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第一章 はじまり

悪役令嬢、子守りをする 2

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(私もそろそろ戻らなきゃ)

 手を繋いで先程の場所に戻ると既に子供達は先におやつを食べていた。
 その子を席に座らせてあげると、ルーシーさんは「イザベルさん、ちょっといいかしら」と私を手招きした。
 
「はい、何でしょうか」
「まだイザベルさんの部屋を教えていなかったので、これからご案内します」

 そっか、これから住み込みで仕事するから部屋が与えられるのか。一体どんなお部屋なのかしら。
 ルーシーさんの後に着いて行くと、奥まった場所にずらっと並んだ扉がある。
 ほうほう、こんな奥に部屋があるのか。
 ルーシーさんは一番端の部屋を開けた。
 おお、ここが私の部屋か。こじんまりしているけど清掃はされているみたいだし、居心地も悪くなさそう。

「イザベルさんはこの部屋で、これから着る修道服はここに掛けてあります。今日は私が着替えのサポートをしますが、明日からは一人で身支度をお願いしますね」

 ああ、そっか。
 ここに連れて来られるのは基本的に令嬢ばかりだから最初は着替え方もレクチャーしてくれるのか。
 でも、掛かっている服は普通サイズっぽいし、イザベルはぽっちゃり体型だから服が入らなかったりしたらちょっと気まずいよね。
 まずは一人で着替えてみようかな。

「ありがとうございます。でもこちらの服なら一人でも着替えが出来そうなのでサポートは不要ですわ」

 私の言葉にルーシーさんは「聞いていた性格と随分違うわね」と首を傾げた。

「分かりました、では控えていますので何かあれば声を掛けて下さい」
「はい」

 早速ロッカーの修道服を鏡に当ててみた。
 うーん、ギリギリ着れるかしら。
 試しに着てみると、おお、行けそう?
 う、でもやっぱりお腹周りがキツいみたい。
 鏡で確認するとお腹の辺りがパツパツになっている。

「イザベルさん、着れましたか」
「あ、はい!」
 
 慌てて扉を開けると、ルーシーさんは私のお腹周りを見つめながら「……とりあえず着れた様で良かったです」と何とも微妙な返しをした。

 うん、言いたい事はよく分かる。
 私も思ったもん、パツパツだって。
 今日からダイエット頑張ろう。
 
「荷物の整理が終わったら外に出てもらっていいですか? 右側一帯が子供達の遊び場になっているので、今日はそこで子供達の相手をしてもらいます」
「はい、分かりました」
 
 荷物と言ってもそんなにたくさんの物は持ってきていないので、ササッと片付けて建物の外に出ると子供達の元気な声が聞こえてきた。

「鬼が来るぞーー!!」
「きゃーー!!」
「逃げろーー!!」

 みんなで仲良く追いかけっこをしているのかしら、元気が良くていいわね。
 ん、あれ? あんなところに一人で遊んでいる子がいる。それにあの子も……。
 普通なら子供達同士で遊んだりするのに、何となく他人に興味がないようなその子達の様子に違和感を感じていると足に衝撃が走った。

「うわっ!?」 
「ママ!」

 何かと思って下を見ると一人の女の子が、ガシッと足に絡みついている。

「あーびっくりした。急にどうしたの? 私は新入りのイザベルって言うの。よろしくね」

 女の子はベッタリ張り付いて離れようとしない。
 あらあら、困ったわね。これじゃ歩けないわ。
 すると修道女が慌ててこちらに駆け寄って来た。

「こら、リリア! またそんな事をして! すみません、この子初めての方が来るといつもこうで。リリア、離れなさい!」
「いや!! ママ、ママ!! ギャーー!!」

 女の子は修道女に無理矢理剥がされると、ジタバタ暴れながら耳を劈くような激しい泣き声を上げた。

「こ、こら、リリア落ち付いて!」
「ギャーーー!!」

 あちゃー、こうなると子供は落ち着くのに時間がかかるのよね。
 この人あんまり子供の扱いに慣れていないみたいだし、ちょっと助け舟を出そうかな。

「リリアちゃんはママがお迎えに来てくれたと思ったんだよね? ごめんね、私はママではないけどこれからはここにいるし沢山遊ぼうね。よしよし、もう大丈夫よ」
「ひっく、ひっく」

 私は女の子を抱き上げるとその場でクルクルと回った。

「そーれ。クルクルだー!」
「きゃははっ! ママ、もっと!」
「あっ、リリアちゃんが笑った! にっこりした顔が一番可愛いよ。じゃあみんなと追いかけっこしようか!」
「うんっ! ママ、お手手繋いで行きたい!!」
「いいよ。じゃあ、手繋いで遊びに行こう」

