシューズを見ている。
「君にこういう趣味があるとは知らなかった」
「はは、よく言われます」
ここに来る奴なんて吉田くらいしかいない。
ランニングが趣味だと言ったら、笑われたんだっけ。
営業で歩く上に走りなんて、正気の沙汰じゃないと。
その話をすると、美浜はくすりと笑ってから、カップを置いた。
「私もよく走るが、大体ジムでなんだ。外はまた違うのだろうな」
そういえば、サーントルの会員で、屋上にジムがあると言っていた。
美浜はそのジムにも通っていて、ランニングマシンを使っているということだ。
俺も、雨の日にはジムのランニングマシンを使うことがあるが、やはり味気ない。
「今度一緒に走りませんか?」
話の流れで気軽に誘ってみると、美浜は頷いてから笑う。
「君となら、きっと楽しいだろう」
そんな顔で笑われると、胸が熱くなってしまう。
やめておけと思っても、やっぱり我慢できず、俺は美浜の隣に座る。
「ええ、俺もそう思います」
そして、顔を寄せて押し当てるだけのキスをする。
美浜もすぐに応えてきて、だんだんと高ぶってくる。
だが、そこで俺は自分の格好に気が付いた。
すると、とある経済誌にYAMAGAMIのことが掲載されていた。
新商品「からり晴れ」の快進撃。
そして、その次のページには、開発者のインタビューがあった。
インタビューを受けたなんて、美浜からは何も聞いていない。
下にスクロールしていくと、チームの写真も載っていた。
美浜の隣に立つ仲本は、はにかんだように笑っている。
そして、読んでいる最中に、美浜からのメッセージが再び届いた。
『明日は、ランピックにも行ってくる。おやすみ』
ということは、他のところにも営業に行くのか。
本当は、通話したいところだが、今は車内だ。
だからただ、返事をした。
『おやすみなさい。愛しています。明日もよろしくお願いします』
俺は、その後もまたさっきの記事の続きを読み、最寄り駅で降りてからマンションに向かった。
部屋に入って、エアコンをつけたところで、今度は電話がかかってくる。
表示名は、美浜だ。
まるで見られているかのようなタイミングに、俺は驚きながら通話ボタンを押した。
「はい、一ノ瀬です。何かありましたか?」
「……君はよくあんなメッセージを平然と送ってくるな」
あんなメッセージと言われて、俺はようやく思い至った。
「俺の本心ですよ。いつだって、あなたを愛し──」
「わかったから、今は言わなくていい。……眠れなくなる」
普通は逆かと思ったが、美浜はそうではないらしい。
「じゃあ、今度こそおやすみなさい。明日も早いんでしょう?」
「そうだな。帰りは土曜日の朝になる」
「わかりました」
そして、美浜は沈黙した。
何か言いたいことでもあるのかと、そのまま待ってみる。
すると、躊躇いがちに美浜は言った。
「君の部屋に、行っていいだろうか」
「狭くても良ければ」
それ以外には、特に問題はない。
「あ、壁も薄いですが」
「……っそんな心配はしていない」
結構重要な問題かと思ったが、美浜は焦ったように言う。
「では、土曜日に」
「はい、楽しみにしています」
そして、そこで通話は切れた。
会話を反芻すると、やっぱりおかしな気がする。
用件は、はっきりしないが、土曜日の約束をしたかったということなのか。
そういう律儀なところが、美浜らしい。
「愛しています、か」
俺だって、今までそんなことをメッセージで送ったことはない。
だが、美浜には言いたくなる。
それは、はっきり言わないと通じないというのもあるだろう。
あの人は、時々とんでもなく鈍感だ。
俺は、土曜日に会うことを楽しみにして、その週を過ごした。
美浜が来たのは、土曜日の昼過ぎくらいだった。
近くのカフェで軽くランチを食べ、ランニングに出かけた帰りだ。
路地を歩いていると、速度を下げた車が通りかかった。
すぐに美浜の車だと気付き、俺は軽く手を挙げた。
美浜は路肩に車を停めて降りてきた。
休日ということもあって、いつもとは違いニットにジャケットという格好だ。
意外に思って見ていると、美浜の方でも俺をじっと見る。
爪先から頭の天辺まで視線で辿られて、俺は苦笑した。
「そんなに似合っていませんか?」
俺はランニングウェアの上下を着て、帽子を被っていた。
「いや、その逆だ。とても似合っている」
笑顔一つ浮かべずに言われても、どうも信じられない。
だが、いちいち突っかかるのもおかしいだろう。
俺はマンションの方角を指してから美浜に言った。
「先に行っていていいですよ。ここからなら5分もあれば、俺も着きますから」
「わかった」
美浜が車に乗り込むのを見てから、俺はまた走り出した。
家までの上り坂は、さすがに最後はきつい。
陽射しが眩しくて、俺はサングラスの位置を直してから速度を上げた。
マンションの前には美浜が待っていて、こっちに向かって手を振っている。
俺は走り終えたところでストップウォッチを止めて、美浜に笑いかけた。
「車、どこかに停めてきたんですか?」
「向こうの駐車場だ」
そういえば、そっちには時間貸しの駐車スペースがある。
たしかに、うちの前では長時間停められない。
俺は、美浜と共に階段で部屋に行き、鍵を開けた。
「どうぞ入ってください」
美浜は靴を脱いで中に入ると、ぐるりと全体を見回した。
中は2LKで、独身の男の部屋としてはまあ普通だと思っているんだが。
たぶん、美浜には狭小住宅に見えてしまっている。
あんなホテルに毎週泊まれるような人だ。
きっと家だって、めちゃくちゃ広いに違いない。
「ソファに座っていてください。コーヒーでもいいですか?」
「ああ、ありがとう」
俺は、キッチンに行ってコーヒーを淹れた。
豆は挽き立てではないが、俺の気に入っているエチオピア産だ。
お湯を沸かして静かに注ぎ入れ、美浜の方を向く。
すると、美浜はソファに座らずに棚を見ていた。
そこには、俺が集めているランニングシューズが飾られている。
「ランニングが趣味なんです」
「それにしては、ずいぶんあるな」
興味津々と言った顔で聞かれて、ちょっと恥ずかしくなる。
コレクターとは程遠いが、愛着のある品だ。
「それ、俺の好きな選手のサインシューズなんです」
俺は、テーブルの上にコーヒーを置き、それとなく美浜をソファに座らせる。
「ありがとう」
美浜はコーヒーを一口飲み、まだそのシューズを見ている。
「君にこういう趣味があるとは知らなかった」
「はは、よく言われます」
ここに来る奴なんて吉田くらいしかいない。
ランニングが趣味だと言ったら、笑われたんだっけ。
営業で歩く上に走りなんて、正気の沙汰じゃないと。
その話をすると、美浜はくすりと笑ってから、カップを置いた。
「私もよく走るが、大体ジムでなんだ。外はまた違うのだろうな」
そういえば、サーントルの会員で、屋上にジムがあると言っていた。
美浜はそのジムにも通っていて、ランニングマシンを使っているということだ。
俺も、雨の日にはジムのランニングマシンを使うことがあるが、やはり味気ない。
「今度一緒に走りませんか?」
話の流れで気軽に誘ってみると、美浜は頷いてから笑う。
「君となら、きっと楽しいだろう」
そんな顔で笑われると、胸が熱くなってしまう。
やめておけと思っても、やっぱり我慢できず、俺は美浜の隣に座る。
「ええ、俺もそう思います」
そして、顔を寄せて押し当てるだけのキスをする。
美浜もすぐに応えてきて、だんだんと高ぶってくる。
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