【完結】乙女ゲームの女主人公の兄なので、ちょっと僕を狙わないでもらえますか?

佑々木(うさぎ)

文字の大きさ
34 / 55
第四章 未知

夏休みの終わりに*

しおりを挟む
 時間が来ると、アインハルトは立ち上がって、城の外へ向かった。
 どうやら帰りも、アインハルトと同じ馬車に乗るらしいが、今度はベアトリスもごねることはなかった。

 そして、その帰り道のことだが、僕にはまったく記憶にない。
 馬車に乗り込んでドアが閉まった次の瞬間には、学院に到着していた。
 要するに、熟睡していた。
 
「クリス、着いたぞ」

 軽く身体を揺すられて目を覚ますと、僕はアインハルトの膝を枕にして横たわっていた。

「えっ!? ご、ごめんなさい」
「気にするな」

 アインハルトは喉の奥で低く笑い、起き上がった僕の乱れた髪を撫でつける。

「可愛い寝顔が見られて役得だった」

 本気かどうかわからないことを言い、僕と共に馬車を降りる。

「では、これで解散だ」
「ありがとうございました」

 僕もセレスも心からお礼を言い、寮ごとに分かれて帰る、と思った。
 だが、なぜかセレスは僕についてきて、部屋の中に入ってきた。

「疲れたね、クリス」
「うん、濃厚な三日間だった」

 セレスもうんうんと頷き、ちらりと壁を見た。

「フレディって、今部屋にいるのかな」
「フレディ?」

 ここに来た目的は、僕と話すことではなくフレディなのか。
 珍しいこともあるものだと、僕は構内図を見つめる。

「今は、グラウンドにいるみたいだね」
「そうなのね」
「そこまで一緒に行くよ」

 僕は、セレスと共に、グラウンドへと向かった。
 どうやら、今日も剣術科の生徒は、グラウンドで訓練をしているようだ。
 
 剣に魔力を乗せる、独特の戦い方だ。
 実は、生で見るのは、これが初めてだ。

 グラウンドには、10人ほどいた。
 片方は騎士団の制服を身にまとっていて、もう片方は学院の体操服を着ている。
 5組に分かれて練習中で、その中にフレディの姿もある。

 相手と身長差はそれほどなさそうだが、体格は団員の方が一回り大きい。肩や腕の筋肉の差は歴然としていた。

 フレディは、鞘に収めた長剣の柄を握り、相手の攻撃に対して構えている。
 身体が赤く染まり、ゆらりと焔が立ち上ったように見えた。

「ハーっ!」
 
 団員側が上段に構えた瞬間に横一閃、剣から炎が迸る。
 フレディの剣を受け止めようとするも、刺突には合わせられない。

「くっ……はっ」

 剣は寸止めされたが、余波で団員が吹き飛んだ。
 咄嗟に受け身を取ったようだが、そこで試合終了となる。

「すごい! フレディ、強い!」

 セレスは、グラウンドの隅でフレディを見つめ、感嘆したような声を上げる。
 その後も組を変えて模擬戦をしていたが、どれもフレディが優勢だった。

「また勝った!」

 セレスは思わずといった体で飛び跳ねて声援を送り、団員に見咎められて頭を下げる。
 
「じゃあ、後で」
「うん、ありがと、クリス」

 僕ももっと見ていたかったが、二人の邪魔をしたくなくて、セレスから離れてグラウンドを出た。
 
 とにかく疲れが溜まっていて、どこかに座りたくなっていた。
 フレディの練習はまだ続きそうだったから、僕はふらふらと歩いて、噴水の縁の段差に腰掛ける。
 噴水はライトアップされていて、柔らかな光を湛えていた。
 斜め座りをして噴水をぼうっと眺め、少しうとうとと微睡まどろんでしまっていたようだ。

 コツコツと石畳の上を歩く靴音がして、僕は眠りから目覚めた。
 一瞬どこにいるかかわからなかったが、目の前の噴水に気付いて我に返る。

 こんなところで寝てしまうほどに疲れていたのかと苦笑する。
 件の足音は更に近付いていて、剣術科の誰かかと僕は顔を向けた。

 最初に見えたのは、鈍く光る革靴だ。次いで、側章そくしょうの入った黒のスラックスと長い脚を際立たせる白のカマーバンド。ジャケットは脱いでいて、肩に掛けていた。黒のボウタイも解けた状態で、シャツの襟もボタンが一つ外れている。夜目でもわかる首元の白さ、鍛えられた胸の厚み。
 顔を見る前に、僕はそれが誰なのか理解した。

 胸が痛いほどに締め付けられ、身体が熱くなる。
 するとそこで、噴水の明かりに照らされて、全身が見えるようになる。
 いつもとは違い、撫でつけられた銀の髪は少し乱れていて、前髪が下りている。邪魔そうに掻き上げたところで、僕に気が付いたようだ。
 銀色の瞳を僕に向けて、わずかに瞠った。

