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枢要

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翡翠色のマスカットを眺めながら買うのを躊躇ってしまう。
このお値段出すのなら幸水梨と川中島白桃まで買えちゃう。
……優柔不断だなぁ。
自分が果物一つ買うのにも悩む事に凹んでしまう。
結果、マスカットも他の果物も買わなくなってしまう。
悩むくらいならどちらも要らないのかもしれない。
冷めた訳では無いのだけれど──こんな自分に選ばれた果物たちがなんだか可哀想に思えてしまう。
誰かの為なら躊躇いなく買えるのに、自分の為には湧いた欲が一瞬で萎えてしまう。

母の好きな和栗のケーキを買おうかと思い、母は旅行だったと思い直す。
海都の好きなトマトを買おうかなと思うけれど──関係性が変わってしまった今の状況を飲み込めていない自分を感じてしまい躊躇う。
──ハルの好きな胡麻団子作ってあげたいなぁ。
なんて。
別れるのに。
溜め息と共に何も買えずお店を後にする。


時間を潰すようにカフェにいだけれど──帰ろう。
家には海都がいる。
それでも──帰らないといけないのはあの家なのだから。
避けてばかりでは母が帰るまでに姉弟に戻れない。
海都はあの時〈一度だけ〉と言った。
もう二度と──あんな事はない筈だ。
それなのに──帰る足取りが重い。
原因は別にあるのかもしれないけれどその感情には……今は触れたくない。
蓋をし……見ないフリをする。

「ただいま」

少し緊張し裏声になった小さな声は聞こえなかったかもしれない。
キッチンに行けば海都が夕食を作ってくれていた。

「お帰り」

「──夕食の準備ありがとう」

「まだ食欲ない?少なめにするから食べて」

「うん……ありがとう。着替えてくるね」

部屋に戻り考える。
海都はどう思っているのだろうか?
何事も無かったかのように振る舞うのは〈無かったことに〉にして欲しいからなのかもしれない。
──私もその方がいい──
姉弟に戻れるならその方が。
無かったことにしたい。
自分が本当に海都が好きだったのか分からなくなる。
弟なのに愛してると思っていた。
けれどハルを愛して──海都とあんな事があって──自分の気持ちが分からない。
悲しいとも……嬉しいとも思わない。
実感がない。
意識が朦朧としていたからなのか、それとも鈍感で無頓着なのか。
ただ──ハルを想うと──ハルに知られたらと思うと──苦しくなる。
ハルと別れるとしても海都とのあの関係だけは知られたくない。
──絶対に。


テーブルには焼き穴子丼と小松菜のお浸しとシャインマスカットが配膳されている。

「このマスカットどうしたの?」

「え?姉さんが好きだから買って来たけど……もう好きじゃなくなった?」

──トマト買って帰ればよかった。

「ううん、好き。嬉しい」

「……よかった」

焼いてある穴子は身がふわっとし焦げた皮目の香りが美味しい。
絶妙な焼き加減で白身のたんぱくさと甘めのタレがよく合いこの量なら全部頂けそうだ。

「やっぱり海都はお料理上手だね。昔はお姉ちゃんの方が上手だったのに……穴子捌くなんてプロだなぁ」

「姉さんのご飯は美味いよ。小さな頃から姉さんが作ってくれたから俺はこの道に進んだのかもしれない。姉さんのご飯以上に美味くて満たされるものはないよ」

そんな言葉をくれるのは反則だ。
あの頃を思い出す。
疲れた母を少しでも楽にしてあげたくてて慣れない手つきでご飯を作った。
形の悪い料理を必死に誤魔化す為に盛り付けを頑張ったりしたなぁ。

「あんなご飯でも美味しいって言ってくれて嬉しかった」

「姉さんは毎回上手に出来た方を俺に渡すんだ。揚げ物もオムライスも──」

当たり前だ。
あの出来の悪い料理は恥ずかし過ぎる。
でも──海都からすれば自分だけ優先された気がして食べにくかったのかな。
良いものも悪いものも共有できたらよかったのかな。
ごめんね。でも──

「お姉ちゃんだから、そんなの当たり前だよ。弟なんだからそんな事気にしなくて良いの」

それが私の幸せなのだから。

「姉さんが──甘えられるのはハルだけなの?俺も男だよ?──もう忘れたの?」

「──ご馳走さま。少し部屋で用事あるから洗い物もお願いしていい?」

返事を待たず自室に帰る。
急に姉弟以外の空気を出されると困る。
海都はどうしたいの?
そんな言葉を吐かないで欲しい。
リビングが目の端に映る。
朦朧していたと言ってもあの場所で海都にキスをされ首を吸われたのは覚えている。
力無く抗えなかったのを──覚えている。

部屋に帰り鞄を取る。
ハンカチを洗濯に出さなきゃ。携帯にお財布──それと──

「姉さん、開けていい?」

ビクリとする。
海都が足音を立てずに階段を登ったのか、それとも考え事で気が付かなかったのか……返答に困り返せない。

「ごめん──余計なこと言った。マスカット持って来たから後で食べて」

あのマスカットは海都が私の為に買ってくれたんだ。
それを一口も食べず部屋に上がってしまった。
なんだか罪悪感が湧いてくる。
扉だって部屋に鍵なんて無いのだから本当は開けて渡せるのに、私の許可を待っている。
海都もあんな事をして、自分の立ち位置が分からなくなっているのかもしれない。
部屋の扉を開ければ海都の持つ器には翡翠色の艶々の葡萄が枝から離した状態で盛り付けられている。
そこから一粒取り出し口に含む。

「美味しい」

そう告げれば海都が微笑む。
もう一つゆっくりと口に押し込むように唇に押しつけられる。
びっくりしたけれど、口を開き受け入れる。

「俺も男だって警告したのに──姉さんはすぐ忘れるんだね」

返答する前にマスカットのその上から海都の唇で塞がられる。

「⁈」

海都は余裕があるのか片手に持った器を落とすことなく片手だけで私を押さえつける。

「んっ、ふぁ」

海都の唇と口腔内のマスカットに阻まれて上手く話せない。
口も閉じれず海都の舌が私の口腔内のマスカットを転がす。
唇を押し付けられて一歩下がれば海都も一歩近づく。
それを繰り返し海都は難なく私の部屋に入り込む。
ローテーブルに器を置き自由になった両手は顔を包み浅くキスををし、離れた唇から唾液の糸が引く。
その卑猥な光景に思考が鈍くなるのが分かる。
必死に側のベッド──絨毯に倒れないように、二の足に力を込める。

「やめて──海都。私たちは姉弟よ」

「姉さんはそればかりだ」

シャツを捲られブラをズラしてくる。
必死に静止させようと拒むけれど敵わない。
なんだか海都の腕がいっぱいあるのではと思えてくる。

「──っん」

舐める舌がねっとりと胸の先端に絡む。
感じたくないのに──海都の舌が吸いつき甘噛みすれば身体が汗ばんでいくのが分かる。

「──ハルはどんな風に触るの?姉さんはどんな抱かれ方が好きなの?」

ロングスカートを弄られ引き揚げられる。

なんと言えば海都は止めてくれるのか。
ハルの名も、姉弟だと言っても止まってくれない。

「こんな行為を姉弟でなんて……お母さんが悲しむわ──」

指が止まった。
海都の母を案じる気持ちがストップをかけたのかもしれない。
それでも抱きしめられた腕は強く離れることは出来ない。

「俺と姉さんは実の姉弟じゃないよ」

──頭の中が真っ白に──真っ暗になった──




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