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第3章 真夜中の一等星

15 その夜のニュース

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「――それで、お前はいつまでいる気だよ」
「星埜~♥ 俺、冷やし中華食べたいかも♥ 桜桃ののってる奴」
「……図々しすぎるだろ」



 朝早くから来て、昼間にかき氷を食べて、お腹いっぱいとか言ったくせに、もうお腹が空いたから、夕飯を作れというこの男は、本当に頭のねじが一本どころじゃないほど抜けているんだなって思った。
 昨日の今日で、何でこんなにテンションが違うのか、恐ろしくて仕方がない。
 パッと顔を明るくして、ルンルンと語尾に音符かハートを飛ばしてる此奴には、こっちが何を言っても、怒っても肯定的に都合の良いように捉えるんだろうなって思って、俺はそれ以上何も言えなかった。



「てか、紗央さんはいいのか? 料理、作ってくれてるんじゃないのか?」
「ん~ママンは今日、仕事で帰れないっつってたから、星埜がご飯ごちそうしてくれるから♥ っていったら、気をつけていってらっしゃいってさ。ま~ママン、星埜のこと気に入っちゃって。俺のだから、ダメ―っては言っておいたんだけど♥」
「……」
「てことで、ヨロ」



 ヨロ、なんて似合わない言葉使って、八重歯を見せてニカッと笑うものだから、本当に何も言えなかった。言葉を失うってこういうことだな、と思いつつ、俺は、紗央さんが、俺の事信用してくれているんだなって言う事実に驚いた。うちは、うちなんで、と何処か警戒心と、まわりへの恐怖心で震えていた女性に見えたから、以外だった。でも、いい母親だって、それだけは分かる。



(朔蒔のこと、凄え大事なんだろうな)



 朔蒔を庇うような発言も、朔蒔を呼ぶあの幸せそうな顔も、見ていれば、紗央さんがどれほど、朔蒔のことを大事に思っているか分かった。それと同時に、少し羨ましいなという気持ちも出てくるわけで。



「朔蒔って、紗央さんと仲良い……のか」
「うん? まー仲良いと思うけど。ママンも、俺の事好きっていってくれるし」
「そっか……」
「どーして?」



と、朔蒔は、俺に聞いてくる。

 どうしてか、いや、こっちが聞きたいくらいだった。何でこんな質問したのだとか、聞いてどうするのだとか。俺は、気を気を紛らわすために、エプロンを着ければ「作ってくれんの?」と朔蒔を期待させてしまう結果となってしまった。まあ、一人で食べるよりかは、いいか、と作ることにはしたが、父さんの分もいるかな、と俺は連絡が一切来ない父さんの顔を思い浮かべる。また、こんつめているんだろうな、とは思っていても、帰ってこない悲しさや、この広い部屋の虚しさを考えると、少しだけ腹が立つ。
 だから、朔蒔と紗央さんの関係が凄く微笑ましくて、眩しいんだ。



「星埜?」
「……っ、何だよ。朔蒔。いきなり俺の顔覗いて……びっくりさせるな」
「ん? いや、星埜が暗い顔してたから。気になっただけ。どした?」
「何も」



 俺は、顔を背ける。
 朔蒔のこと好きで、顔が見れないとかほざいていたくせに、今は違うことに気を取られて、距離が近いとか、どうでも良くなっていた。
 俺の憧れる普通の家族。もし、朔蒔の家がそうだったら?
と、考えて、その考えが間違っているであろうと云うことに気がつく。



「お前、怪我は?」
「怪我?」
「大量の湿布と、絆創膏、包帯。怪我」
「ああ、これ。気にすんなよ。痛くねえし」



 なんて、朔蒔はサッと隠すように自分の腕を握った。握った所が痣になっていたのか、一瞬顔を歪めたが、いつも通り、ニヤニヤと笑って俺を見ている。
 そうだった、と。朔蒔の家庭もきっと、普通とは違うんじゃないかって、薄々勘付いている。良い部分だけ見ていたが、実際は、違うのではないかと。俺みたいな、そんな。



「星埜ーテレビつけてイイ?」
「何で?」
「俺の家のテレビさァ、クズに占領されてんの。だからみーせて」



と、朔蒔は声を弾ませる。

 クズって誰のことだ? と思いつつ、俺が承諾すれば「あんがと♥」と年相応の顔で笑い、リモコンのボタンを押す。プツッと小さな音を立ててついたテレビは、部屋を白く染めていく。



『えー続いてのニュースは、今朝九時ごろ、双馬市住宅街で殺人事件が起き――』



 ザザッとノイズが入りながらついたテレビは、何処かの報道番組で、今朝起きた殺人事件について語られているようだった。何気ないニュースではなく、犯罪事件が起きないと有名な双馬市で怒ったニュースだから、目にとまった、というわけではなくて。
 そこに映っていた、一家斬殺の文字、そして映し出された家と苗字、父親と母親、そして息子と思われる三名が……の情報に、俺の頭と目はかつて無い衝撃を受ける。



『殺されたのは、水縹探偵事務所の所長、水縹――』



「楓音?」
「……楓音、ちゃん?」



 朔蒔も信じられないというように、テレビに釘付けになっていた。でも、何か、可笑しいとテレビから視線を逸らし、目を泳がせる。俺は、そんな朔蒔に構っている余裕はなかった。



『死亡推定時刻は昨日の夕方ごろと――』



(俺と、われた後?)



 逆光で暗くなって見えなかった楓音の顔が思い出される。俺の事、最後まで手を振って見送ってくれていた楓音の顔が。



「うっ……嘘、だ」




 現実がそこにあるのに、夢の中に居るような不思議な感覚と、トンカチで殴られ事実を受け入れろと脅迫してくる誰かがいて、俺は、その場に膝をついて崩れ落ちた。



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