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第一章 はじまり

悪役令嬢、子守りをする 1

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 和やかな空気の中遠慮なくお菓子をもぐもぐ頬張っていると、コンコンッと小さいノック音が聞こえた。
 おっと、来客かしら。

「はいはい、何方かしら」

 ヴァレリー院長は立ち上がり扉を開けると、そこにはエプロンをした一人の修道女が立っていた。

「院長、失礼致します。本日見習いの者が来るとのことで、こちらに伺ったのですが」
「ああ、丁度良いタイミングだったわね」

 ヴァレリー院長はそのまま修道女を招き入れると追加のお茶を淹れ始めた。
 キビキビした様子のこの修道女、前世ならしごできの先輩って感じね。
 前世の職場の上司に似ているわ。

「さぁさぁ、立ち話も何ですしお座りになって」
「院長、有り難いんですが、今人手が足りないんです。丁度子ども達がお昼寝から起きる時間なので、早く持ち場に戻らなければ」
「あらもうそんな時間? では早速、当修道院のことについて説明しなければいけないわね」

 ヴァレリー院長はそう言うと、すっと目を細めて私を見つめる。
 先程の和やかな顔とは打って変わって、どこか威圧感のあるその表情にビビった私は思わず食べていたお菓子の手を止めた。

「イザベル様、この修道院の裏の顔をご存知?」

 この人、只者ではなさそうね。
 ヴァレリー院長の鋭い眼差しと威圧感に思わず背筋をピンと伸ばした。

「はい、存じております」

 ヴァレリー院長はニコリと笑うが、その目は鋭いままで、笑顔とは程遠い威圧感を放っている。
 こ、怖い。
 私、ここでやって行けるのかしら。

「それなら話が早いですわね。この修道院は令嬢達の更生施設。要は問題児を教育し直す場ですわ。イザベル様も身に覚えがあるのではなくて?」
「……はい、ございます」
「そうですよね。メイドイビリ好きな令嬢だなんて裏で囁かれているくらいですから、それなりの事をしていらっしゃったんでしょう?」

 ヴァレリー院長は、ほほほっと軽く笑った。

(な、なんて失礼な奴! こんな女不敬罪で訴えてやる! って、あれ? 何だろう、事実を言われただけなのになんでこんなにイライラするの?)

 ヴァレリー院長は挑発的な態度ではあるものの言っている事は事実だ。

「まぁ、ここで貴女の今までの行動について責め立てても仕方ありませんので、これから己のしてきた事をその身を持って体験していただきますわ。ここに来た令嬢の皆様は、まず適正を見るために簡単な仕事をしていただきます。そして、適性が分かった段階で持ち場を与えますので、ここを出るまでの間働いていただきます」
「はい」

 素直に話を聞く私に、修道院長は肩透かしを食らったのか、驚いた様子で話を続けた。

「まぁ、随分素直に話を聞きますのね。事前の情報ではなかなかの性格だと伺っていましたのに。それならさっさと話を進めましょう。ルーシー、彼女を連れて行って頂戴」

 隣に座っていた修道女はすくっと立ち上がると、ヴァレリー院長に一礼をした。

「はい、畏まりました。イザベルさん、行きますよ。付いていらっしゃい」
「は、はい!」

 私は慌てて立ち上がると、その修道女の後について行った。
 カツカツカツカツ。
 ルーシーと呼ばれた修道女は足早に回廊を歩きながら私に話しかけた。

「私の名前はルーシー。この修道院に併設されている孤児院の責任者です。ここでは身分に関係なく貴女に接しますからそのつもりでいて下さい」
「はい」
「時間がないので詳しい説明は後にしますが、まずは子供達の相手をしてもらいます。いいですね?」

 ああ、この方早歩きなところまで上司に似ている。
 そういえば前世の職場、いきなり私が居なくなって大丈夫だったかしら。

「イザベルさん? イザベルさん! 聞いていますか!?」
「は、はい! 聞いています!」
「それならしっかり返事をしなさい! 全く、先が思いやられるわ」

 ルーシーさんはブツブツ文句を言いながら先を急いだ。

(返事しなかっただけでそんなに怒らなくてもいいじゃん! ……て、あれ、まただ。私は何でこんなにイライラしているんだろう)

