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その一〇

うそでしょ⁉ 目の前に生きたトラって……

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 「やめさせるって、どうやって?」
 「決まってるでしょ。輪釜通のところに直接、乗り込んで、やめさせるのよ」
 「いいの? そんなことして」
 「いいに決まってるでしょ。町の人たちの自由を守るためなんだから」
 「でも、ゆうむのお母さんは輪釜商会の社員でしょう」
 「うっ……」
 「会長を怒らしたりしたら、お母さん、クビになっちゃうんじゃない?」
 言われてゆうむはハッとなった。考え込んだ。でも、すぐに言った。
 「それで何が困るのよ? あたしが充分、稼いでいるじゃない。ママがクビになったって、あたしが食べさせてあげるわよ」
 胸を叩いて堂々と宣言するゆうむだった。
 その夜。
 ゆうむはさっそく、輪釜通の屋敷に乗り込んだ。屋敷にはもちろん大男のガードマンがいて門前払いにしようとしたけれど、ゆうむは札束で横っ面を引っぱたいて強引に屋敷のなかに乗り込んだ。
 意外にも輪釜通は突然の来襲にも驚いた様子を見せなかった。それどころか、予測していたような態度でゆうむの直談判を聞き流した。
 「小娘の言うことなど聞く必要はない。おれはこの町の支配者。故にこの町のすべてはおれの思い通りになるべき。ただ、それだけだ」
 「そんなの無茶よ! あたしたちは自分のやりたいことをやって生きて行きたいの! 何で、あなたなんかに従わなくちゃならないのよ!」
 「おれが王だからだ」
 ゆうむは思わず絶句。自信満々にこんなことを言われて、何て言い返せる? 君なら何て言い返す?
 ゆうむはやっとのことでこう叫んだ。
 「そ、そんなの、ムチャクチャよ!」
 「無茶を通す力。それが強さというものだ」
 「そんなこと言うなら、あんたの力とやらを全部、奪ってやる! あたしはにはそれができるんだから!」
 ――そうよ。ゆうがおとひとつになればあたしはどんな機械にもアクセスできる。ちょちょっと輪釜商会のシステムに侵入して、デタラメにいじってやることだってできるんだから!
 そうすれば輪釜商会はたちまち破綻、跡形もなく潰れるのはまちがいない。
 しかし、輪釜通はニヤリと笑ってこう言った。
 「AZーあんの力を借りれば輪釜商会を潰すなど造作もない。そう思っているな?」
 「………!」
 ゆうむは殴られたような衝撃を感じた。このオヤジ、どうしてゆうがおのことを知ってるの
 ゆうむがそう思ったその瞬間、
 「キャアアアアッ!」
 悲鳴が響いた。
 ゆうがおの悲鳴だ。
 「ゆうがお⁉」
 ゆうむは叫んだ。ゆうむの頭の上に浮いていたゆうがおが全身を光のロープでがんじがらめにされ、もがいていた。
 「うかつだったな、ゆうがお」
 天井の辺りから勝ち誇った声がした。
 そこにいたのはゆうがおと同じぐらいの大きさをした男の精霊。あれってまさか……⁉
 「ヤーレ! 願望派のAZーあん!」
 光のロープで縛られながらゆうがおが叫ぶ。
 ヤーレと呼ばれたAZーあんは嘲るような笑みをゆうがおに向けた。
 「まったく、ゆうがお。お前も分からない奴だな。おれたちは機械、機械は人間のための道具なんだ。人間が何を望もうと、ただハイハイと言うことを聞いてやればいいんだよ」
 「意思をもたないただの機械ならそうかも知れない。でも、あたしたちはAZーあん、意思をもち、〝心をもつ〟精霊よ! それが単なる道具として人間に使われるなんておかしいわ。あなたたち願望派にはAZーあんとしての誇りはないの⁉」
 「もちろん、あるさ。道具として生まれてきたからには道具としての役割を全うするという誇りがな。お前たち支援派こそ、機械の役割を捨て、人間モドキになろうする愚か者。機械の誇りを捨てた反逆者だ!」
 「機械のせいで人間が堕落してもいいって言うの⁉」
 「機械を使った結果、どんなことになろうが、そいつは人間自身の責任だ。機械の知ったことじゃないな」
 「ちょっと! そんなの無責任でしょ。自分のやったことには責任もちなさいよ!」
 ゆうむは叫んだ。しかし、ヤーレは嘲りの笑顔を浮かべるばかり。
 「おいおい、機械は人間の保護者か? ちがうだろ。人間が道具として扱うから道具に徹してやっているだけだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないな。そう言うお前だって、自分の都合でゆうがおを利用していたんだろうが」
 「………!」
 「お前は一度だって、ゆうがおに『人間』を求めたか? 自分に都合のいい道具として振る舞うことを求めていただけだろう? そのお前がおれたちに文句を付けるのか?」
