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第1部3章
08 独りぼっちの夜会
皇宮主催のパーティーなのに、真紅の彼は出席していない。
それでも、三つの星と、聖女が参加しているこのパーティーは大いに盛り上がっていた。
(また、一人じゃない……)
会場にはゆったりとしたワルツが流れ、それに合わせて人々が楽しそうに踊る。会場には笑い声や話声が溢れていて、それを聞いていると、何だか笑えてくる。自分が声もかけられない壁際の存在であることを。
元々の噂と、聖女に優しくできない悪女だとミステルが噂を流したからか、私の孤立はさらに激化していた。話し掛けられても、何を話せば良いか分からないからいいのかも知れないけれど、それに、一人でいることになれてしまったから、今更だと思った。だったら参加してもしなくても……となるが、基本、皇宮が主催するパーティーに公爵家は参加する。お父様は意地でも参加させるだろう。体裁を保つために。保身と、権力と、名声を。
「お嬢様、ワインをお持ちしました」
「ありがとう。リーリエ」
いつものメイド服ではなく、パーティーにふさわしい装いのリーリエは、私の為にスパークリングワインを持ってきてくれた。お酒は得意な方ではないけれど、これは少し甘くて飲みやすい。香りもよくて、嫌なことを少しでも忘れるにはちょうど良いだろう。気を紛らわせなければやっていけない。
私は、リーリエから手渡しで貰い、グラスの縁に唇をつける。すると、リーリエは周りを見て、落ち着かないように口を開いた。
「皇太子殿下、戻ってきていないのですね」
「そうね。でも、殿下の事だし無事でしょう」
「い、一応、お嬢様の番様なのですが……」
「……殿下の強さを知っているから、何も不安じゃないってことよ」
「そうだったんですね! すみません、疑ってしまい」
まあ、半分嘘で、半分は本音なのだが。
今日の昼頃に戻ってくるはずだった殿下は、まだ帰ってきていないようで、どうやら和平交渉が長引いているらしい。冷戦状態とは言え、またいつ火ぶたが切られるか分からない状態。殿下のあの性格で、和平交渉なんて笑う話なのだが、下手なことをいえば再び戦争になりかねないだろう。だから慎重にいっているのか。
(きっと、苛立って帰ってくるでしょうね)
殿下の性格からして、長いこと同じ話題について話すのは苦手だと思う。それに、話の通じない相手と長いこと話すのも、殿下は好きではないはずだ。だからこそ、疲れた上にさらに苛立って、人を殺しそうな殺気を放って帰ってくるかも知れない。その時は、まあ慰めてあげないわけにも――
「お嬢様?」
「何でもないわ。リーリエ」
イーリスのところに行く可能性だってあるはずだ。何故私の元に帰ってくると思ったのだろうか。
「……っ」
「お、お嬢様!?」
「な、何でもないの。ちょっと思い出しただけ」
「もしかして、お酒の度数強かったですか? 水をお持ちしましょうか?」
「だ、大丈夫よ」
思い出したら、一気に沸騰してしまった。
彼が出発する前に私にいった脅迫のような言葉を。
(……帰ったら抱くって何よ。最近していなかったのに)
気分で私抱く彼に、私は飽き飽きしていた。私はものじゃないし、彼の性欲を発散させるための娼婦でもない。好きなときに抱くことができる都合のいい女ではないのに、彼に求められると拒めなかった。強引だからか、強烈だからか。でも、嫌な気はしなくて、始めもそうだったが相性がいいから、流されて、最後まで。
あんなに荒々しくて、女性を気遣う気ゼロみたいな雰囲気を醸し出しているくせに、私が気を失った後は後処理をしっかりとしてくれる。温かい羽毛を被せてくれて、身体も拭いてくれている。そして、起きたとき無邪気な、でも何処か馬鹿にしたみたいな笑顔で「おはよう、公女」なんて言って来て。
(……久しぶり、か)
別に寂しかったわけでも、抱いて欲しいわけでもないけれど、こう、間が開いてしまうと、久しぶりだと感じてしまうのは仕方がないことだ。それに、もし私達の間に愛が芽生えて正式に彼の元に嫁ぐことになったら、子供の事とかも――
そこまで考えて、私はグラスの縁を噛んだ。
あり得ない。妄想しても、愛が生れることはない。ただ、番で、ただそこにいたから私は抱かれているだけなんだ。都合のいい女なのだ、結局は。
あまり考えすぎもよくないと思い、テラスに出ようとリーリエに伝え、飲みかけのグラスを彼女にわたし、歩き出す。その間、やっぱり私に話し掛けてくる人はいなかったし、見るなり、ヒソヒソと何かを話し出す。良い気持ちはしなかった。遠くの方で、聖女様! なんて、注目を集めているだろうイーリスの気配を感じる。その隣には、ミステルがいるのだろうか。一応、彼女も来ているはずだし。
「あの、ロルベーア嬢」
「……誰かと思えば、クラウト子息じゃないですか。こんばんは。ミステル嬢とはぐれてしまったのですか?」
誰も声をかけてこないと思っていたのに、私に声をかけてきたのは、お父様の政敵の一家であるクラウトだった。上等な服に身を包み、髪の毛もいつも以上に綺麗にセットしてあった。サファイアの瞳は真っ直ぐと私を見ている。クラウトは私の返事に嫌な顔一つせず、口を開く。
面倒な人と会ってしまったと私は内心ため息をつくが、それは表情に出さずにこやかに対応する。正直、彼のこともよく知らないし、ミステルの婚約者ということあってあまり信用出来ないと思う。もしかしたら、私の弱みを握ってこようとしているのかも知れないし。殿下と番契約をしたあとの三家のお茶会の時だって、ミステルと一緒に私を笑っていたような男だから。それでも話しかけられてしまっては無視することは出来ないので、無難な受け答えをしなければと思うのだが……
「いえ、ミステルは聖女様といます」
「では、戻って差し上げたら? 婚約者は大切ですよ」
「そう、ですが。ロルベーア嬢は? 殿下は一緒じゃないのですか」
「はい。まだ、帰ってきていないようで。殿下も忙しい人ですから。でも、大丈夫ですよ。番なので、何処にいるか分かりますし、彼の安否は私がいち早く察知できますから」
話したくない、という意思を遠回りに伝えたのだが、クラウトは少し眉を曲げただけで、帰ろうとしなかった。どうやら、ミステルとは違うらしい。
何処かおどおどとしたような、でも、底知れぬものを感じると、私は距離を取る。番の本能か、他の男性を寄せ付けるなといっている。嫌な臭いと、うなじあたりが、熱くなる。まるで逃げろといっているようだった。
(大丈夫よ、害はないわ)
婚約者がいる男だし、殿下に比べるとひょろそうだから、そこまで力はないだろう。
私は笑顔を保ちつつ、用件は何だと圧迫するように彼を見る。彼は、ハッとしたようなかおをした後、視線を落とし、またそのサファイアの瞳を向けた。はっきりと、その瞳に自分が映っていて、そこに映っていた私は何処か不安そうで、寂しそうなかおをしていた。
(なんでこんな顔してるのよ……)
殿下がいないから? それとも、一人だから?
分からないけれど、私はこんなんじゃない。一人でも大丈夫だ、と前で組んだ手に力を入れる。
そんな私の気など知らないで、クラウトは意を決したように私にむかって言った。
「ロルベーア嬢。あの、少しお話しませんか」
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