 先程のヴァレリー院長の時もそうだったが、当たり前の事を指摘されただけなのに。
 
 もしかして……イザベルの傲慢な思考がクセとして残っているのだろうか?
 仮にそうだとしたら、この考え方も矯正していかないと修道院を出たら以前のイザベルに逆戻りしてしまうだろう。
 これからは、言動に注意しないといけないわね。

 そんな事を考えながらルーシーさんの後を着いて行くと、窓や扉に可愛らしい装飾の施された建物にやって来た。

「さ、着きましたよ。ここでは新生児から六歳までの身寄りのない孤児達が生活をしています。まずはこの建物にいる子ども達の遊び相手をしてもらいますので、こちらへどうぞ」

 ルーシーさんは扉を開けると、わっと賑やかな声が聞こえてきた。

「ルーシー! どこ行ってたの!?」
「うわーん!! 僕のオモチャ!!」
「キャハハハッ! こっちこっちー!!」

 ルーシーさんに駆け寄る子、
 ドタバタと走り回る子、
 ギャン泣きする子、様々だ。
 
 こ、この様子はまるで保育園だわ!

「用事があって応接室まで行っていたのよ。はいはい、みんな! まずは散らかったおもちゃを片付けないとおやつを出せないわよ! 修道女達と一緒にお片付けをしましょうね!」
「「「はーい!!!」」」

 どうしたらいいのかよく分からないけど、とりあえず皆と一緒に片付けようかしら。
 散乱したおもちゃを黙々と拾っていると、一人の幼児がトコトコやって来てドレスの裾を引っ張った。

「ん? どうしたの?」
「うんち、出た」
「えっ!?」

 私は慌ててその子の着ていた服を軽く引っ張り、上からお尻を覗き込んだ。

「あらあら、本当だ。お尻綺麗にしなきゃね。洗い場と着替えはどこかしら?」

 なにぶん初めての場所で何処に何があるのかが分からない。
 キョロキョロと辺りを見ていると、その子は指を差しながら私に教えてくれた。

「シャワー、あっち」
「あら、教えてくれてありがとう。ちょっと着替えを探してくるから待っててね」

 丁度おやつの準備をしていたルーシーさんが目に入ったため呼び止める事にした。

「ルーシーさん、忙しいところすいません。着替えやタオルはどちらにありますか?」
「着替え? すぐそこの棚にありますが」
「ありがとうございます、では洗い場まで行って来ますね」
「えっ!?」

 あっ、大変。さっきの子がウロウロし始めちゃったから急がなきゃ!

「こーら、勝手に動いちゃダメよ。おやつの前にまずはお尻を綺麗にしましょうね」

 私はその子を抱き抱えると着替えを片脇に抱えて洗い場まで行き、ささっと汚物を処理して身体を綺麗に洗ってあげた。

(うん、これでバッチリ! それにここの子供服が前世の服に近い形だったから着せ替えも簡単で良かったわ)

「綺麗になって良かったわね。さ、おやつ食べに行きましょう」
「貴女、確か公爵令嬢よね? 幼児のお世話が出来るなんて……」
 
 うわ、びっくりした!
 背後を振り返るとルーシーさんが唖然とした様子で私を見ている。
 マズイ、前世の経験で勝手に手が動いちゃったけど何て言い訳しよう。
 まさか「前世で子育てしていました」なんて口が裂けても言えないし。
 どう返事をしようか迷っていると、ルーシーさんはガシッと肩を掴んだ。

「よし、貴女はここで働いてもらいましょう! 丁度人手も足りなかったし、即戦力になりそうで良かったわ」

 な、何かよく分からないけど余計な検索されなくて良かった……。
 ほっと胸を撫で下ろしていると、ルーシーさんは先程より機嫌が良さそうな様子で持ち場へ戻って行った。
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