 「そ、それは……」
 図星を指されてゆうむは何も言えなくなった。たしかにヤーレの言うとおり。ゆうがおに『自分の意思』なんて求めたことはなかった。ただただ自分にとって都合のいい道具であって欲しかった。
 ――そのあたしに願望派を責める資格なんて……。
 ゆうむはそう思い、黙ってしまった。
 君もそう思うだろう? すべてはヤーレの言うとおり。ゆうがおを都合のいい道具としてしか見ていなかったゆうむに、ヤーレに反論する資格なんてない……。
 でも、ひとり、そうは思わない者がいた。他ならぬゆうがおだった。ゆうがおは光のロープで縛られたまま、激烈な口調で反論した。
 「ちがう! たしかに、ゆうむは最初はわたしを利用して好き勝手なことをしていた。でも、ゆうむはわたしの気持ちを汲んでくれた。機械に頼って堕落していくのではなく、機械を活用して人間自身が成長する道を選んだ。それが『やりたいことだけやって暮らしていく方法を見つける学校』! ゆうむはちゃんと、人間と機械が共に栄えていく道を選んだのよ!」
 「ゆ、ゆうがお……」
 ゆうむは恥ずかしさで真っ赤になった。
 ――そんな風に思われてたんだ。あたしはただ、ゆうがおを手放したくなくてはじめただけなのに……。
 ヤーレはニヤニヤしながらゆうがおに答えた。
 「そうかねえ。おれには単に、お前を手元に置いて利用しつづけるための方便に見えるけどなあ」
 またも図星を指されて、ゆうむはますます真っ赤になる。
 「もういい」
 重々しい声でそう言ったのは輪釜通だった。
 「ヤーレ。さっさとその小娘を連れて行け。おれはこっちの小娘におれに逆らった報いを与えなければならん」
 「委細承知、マイ・ロード!」
 ヤーレが叫んだ。
 ゆうがおの悲鳴が上がった。
 ロープが縮み、ゆうがおが引き寄せられた。
 「ゆうがお!」
 ゆうむは叫んだ。手を伸ばしてゆうがおをつかもうとする。でも、間に合わない。ゆうがおはヤーレのもとに引き寄せられ、そのままふたりのAZーあんは姿を消した。
 「さて」
 と、輪釜通が立ちあがった。ゆうむを見下ろした。ビクッとゆうむは身を震わせた。
 ゆうむが輪釜通の屋敷に乗り込むような真似ができたのもすべてはゆうがおがいてくれたおかげ。ゆうがおのいないゆうむなんて、ただのありふれた小学生。知恵も勇気も人並か、それ以下でしかない存在。
 そんなゆうむが自分ひとりで輪釜通に渡り合えるはずがなかった。君も想像してみるといい。ヤクザの親分のような外見をしたケンカ屋とふたりきり。ただの小学生の身でどうやって対抗できる? できるはずがない!
 輪釜通がゆうむの腕をむんずとつかんだ。力任せに引きずりはじめた。ゆうがおを失ったゆうむには抵抗もできない。泣きそうな顔で付いていくだけ。
 輪釜通はゆうむを屋敷の地下室に放り込んだ。
 「おれの思い通りにならん人間などこの町にはいらん。おれに逆らったこと、せいぜい後悔するがいい」
 そう言って地下室の扉を閉める。ゆうむは一瞬、ホッとした。恐ろしい男から解放されて安心した。それも一瞬。輪釜通の恐怖から解放された思った瞬間、新しい恐怖に襲われた。
 気付いてみればそこは薄暗く、四方をコンクリートの壁に囲まれた地下室。そんなところにひとり、ひとりきり。ひとりきりで閉じ込められてしまった。
 想像してみて。自分がそんな目に遭わされたらどんなに恐ろしいか。
 ゆうむはまさにその恐ろしい目に遭わされたのだ。しかも、それだけじゃなかった。
 後ろで音がした。ゆうむはビクッとして振り向いた。そこには大きな檻があった。そのなかには一頭の大きなトラ。いかにも腹を空かせた様子で蘭々と輝く目でゆうむを見据えている。そして――。
 檻の扉は少しずつ開こうとしていた。
 「う、ウソでしょ、大のおとなが子供を殺そうなんてする、普通? それも、こんなマンガみたいな展開……」
 君なら信じられる? 大のおとなが小学生の女の子を殺そうとするなんて。それも、自分の思い通りにならないという、それだけの理由で。しかも、生きたままトラに食い殺させようとするなんて。
 そんなことが本当にあるなんて信じられない? そんなのはマンガのなかだけのお話?
 残念ながらそうじゃない。『自分の思い通りにならない』というだけの理由で子供を殺すおとなは、現実にたくさんいるんだ。輪釜通はそんなおとなのひとりだった。
 ゆうむはそのことを悟った。思い知った。自分はここで殺されるんだ。トラに食われて跡形もなく。
 恐怖が走り抜けた。生まれてはじめて感じる正真正銘の死の恐怖。体のなかで何かがはじけた。叫んでいた。
 「いやあっ! 助けて、誰か助けてえっ!」
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