「こんばんは、デューク王子」
「君か。どうしたんだ、こんな時間に」

 デュークはそう言うと、僕の方へと歩み寄った。
 どこかの夜会の帰りなのだろうか。
 昼間とは打って変わった装いに、僕はつい見惚れた。

「セレスを待っているんです」
「セレスを? 彼女もこんな時間に外にいるのか」

 デュークは、僕を見下ろして、微かに眉を寄せた。

「合宿を終えたばかりだ。早く休め」
 
 それだけ言って一度は去ろうとしたようだが、なぜか僕の隣に腰掛けた。

「君は、またうたた寝していたんだろう」

 どうしてバレたんだろう。
 言い当てられて内心焦っていると、形のいい唇に笑みを刷く。

「いつもに増して、反応が遅い」

 それは、反応が遅いのが常だということじゃないんだろうか。
 僕は、聞き返そうとしたが、僕を瞳に映して問うデュークに目を奪われて、言葉が出てこなかった。
 ライトアップされた噴水のせいで、銀色の瞳が色を変える。
 薄い色合いの虹彩がきらめき、僕は無言のまま見つめていた。

「クリスティアン?」

 そこで、デュークはおもむろに僕の名前を呼んだ。
 たったそれだけで心臓が跳ね、顔が熱くなる。
 これまで、デュークに面と向かって名前を呼ばれたことがあっただろうか。
 胸が騒ぎ、返事をすることも忘れて見入る。

 すると、頬に触れられた。
 親指の腹で頬を撫でられ、顔が間近に迫る。
 こんなに近付いても、その顔は美しい。
 デュークは、顔を傾け、銀色の瞳を伏せる。
 まぶたを縁取る長いまつ毛に気を取られていると、唇が重なった。

 柔らかくしっとりとした感触が唇に触れて、弾力を確かめるように啄まれる。唇の狭間を舌でくすぐられて、僕は我に返った。

 デュークが、僕にキスをしている。
 
 自覚した途端、本能的に身体が逃げを打ち、後退ろうとした。
 だが、デュークの手が僕の後頭部を捉えたため、逃げ場を失った。

 驚いて唇を開けかけたところで、薄い舌が僕の唇から口の中へと挿し入れられる。
 あまりのことに呼吸も忘れて、身体を震わせた。

 デュークの胸元を押し返そうと手を動かすと、手首を捉えたまま、仰向けに倒された。
 覆い被さるようにしてキスを続け、僕の手を座る段差に縫い留める。

「んん……っん……ぅ……」

 抗議の声が唇に飲み込まれ、吐息が鼻に抜けた。
 甘えたような響きとなり、羞恥心で余計に身体がたかぶる。

「はっ……ぁ……ん……くっ」

 舌が上顎をくすぐってきて、ぞくぞくと背中を何かが這い上がる。
 僕の舌を吸い、絡ませたことで、くちゅりと濡れた音がした。
 その音にさえ身体が反応し、膝が震える。

 口の中を味わわれているのだと感じたが、どうしたらいいかわからない。
 口を閉じれば、デュークの舌を傷付けてしまう。
 でも、今すぐにキスをやめてほしい。
 これ以上、キスを続けられたら僕は──。

 ぎゅっと目を瞑ると、涙が溢れ、こめかみを伝った。
 キスをされて泣いている自分が信じられず、呼吸が苦しくて喘ぐ声に耳を塞ぎたくなる。
 僕の髪を梳く手や、傍で聞こえる息遣い、覆いかぶさる体温に、限界が来た。

 もう意識を保っていられないと思ったところで、デュークはキスを解いた。

 空気を求めて深く息を吸うと、呼吸が乱れ、すすり泣きのような声が漏れる。

「クリスティアン」

 名前を呼びながら、指の腹で涙を拭われて、僕は目を開けた。
 僕を見下ろす銀色の瞳に、心臓を鷲掴みにされた心地がした。
 縫い留められていた手首が自由になり、僕はデュークの胸を押し返す。
 今度は、あっさりと身を起こして僕から離れ、元の姿勢に戻った。
 僕も身を起こし、小刻みに震える指先を握り込んで立ち上がった。

 ガクガクと揺れる脚を動かして走り出そうとした瞬間、僕はデュークの腕に捕らえられた。

「放して……っくださ」
「走るな。転んで怪我をする」

 僕とは違い、落ち着いたいつもの声を聞いて、頭に血が上った。

「どうして……こんなっ」

 思わずなじるように言った僕に、デュークは平然と答えた。

「お前が、キスを望んだからだ」
「……っ」

 僕は、デュークの腕を振りほどき、制止の言葉にも従わずに駆け出した。
 やみくもに走ったせいで、自分がどこにいるのかわからなくなったくらいだ。

 やがて寮が見えてきたが、こんな状態を誰の目にも晒したくはない。
 僕は、寮の側の茂みにうずくまり、身を隠した。

「うう……っう……く」

 涙が後から後から溢れ、どんなに叱咤しても止まらない。
 僕は、膝を抱えて座り、気付けばしゃくりあげていた。

 グリューン魔法学院での最初の夏休みは、涙のうちに終わり、僕にとっての新たな日々の幕開けとなった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない

北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。 ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。 四歳である今はまだ従者ではない。 死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった?? 十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。 こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう! そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!? クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。

悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました

藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。 (あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。 ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。 しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。 気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は── 異世界転生ラブラブコメディです。 ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)
BL
第13回BL大賞 奨励賞 受賞しました。 皆さまありがとうございます。 「ねえ、私だけを見て」 これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。 エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。まだ付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。 「この恋、早く諦めなくちゃ……」 本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。 この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。 番外編。 リナルド×ガルディア。王族と近衞騎士の恋。 ――忠誠を誓った相手を、愛してはいけないと思っていた。切ない身分差、年の差の恋。恋の自覚は、相手が成人してからになります。

処理中です...