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第4章 片割れ時の一等星

01 煩わしい鳴き声

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 ミーン、ミンミン、ミーン。

 ――煩い。

 ミーン、ミンミン、ミーン。

 ――煩い、煩い。

 ミーン、ミンミン、ミーン。

 ――煩い、煩い、煩い。



「煩い!」



 煩わしい、蝉の鳴き声に、俺は一人部屋で叫んだ。俺の叫びが伝わったのか、一瞬だけ蝉が鳴くのをやめた……そんな気がした。でも、すぐにその合唱は再開され、また、むせ返る暑さと、耳障りな合唱が戻ってくる。
 俺は、部屋の中でうずくまって、嗚咽を漏らす。蝉の合唱に負けないぐらい、痛い叫びがこだまする。



(何で、楓音……何で、死んで……)



 早三日。あのニュースが報道されて早三日が経った。

 楓音の家族は全員惨殺され、葬式は、家族葬だったらしく、俺や朔蒔は参加できなかった。遺族は声を上げ、殺人鬼を許すなと立ち上がっていたが、ここまで何の手がかりもなかった。巧妙な手口、そして、証拠を一切残さない手慣れた感。まあ、簡単に捕まるような犯人じゃないというわけだ。
 そして、何よりも殺し方が母さんや、楓音の妹を殺したときと一緒だった。バラバラ箱詰め。それも、丁寧に、綺麗に重ねて、箱の中にきっちり収まっていたという。考えるだけでグロテスクだ。

 そんな事件。

 大小大きさの違う箱が四つ、家の中に置いてあって、異臭を嗅ぎつけた配達員の人が、申し訳ないと思いつつ家に入ったら、そこには血と、四つの箱があったと。好奇心から開けてみれば、その箱の中身がバラバラ死体だったというわけだ。好奇心は猫をも殺すというが、今回、早く見つけてくれたおかげで、長年の間捕まえられなかった殺人鬼を捕まえる手がかりが得られるかも知れないと。
 報道では、色々言われていたが、かつてより双馬市に住み着く殺人鬼であることは間違いないと言うこと。
 そして、それを裏付けるように、普段連絡のない父さんが、俺に連絡を入れ来たのだ。



『暫く帰れない。お前も、気をつけるように』



と。こんな時だけ、「気をつけるように」って何様だと思った。でも、復讐に燃えている父さんを止めることも出来ないし、俺は今父さんの正義よりも大事なものを失ってしまった気がして、絶望に打ちひしがれていた。

 あのニュースを見た後、朔蒔も衝撃で言葉が出ないというように、俺を見た。朔蒔も、友達を失って悲しんでいる、というのは伝わってきたのだが、何故か、挙動不審で、少し震えていたのだ。あまりに、手口が残酷だったから、という感じではなくて、何かを察したようなその表情に、俺は少し疑問を抱いた。だが、聞けるようなメンタルも、余裕もなくて「ごめん、帰るわ」といって帰って行ってしまった朔蒔を止めることは出来なかったのだ。
 朔蒔が帰って、途端に孤独感に苛まれ、楓音を失ったという事実を受け止められなくなった。
 朔蒔がいてくれれば、もう少し違ったのか。それは分からないが、この悲しみを共有できる人が欲しかった。とてもじゃないが、一人で抱えられるものではないと。

 カチカチ、と煩い時計。窓の外から聞える蝉の大合唱。
 全てが耳障りで、両耳を切り落としたいくらいの勢いで耳を塞ぐ。何も聞きたくない、見たくない、信じたくない。



(もし、俺が楓音のことおくってあげられたら? 朔蒔みたいに、家にとまっていけばとかいっていたら? 楓音を一人にさせなかったら?)



 あとから出てくる後悔は、処理しきれなかった。もう、もしあの時こうしていれば、とどれだけ考えても、楓音が帰ってくるわけでもないのに。縋って、ああしていればよかったって、救われようとしているのか。これは、ただの現実逃避にしかならない。
 分かっている。分かっているけれど。



「あ……あぁ、あああああッ!」



 ドンと床を殴った手に痛みがかけていく。喉が潰れるほど叫んでも、部屋に響くのは悲痛な俺の叫びだけ。誰も、大丈夫だよも、辛かったね、も言ってくれない。俺は一人だった。

 勝手に帰ってしまった朔蒔は? 朔蒔は大丈夫なのかと、俺は次なる嫌な想像で、頭が可笑しくなった。

 勝手に帰らせてしまったけど、その帰り道で殺人鬼に襲われたら? 母さんみたいに、俺の家の前にまた箱詰めの朔蒔がおくられてくるかも知れない。その時、俺は正気でいられるだろうか。いいや、絶対無理だ。母さんの時は何であんなに冷静だったか分からない。思い出しても、今も尚心が凪いでいる。

 異常だ。

 楓音では泣けるのに、朔蒔の想像をしても泣けるのに。俺は、母さんの箱詰めには何も感じられない。



(最悪……最悪……最悪)



 何が違うのか共通点を探そうにも、見つからず、朔蒔への不安が高まっていって、おもむろにスマホを手にとって、震える指でパスワードを解除する。
 また同じことになったら、今度こそ壊れてしまうと。自分への保身? それとも、本当に朔蒔を心配してる? それすら分からなかった。
 ただ、でも、好きな人に……



「さく……ま」
『ん? 星埜。珍しーじゃん。どーしたの?』



 電話の向こうから聞えてくるのは、いつも通り阿呆な声。けど、その阿呆な声にすら安堵感を覚えて、俺はずるずると、その場にもう一度倒れ込む。



『音、したけど大丈夫? おーい、星埜』
「……たい」
『ん?』
「――朔蒔、会いたい。お前に会いたいよ」



 今すぐあって、俺を、安心させてくれ。

 我儘で、自分勝手で、でも自分を正当化しようとしている俺がいて。
 兎に角今すぐ、朔蒔にあって、朔蒔は生きているよって、そう感じたかった。通話を終えた俺は、くたりとその場に倒れ、横に涙が流れていく。床に落ちたスマホには、Webニュース通知と表示されたあの事件の記事がブーと流れてきた。
 

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