一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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番外編SS

俺の番が可愛すぎる ~アインザームside~

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「――俺の番が可愛すぎる」
「殿下、頼みますから、仕事をして下さい。それはもう何度も聞きましたから」
「いや、マルティンは知らないだろう。いや、教えたくもない。公女のあの顔は、俺にしか向けられない、特別なものだからな」
「はあ……」


 俺の補佐官であるマルティンは頭が痛いとでもいわんばかりにため息をついた。目の前に積み上げられた資料の山など、手につかないくらい俺の番……公女、ロルベーア・メルクールは愛らしいのだ。
 すれ違いをかさね、そうしてようやくつかみ取った幸せ。公女の呪いも解け、俺達は番として、人生のパートナーとして歩むことになった。俺達は愛を確かめ合い、愛し合い、愛を囁き合った。それでも、俺は足りないと思っている。公女は、恥ずかしがって「やめてください」というが、それすらも愛おしく、もっといって欲しいんだなと勝手に解釈している。
 そして、このザマだ。


「殿下頼みます! この資料の山今日中に片付けて貰わないと……」
「敵国の視察もだったな……ッチ。公女との時間が取れない。公女は今何をしている?」
「ロルベーア様は、公爵家に戻っていますが」
「何故皇宮の方にいない」
「わたしに当たられても、そんな……」
「チッ……」
「殿下、魔法石を持ち出すのやめて貰っていいでしょうか。その魔法石で、公爵邸にいくなど――」


 マルティンは泣きわめくように、俺の手にしがみついてくる。不敬罪で解雇してやってもいいが、こうみえて、マルティンは優秀な部下だ。俺との時間も長く、俺の事を理解している。だからこそ、解雇するには惜しい人材なのだ。それに、番と一緒で、こいつの代りを探すのもきっと手間がかかる。そう思うと、むやみやたらに解雇するのはリスキーすぎる。それに、公女もマルティンと仲がよかったしな……


(気にくわないな……)


 公女のあの美しいアメジストの瞳に映るのは俺だけでいい。俺以外の男を映したら、その瞳をえぐり取ってしまいそうだ。だが、公女は暴力を嫌う。あくまで平和的に物事を解決しなければならないのだ。
 権力を振りかざすことも、公女は嫌っている。我儘だとまわりにいわれればそれまでだが、俺はそれは許容範囲だと思っている。周りがそれを理解できない時点で、公女に気がない証拠なのだ。しかし、公女を悪く言うような輩がいれば、そいつらの首を絞めたくなる。
 目の前の資料の山と、そして手に持っている魔法石。書類仕事は性に合わない。マルティンが終わらせてくれれば良いものの……
 これまで、戦場にいすぎたせいで、これらの資料などただの紙くずにしか見えなかった。だが、これも大事な――


「いや、やめた。三〇分で戻ってくる」
「殿下――!」


 マルティンの制止を無視し、俺は詠唱を唱えた。勿論、公女の場所に――



「よっ、公女。昨日振りだな」
「で、殿下!?」


 座標はあっていたらしい。そして、ちょうどそこに公女がいた。
 転移した場所は、公女の私室で、どうやら刺繍をしている最中だったらしい。手に持っていた針を落とし、公女は慌てたように立ち上がると、俺を見て三度瞬きをした。


「な、何故殿下が……いきなりくるのはやめてくださいとあれ程……」
「いいだろう。番なんだから……それとも、俺がきたらいけない理由でもあるのか?」
「ない、ですけど……いや、あります! 私が着替えている最中だったらどうするんですか」
「最高だな」
「へ、変態!」


 そういうと公女は、自分の胸元を手で隠した。公女の胸は、大きい部類でも小さい部類でもなく、美胸と呼ばれる類いのものだろう。形もはりもいい。大きさもちょうど、だが揉みごたえはしっかりとあり、主張してくるようなピンクの蕾も愛らしい。考えるだけで、下半身に熱が集まるので、それ以上はやめた。また、けだものだと公女に接近禁止令を出されたらたまったものじゃないからだ。
 公女はぷるぷると震えながら、俺を睨み付けてくるが、全く怖くもなかった。寧ろ愛らしい。
 あの日から、いや、出会った日から公女に惹かれ、思いが通じ合ったことで、俺はどうやらたがが外れてしまったらしい。公女に対する愛を抑えきれなくなった。所謂、溺愛というヤツだろう。
 公女は俺の豹変ぶりに最初は戸惑っていたが、今では普通に受け入れてくれるまでになった。公女の適応能力は本当に素晴らしい。


