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第二章 西の国の花の祭り編
ようやく気が付けたこと
ステラの名前を知っているのは教皇リマと、顔も見たことがない母親だけ。二年間命懸けの戦いをしてきた勇者一行の仲間にだってステラは自分の名前を明かさなかった。
リヴィウス曰く、女神リーベの気紛れで生き返った時だって、あの時てぷの声を無視して仲間たちの元へ戻る選択肢だって存在した。それにきっとどう考えても仲間たちの元へ戻るべきだったのに、ステラはあろう事か魔王の復活にまで助力してしまった。結果としてリヴィウスは魔族ではなくなったけれど、魔族のままだった可能性だっていくらでもある。
闇の精霊の神殿に身を隠していた時も、リヴィウスの世話をしていたのはステラだ。そして色々不都合があるからと、そう理由付けをして腰にまで届いていた黒髪を切り捨てたのもステラだ。
それらの行為に迷いはあったかと問われたら、ステラはこう言う。
「迷いはありませんでした」
ステラは何の迷いもしなかった。
仕方がなかったとはいえ自分ごと魔王を討たせてしまった勇者リヒトの悲しみも、仲間が目の前で絶命するという耐え難い現実を見せたことも、そして何より、誰よりもステラが戻ることを待ち望んでいたリマを悲しませることも、それら全てを天秤に掛けて、ステラは自分が楽になれる方を選んだのだ。
……ステラは聖女であったことを後悔したことはない。でも、それだけだ。聖女で良かったと思ったことなんて、ただの一度もありはしない。
そこまで考えて、糸が切れたようにステラはベッドに座り込んだ。
視線の先に映るのはいつの間にか強く握っていてよれたシーツと、力をこめたことで白くなった自分の指先だった。
もう、俯いてもステラの視界には長い黒髪は入ってこない。聖女であるようにと綺麗に保ってきた細い指も、白かった肌も、今は少し色がやけているように見えるし、ようやく男性らしく筋張ってきたのではないかと思う。
ステラは別に、性別を間違われたことなんてどうでも良かった。周りから女性と思われていようがどうでも良かった。どうでもいい、そう思えていたのは、ステラが聖女を自分ではない別の存在だと思っていたからだ。
「……ああ、そうか」
ほとんど息のような声が出た。
「…私は聖女のことが好きじゃなかったんだ」
声に出すと、それは意外なほどあっさりと自分の中に落ちてきた。
後悔したことは一度もない。聖女として過ごしてきた日々に感謝をしたことは数えきれない程にある。でもそれと好き嫌いは、全く別の話なんだとステラは痛感した。
勇者たちに名前を教えなかったのは、唯一手放しで自分の物だと言える「ステラ」という名前まで聖女のものにされたくなかったからだ。仲間のもとに戻らなかったのも、もう聖女として生きることが嫌になったからだ。
そして躊躇なく、勇者に「自分ごと討て」と言えたのは、もう聖女として生きていたくなかったからだ。
そう思うと、何だか少しおかしくなってきてしまってステラはそのままベッドに横になった。あれだけ怒っていた顔をしていたリヴィウスとてぷが今は途方に暮れたような顔をしているのを見て、ステラは笑った。口を開けて、息を吐くように。
「あはは、すみません。少し考え込んでしまいました」
「……少し?」
『さっきまでステラ死にそうな顔してたぞ? そんなにボクたち怖かったか?』
いつの間にかてぷは元のてっぷりとしたお腹がかわいいドラゴンの姿に戻っているし、リヴィウスは言葉には出さないが表情がとても心配そうだ。ステラは気の向くままにてぷに手を伸ばした。すると意図を察したかのようにてぷが手のひらに乗ってくれるからステラは愛おしさに目を細めた。
「……聖女は、私にとって他人だったみたいです」
「……?」
『?』
「聖女はあの時魔王と一緒に死んでしまったので、ここにいる私はただのステラです。だから聖女の目の色のアクセサリーが作られても、商売道具にされてもどうでも良かったんです。だって彼女は、もう死んでいるから」
聖女とは、ステラにとって最も近い隣人だった。世界の平和を祈り、悪を滅ぼし、自分を殺し、ただただ世界の平和と安寧の為に祈る清廉な人。ステラが長い年月を掛けて作り上げた偶像だった。
『……なんかよくわかんないけど、ステラはもう元気なのか?』
