猫アレルギーだったアラサーが異世界転生して猫カフェやったら大繁盛でもふもふスローライフ満喫中です

真霜ナオ

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第三章<空白の谷の魔女編>

14:魔女・ヴェネッタ

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 濃霧の中の亀裂に入ってから、それなりの距離を歩き回っていた俺たちだが。
 とうとう、一番の目的である魔女を見つけることができた。
 白い大樹の扉を開けて出てきたということは、やはりここが魔女の棲家で間違いないということなのだろう。
 魔女の見た目は、コシュカと同じか少し上くらいの年齢の少女に見える。
 けれど、あの絵本によれば、魔女は数百年以上もの間を生きてきているとされていた。普通の人間とは、寿命からして異なっているのだ。
 俺たちの姿を見ても、彼女は眉ひとつ動かすことはない。

「キミたちは何をしにきたの?」

 ルジェとシェーラは、いつ戦闘になってもいいように身構えていた。だが、当の魔女はそんな問いを投げ掛けてくる。
 片手には大きな杖を持っているが、それを動かす様子も見られない。
 何をしに来たかなど、わかっていて問いかけているのだろうと思った。
 それでも、話し合いに応じてくれる可能性があるのなら、穏便に解決できるのが一番いい。

「俺たちは、洗脳魔法を解いてもらうためにここに来た」

「洗脳魔法?」

「セルスという自称勇者。それから、この世界で魔獣と呼ばれる猫たちに対する認識も……魔法を使って変えているのは、キミなんじゃないのか?」

「あなたが、空白の谷の魔女なのではないのですか?」

 俺たちの聞きたいことなど、全部見通しているだろうと思う。
 事実、彼女はそれらの指摘を受けても顔色を変えず、俺たち全員の顔をぐるりと見回した。

「そう、ボクがキミたちの探していた魔女・ヴェネッタだよ」

 声色に変化も見せず、ヴェネッタと名乗る少女は自分が魔女であることを認める。
 自称勇者のように、魔女に洗脳されている少女という可能性も考えたが、恐らく彼女は本物の魔女なのだろうと思った。

「キミの言う通り、洗脳魔法をかけたのもボクだよ」

「……! なら、今すぐそれを解いてほしい。洗脳魔法のせいで、猫たちが不要な迫害を受けているんだ」

「お願いします、このままではヨウさんも処刑されてしまうかもしれないんです……!」

 普段はあまり表情の動かないコシュカだが、そんな彼女以上に魔女は何を考えているのかわからない。
 俺たちの訴えをじっと聞いてくれてはいるのだが、友好的な態度を見せる様子もないのだ。

「……断る。ボクがかけた魔法を、わざわざ解く必要があると思う?」

 だが、要求がすんなり受け入れられるはずもなかった。
 当然といえばそうなのだろうが、もしかしたら話し合える相手かもしれないと感じていただけに、落胆は大きくなる。
 何か意図があって魔法をかけたのだから、俺たちに頼まれたというだけで解除する理由はないのだ。

「どうしてこんな洗脳をする必要があったんだ? 猫が気に食わないっていうなら、キミはここにいたらいいだけの話だろ? 他の場所に猫がいたって、キミには何の害もないじゃないか」

 俺はせめて、理由が知りたかった。それを知ることができれば、魔女のことを理解するきっかけになるかもしれないと思ったからだ。
 しかし、ヴェネッタは少し不快そうな顔をしただけで、俺の問いに答えるつもりはないらしい。
 どうすべきかと考えあぐねていると、印章猫スタンプキャットが彼女に近づいていこうとしている姿が見えた。
 いつの間にか、ルジェの腕の中から抜け出していたらしい。
 初めて出会った時から、人を怖がることをしない性格だった印章猫スタンプキャットは、魔女が危険な存在だという認識も無いのだろう。

「ニャオ」

「っ……!」

 けれど、魔女の方は印章猫スタンプキャットの存在を認識すると、今度こそわかりやすいほどに眉をしかめる。
 そして、あろうことか印章猫スタンプキャットに対して杖を向けたのだ。
 魔法については無知な俺でも、印章猫スタンプキャットに対して魔法を使おうとしているのだということが理解できた。
 やはり、それほどまでに猫に対して嫌悪の感情を抱いているということなのか。