「それで、殿下何のようですか。殿下のいったとおり、昨日振りですが」
「公女の顔が見たくなった」
「は、はい!?」
「仕事を放り出して、公女の顔が見たくなった」
「聞かなかったことにします。仕事をしてください」
「何故だ。公女に会えなくて死にそうだったというのに。こんなに頑張っている番を慰めてはくれないのか」
「はい。全く慰める気にもなれません」
「公女は相変わらずシャイなんだな」
「だから何故シャイということになるんですか。どうせ、またマルティンさんを困らせたんでしょう」


と、公女は今度は怒りで震えているようだった。

 気にくわない。俺といるのに、他の男の名前を出すなど。
 公女に対しては自分の考えは少々、いや大分過激だと思う。これまでの癖もあって、暴力で解決しそうになるところをどうにか抑え、それでも、気にくわなくて止められず、俺は公女の顔を掴み、そのまま唇を押しつけた。驚き、彼女が口を開いたところで、下を潜り込ませ、歯茎をなぞり、上あごを舌で刺激してやれば、公女の抵抗は弱くなる。俺の舌に合わせるようにたどたどしく動く姿が本当に愛おしい。口の端から零れる公女の唾液さえも、残らず飲み込んでしまいたい。


「はあ……あ……はあ……殿下、本当に何のつもりですか」
「吸っているんだ」
「す……なんて?」
「ほら、公女が教えてくれただろう。疲れたらネコを吸うだったか?」
「あれは、動物です。私は動物ではありません」
「分かっている。だが、公女を充電しなければやっていけない。どうだ、公女これから俺と――」
「仕事をしてきてください」


 押せばいけると思ったが、気高く、それなりに強い俺の番様は流されてくれなかった。ちょうどそこに俺達が交われそうなソファがあるというのに。無理矢理押し倒したらまた何か言われそうだったため、俺は頷くことしかできなかった。
 公女はそのアメジストの目にも、仕事をしろ、という文字を浮べ俺を見ていた。多分、今は機嫌が悪い。


「フッ……そうか、では戻るとしよう。マルティンには三〇分だと伝えたからな」
「仕事、頑張ってくださいね」
「公女がやってくれてもいいんだぞ? それか、分担すればすぐ終わる――」
「アイン」


 魔法石を取りだし、詠唱を唱えようとすれば、公女が俺の名前を呼んだ。
 その手には、ハンカチが握られており、先ほど刺繍していたものだろう。


「殿下の……帝国の紋章が刻まれているヤツです。よければ」
「プレゼントか。全く、公女は素直じゃないな……」
「素直じゃないって何にたいしてですか」
「いや」
「それと――」


 公女は何か思い詰めたような顔をした後、一歩近付いてきたかと思うと、背伸びをした。次の瞬間には、フニッと柔らかい感触が俺の頬に伝わった。
 何をされたのかと思い頬をなぞれば、目の前の公女は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。ああ、理解した――


「頑張ったら、いいですよ。私も……いや、昨日振りですけど、その……アインと」
「ハハッ」
「……っ」
「そうだな。頑張って仕事を片付けてくることにしよう。そしたら、今夜……また会いに来る。ロルベーア。その時は、お前をまた愛させてくれ」
「いい方が、キザっぽくて嫌です」


 拒否しなかったということは同意と取っていいだろう。
 俺は、詠唱を唱え、魔法石でその場を後にすることにした。正直名残惜しいし、その場で公女を抱いてしまいたい欲求に駆られた。しかし、約束は約束だ。


「殿下!」
「マルティン聞いてくれ、俺の番が可愛すぎる」
「戻ってきて開口一番それですか」
「ああ……仕方ない、この資料の山を片付けるぞ」


 俺が資料を一枚取れば、感激したように、マルティンは顔を明るくした。こんな資料の山、公女との一夜がご褒美にあると考えれば安いものだった。
 俺は、夕方ごろまで資料の山と向き合い、宣言通り終わらせ、また公爵邸に飛んでいった。だが、その時運悪く公女が風呂に入っており、その場に出くわしてしまったことで、彼女に叩かれたのはまた別の話だ。

 やはり、公女は愛らしい。俺の一番の番だ。
 そう思えるようになり、俺の日々は充実している。


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