横になったままのステラの頬を短い手でてぷが撫でてくれる。
「はい、とても」
ステラは満面の笑みを浮かべてしっかりと頷いて見せた。
リヴィウス曰く、女神リーベの気紛れで生き返った時だって、あの時てぷの声を無視して仲間たちの元へ戻る選択肢だって存在した。それにきっとどう考えても仲間たちの元へ戻るべきだったのに、ステラはあろう事か魔王の復活にまで助力してしまった。結果としてリヴィウスは魔族ではなくなったけれど、魔族のままだった可能性だっていくらでもある。
闇の精霊の神殿に身を隠していた時も、リヴィウスの世話をしていたのはステラだ。そして色々不都合があるからと、そう理由付けをして腰にまで届いていた黒髪を切り捨てたのもステラだ。
それらの行為に迷いはあったかと問われたら、ステラはこう言う。
「迷いはありませんでした」
ステラは何の迷いもしなかった。
仕方がなかったとはいえ自分ごと魔王を討たせてしまった勇者リヒトの悲しみも、仲間が目の前で絶命するという耐え難い現実を見せたことも、そして何より、誰よりもステラが戻ることを待ち望んでいたリマを悲しませることも、それら全てを天秤に掛けて、ステラは自分が楽になれる方を選んだのだ。
……ステラは聖女であったことを後悔したことはない。でも、それだけだ。聖女で良かったと思ったことなんて、ただの一度もありはしない。
そこまで考えて、糸が切れたようにステラはベッドに座り込んだ。
視線の先に映るのはいつの間にか強く握っていてよれたシーツと、力をこめたことで白くなった自分の指先だった。
もう、俯いてもステラの視界には長い黒髪は入ってこない。聖女であるようにと綺麗に保ってきた細い指も、白かった肌も、今は少し色がやけているように見えるし、ようやく男性らしく筋張ってきたのではないかと思う。
ステラは別に、性別を間違われたことなんてどうでも良かった。周りから女性と思われていようがどうでも良かった。どうでもいい、そう思えていたのは、ステラが聖女を自分ではない別の存在だと思っていたからだ。
「……ああ、そうか」
ほとんど息のような声が出た。
「…私は聖女のことが好きじゃなかったんだ」
声に出すと、それは意外なほどあっさりと自分の中に落ちてきた。
後悔したことは一度もない。聖女として過ごしてきた日々に感謝をしたことは数えきれない程にある。でもそれと好き嫌いは、全く別の話なんだとステラは痛感した。
勇者たちに名前を教えなかったのは、唯一手放しで自分の物だと言える「ステラ」という名前まで聖女のものにされたくなかったからだ。仲間のもとに戻らなかったのも、もう聖女として生きることが嫌になったからだ。
そして躊躇なく、勇者に「自分ごと討て」と言えたのは、もう聖女として生きていたくなかったからだ。
そう思うと、何だか少しおかしくなってきてしまってステラはそのままベッドに横になった。あれだけ怒っていた顔をしていたリヴィウスとてぷが今は途方に暮れたような顔をしているのを見て、ステラは笑った。口を開けて、息を吐くように。
「あはは、すみません。少し考え込んでしまいました」
「……少し?」
『さっきまでステラ死にそうな顔してたぞ? そんなにボクたち怖かったか?』
いつの間にかてぷは元のてっぷりとしたお腹がかわいいドラゴンの姿に戻っているし、リヴィウスは言葉には出さないが表情がとても心配そうだ。ステラは気の向くままにてぷに手を伸ばした。すると意図を察したかのようにてぷが手のひらに乗ってくれるからステラは愛おしさに目を細めた。
「……聖女は、私にとって他人だったみたいです」
「……?」
『?』
「聖女はあの時魔王と一緒に死んでしまったので、ここにいる私はただのステラです。だから聖女の目の色のアクセサリーが作られても、商売道具にされてもどうでも良かったんです。だって彼女は、もう死んでいるから」
聖女とは、ステラにとって最も近い隣人だった。世界の平和を祈り、悪を滅ぼし、自分を殺し、ただただ世界の平和と安寧の為に祈る清廉な人。ステラが長い年月を掛けて作り上げた偶像だった。
『……なんかよくわかんないけど、ステラはもう元気なのか?』
横になったままのステラの頬を短い手でてぷが撫でてくれる。
「はい、とても」
ステラは満面の笑みを浮かべてしっかりと頷いて見せた。
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