「ぐっ……!!」

 杖の先から放たれた魔法は、印章猫スタンプキャット目掛けて飛んでいく。
 それを庇ったのはルジェだった。長剣を手放して抱えた印章猫スタンプキャットごと後方へと吹き飛ばされたが、どうやら風の魔法を使って衝撃を受け流したようだ。
 うずくまっていたが、すぐに起き上がったところを見ると、ダメージは少なく済んだらしい。

「ルジェさん……!」

「平気だ、オレに構うな」

 駆け寄ろうとした俺を、ルジェ自身が制止する。魔女に背を向けるなということなのだろう。
 腕の中の印章猫スタンプキャットにも怪我は無いようで、ルジェを心配そうに見上げている。

「何を言われても、ボクは洗脳を解くつもりはない。それに、キミたちはボクに勝てない。時間の無駄だからさっさと帰りなよ」

 話し合うことは時間の無駄だというように、ヴェネッタはその場から動こうともしない。
 けれど、そう言われてわかりましたと引き下がれるはずもなかった。

「ンなこと言われて帰るくらいなら、最初ハナっからテメエに会いに来てねえんだよ。力尽くでも解かせてやる」

「暴力は感心しませんが、他に方法が無いのであればやむを得ません」

 印章猫スタンプキャットに対して魔法を放ったことで、グレイとコシュカの闘争心に火をつけてしまったらしい。
 だが、二人の言う通りでもある。手段を選ぶことができないのであれば、持てる力を使って洗脳魔法を解かせるしかないのだ。

「ヴェネッタ、俺たちは帰らないよ。キミがどうしてこんなことをしているのかはわからないけど、俺たちにだって譲れない理由がある」

「ミャウ」

「……キミは本当に、かんに障る男だ」

 俺の意思にヨルも賛同してくれるのだが、その姿を見たヴェネッタは、何かが気に食わないらしかった。
 やはり彼女は、特に俺に対して敵意を抱いているように感じる。
 なぜなのかはわからないが、その理由を知ることができれば、この状況を変えられるのではないかとも思っていた。

「……面倒だな。全員まとめて追い出してやってもいいんだけど、それならひとつゲームをしようか」

「ゲーム?」

 思わぬ提案に、どういうつもりなのかその意図を考える。
 まとめて追い出してもいいとは言うものの、やはりそうできないのではないだろうか?
 本気で俺たちの存在を煩わしく思っているのであれば、今すぐにでもこの場から追放することなど容易いはずだ。

(やっぱり、洗脳魔法にほとんどの力を使ってるってことなのか)

 単なる予想ではあったが、こうなってくるとその予想が正しかったと証明されたように思う。
 それに、チャンスがあるのなら彼女の提案に乗らない手はない。

「ボクのゲームを誰か一人でもクリアできたら、洗脳魔法を解いてあげてもいいよ」

「本当か……!?」

「その約束を守るという保証はあるのか?」

 提示された条件に喜んでしまったが、すぐに疑念を挟んだのはシェーラだ。
 彼女の言う通り、ゲームをクリアできたとしてもヴェネッタが約束を守る保証はない。

「保証なんか無いよ。でも、キミたちに選択肢はないだろ?」

 その通りだ。ゲームを拒否したところで、俺たちには洗脳魔法を解く術がない。
 それならば、彼女が約束を守る可能性に賭けて、ゲームを受けるしかないのだ。

「……わかった、ゲームをやろう」

「フフ、そうこなくちゃ。安心してよ、失敗したからって命まで取ろうなんて思ってないから」

 恐ろしい魔女という噂を思えば、ゲームに失敗することは、イコール死ぬことという可能性も考えなかったわけではない。
 だからこそ、ヴェネッタのその言葉に少し安心したのも事実だ。

「洗脳するための魔法の核になってるのは、この魔石だよ。だから、キミたちの誰かがこれを壊せば洗脳魔法を解くことができる」

 そう言って彼女が示したのは、杖の先端についている月白げっぱくの色をした魔石だ。
 あれを破壊すれば、猫を恐ろしい魔獣だと認識させる洗脳を解くことができるのか。
 一気に期待が膨らむと同時に、俺の横を鋭い風が通り過ぎていく。
 先手必勝とばかりに動いたシェーラが駆け出して、杖目掛けて炎の魔法を放ったのだ。
 その炎の塊は、樹海の中でルジェが防いだものよりもずっと大きく、威力があることがわかる。