 女の子と手を繋いだまま鬼ごっこをしている子ども達に大きな声で話しかけた。

「リリアちゃんも、仲間にいーれーてっ!!」

 私の声に反応した子ども達は一斉に返事をしてくれた。

「うん、いいよっ!」
「リリアちゃん、こっちー!」
「リリアも早く逃げろ! 捕まるぞ!」

 その子は私の手を離すと一目散に駆け出し、楽しそうな笑顔を浮かべながら子ども達の輪の中に入って行った。
 よし、これで一先ず解決ね。

「あのぉ、貴女様はもしかして子育ての経験がお有りでしょうか? 随分と子どもの扱いに慣れていらっしゃるようですが」
 
 ギクッ!! 
 ま、まずい、なんて答えよう。

「え!? えーと。あっ! 書物! そう、書物で拝見した事がありましたの」
「書物、ですか?」
「え、ええ。アルノー家の書物庫に、育児について書かれた本があったものですから」
「まぁ、アルノー家と言ったら、公爵家の!? それは大変失礼致しました。どうか、ご容赦を!」

 修道女は慌てて頭を下げて謝罪を口にしたが、ここでは身分など関係ない。
 私はそんな修道女の肩にそっと手を置きながら話しかけた。

「そんなに畏まらないで下さい。この修道院の中では、私は新人の立場。貴女様は私の先輩ですわ。こちらこそ、先輩に対しての態度がなっていなくて失礼致しました。改めまして、私はイザベル・フォン・アルノー。宜しくお願い致します」

 私はスカートの先を摘みながら、軽くカーテシーで挨拶をした。
 ポカンと口を開けたまま固まった修道女は、ハッと我に返り返事をした。

「はっ! も、申し訳ございません! 私の名はクロエ・ド・マルクでございます。宜しくお願い致します」
「マルク、とおっしゃいますと、マルク侯爵家の御令嬢でいらっしゃいますか?」
「は、はい! 左様でございます」
「そうでしたの。では、貴女も……。こちらに来てどれくらい経ちますの?」
「一年程になりますわ。イザベル様は、本日こちらにいらしたのですか?」
「はい、今日来たばかりですわ」
「まぁ、そうだったのですね」

 二人してしんみりした表情を浮かべていると、遠くで見ていたルーシーさんがズンズンとやって来た。

「貴女達、何ボーッと突っ立っているんです!? 子ども達を安全に遊ばせるのも貴女達の仕事ですよ」

 ルーシーさんはキツい口調で捲し立てると、子ども達に向かって声を張り上げた。

「皆さん、今からこちらの二人が遊びに加わって下さいます! たくさん遊んであげて下さいね!」
「「「はーーいっ!!」」」

 子ども達はルーシーの言葉に反応して、ワラワラと私達の元へやってきた。

「お姉ちゃん、遊ぼ!」
「あっちのお砂場で遊びたい!」
「見て見て! 枝拾ってきたから騎士ごっこしようよ!」

 あわわわ。
 元気いっぱいの子供達に囲まれた私とクロエ様はそのまま散々外遊びに付き合わされた。
 ああ、走り回るにはイザベルの身体は重過ぎる。
 ゼーハーゼーハーと息を切らし体力の限界を感じ始めた頃、ルーシーさんが子供達を呼び戻しに来た。

「皆さん、そろそろ夕食の時間ですよ! 戻っていらっしゃい!」
「「「はーーいっ!!」」」

 子ども達は孤児院に向けて戻って行く。
 あー、疲れた。
 こりゃー翌日は筋肉痛になりそうだわ。
 そんな事を考えていると、ルーシーさんは私の元へやって来て、今後のスケジュールについて話し始めた。

「イザベルさん、これから夕食なので子供達と一緒に食事を取りましょう。食事が済んだら子ども達の身を清め、寝かし付けを行います。夜に祈りの時間があるので、子供の見守りをする修道女以外は大聖堂に行き、夜の祈りを捧げたら本日の仕事は終了です。それまで頑張って下さいね」

 ヒーッ!! 
 まだまだ仕事が沢山あるのか!!
 ゲンナリしながらも「はい」と返事をして残りの仕事へと取り掛かる。
 息を吐く暇もない程目まぐるしい時間を過ごした後、大聖堂へとやって来た。

 あぁ、眠い。

 祈りの最中に何度か意識を飛ばしつつ何とかやり過ごし、終わった頃には疲れのあまりぐったりと教会の長椅子にもたれ掛かった。

「イザベルさん、初日からそんなに疲れていては翌日からの仕事に体がついて行きませんよ。そうですね……では、明日のシフトを夜勤に変えましょう。そうすれば夕方まで休めますし、翌日は休日になりますから」

 ああ、それは嬉しい提案。
 体力のない今の身体には助かるわ。

「ありがとうございます」
「では、これより自由時間になりますからゆっくり過ごしてください。もし、生活上の不便があれば、直接私に言いに来て下さいね。では、お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様でした」

 鉛の様に重たく感じる身体を引き摺る様にして自室へ戻った私はベッドにゴロンと仰向けになった。

 あー、今日一日よく働いたわ。

 うつらうつらと眠くなって行く中で、ふと一部の子供達の様子が脳裏を過ぎる。

 人に関心を持とうとしない子、
 ママといきなり抱きつく子。

 私の前世の育児知識が正しければあの子達は愛着障害の症状が出ているのかも知れない……。
 そのまま何もケアをしなければ、いずれ対人関係や精神面につまずきが出やすくなるだろう。
 このまま見て見ぬふりをするのは、孤児達にとって良くないわ。

 よし、明日ルーシーさんに提案をしてみよう。
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