「せっかちだなあ。説明は最後まで聞くものだよ」

 しかし、その炎はまるで埃でも払うかのように、目の前で簡単に弾かれてしまった。
 それと同時に、シェーラの身体が濃い霧に包まれていくのが見える。

「ルール違反は即退場。当然だよね」

「貴様……ッ!」

 一矢報いるために矢を放とうとしたシェーラだが、ヴェネッタが指を鳴らすと、その姿は跡形もなく消えてしまった。
 手元から離れた一本の矢だけが、誰もいない地面へと落下する。

「シェーラさん……!」

「貴様、シェーラをどこへやった!?」

 あまりに一瞬の出来事で、シェーラを救い出そうと動くことすらできなかった。
 怒りに満ちた声を上げるルジェが剣を拾い上げるが、魔女は不思議そうに首を傾げるばかりだ。

「退場させただけだよ。ゲームだって言ったのに、ルール説明も聞かない方が悪いよね。キミも退場したいなら、その剣でボクに斬りかかってくるといいよ」

「クッ……」

「……ルジェさん、話を聞きましょう」

 仲間の中でも戦力になりそうなシェーラを失ったのは痛手だ。けれど、今のはヴェネッタが悪いわけではない。
 彼女はあくまでルールにのっとってゲームをしようとしている。少なくとも、現状はそう見える。
 ルールを破った人間に、罰が与えられるのは当然のことだ。

「退場ってことは、シェーラさんに危害を加えたわけじゃないんだよな?」

「命は取らないって言ったろ? この空間から追い出しただけだよ」

「ならいい。ルールを聞かせてくれ」

 その言葉を信じ切れるとは言えないが、殺すつもりなら見せしめのために、この場でやっていてもおかしくはない。
 あの霧が転移のためのものだと考えれば、ヴェネッタの言う通り移動をさせられただけだと考える方が自然だろう。

「ルールはシンプル。この魔石を壊せばキミたちの勝ちだけど、ただ壊すだけじゃつまらないよね。だから、並行して魔女狩りウィッチハントをしよう」

魔女狩りウィッチハント?」

「捕獲役を一人決めて、他は捕まらないように逃げるってガキの遊びっスね」

 なるほど、呼称が違うだけで要は鬼ごっこか。
 もっと無理難題を要求されるかと思っていたのだが、それなら俺にもできそうだ。

「ただし、普通の魔女狩りウィッチハントじゃつまらないからね。脱落者は即刻この空間から追放するよ。そして、記憶も消える。この場に来たことだけじゃない、キミ……勇者クンに関する記憶も、全部失うことになる」

「え……?」

 こちらを指すヴェネッタの杖の先に、俺は目を丸くする。
 脱落者……つまり魔女狩りウィッチハントで捕まった者は、追放されて記憶が削除されると言った。
 これまで神隠しに遭ってきた人たちと同じように。その上で、消える記憶の中には『俺』が含まれるのだという。

「ッ、そんな条件飲めるわけねえだろ……!」

「別にボクはどっちでも構わないよ。ゲームをしないっていうなら、ここに来た記憶を消すだけにしてあげるけど」

 いずれにしても、ヴェネッタをどうにかする術がない以上、記憶が消されることは決定的だ。
 そこに、俺に関する記憶が含まれるかどうかが違うだけで。

「……わかった、やろう」

「ヨウさん……!?」

「店長!?」

 コシュカとグレイは揃って抗議の声を上げたが、洗脳魔法を解くことができないのであれば、俺にとってはどちらも同じだ。
 魔女は俺たちにチャンスをくれている。これを逃す手はなかった。

「それじゃあ決まりだね。時間制限は無し。キミたち全員が脱落するか、ボクの魔石が壊されるまでがゲームだ」

 不敵な笑みを浮かべるヴェネッタは、まるで負ける気がないと言わんばかりの口ぶりだ。
 だが、俺たちだって負けるわけにはいかない。

 こうして俺たちは、魔女の提案するゲームを受けることになった。
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