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プロローグ
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翌日は冬の訪れを拒否するかのように暖かく、厚着をしてきた安伸はコートが荷物となる羽目になった。
待ち合わせは都市部の駅前だったが、休日のせいか人が溢れており、別の場所を指定すれば良かったと後悔を覚えた。先に着いたことを知らせると、安祐美は少し遅れると連絡してきた。いつものことか、と通知を軽く見ただけでそれ以上の連絡はしなかった。柱に寄りかかり、できるだけ通行人の邪魔にならないように安祐美を待つ。
結局昨晩はすぐに眠ってしまい、これといったアイデアは何も出てこなかった。まあ、頭の中であれこれと考えるより探している中で思いつくだろう、と思いながら、昨晩と矛盾した考えをしている自分を何だか可笑しく感じた。
「ごめん、待たせちゃったね」約束から十五分遅れてきた安祐美は顔面の前で合掌するように両手を合わせて謝った。「別に大して待ってないけど」と少しだけ棘を持たせて顔を背けた。
「で、何を買いに行く?」こちらの様子などお構いなく話を先に進めた安祐美。やはり何も考えていなかったようだ。
「ひとまず百貨店みたいなのに行って見てみれば何か浮かぶんじゃね?」
「えー。何も考えてくれてないの?てっきり決めてくれてると思ってたのに」
「お前、俺が昨日バイトでヘトヘトだったの知らないだろ」
「そんなの知るわけないじゃん」
「それなのに前日に言われたものを考えておけ、と」
「マモルならそれくらいしてくれるもんじゃないの?」
「何その期待」そんなに大したことができる程できた人間じゃないことは知っているだろ、と言いたい気持ちを堪えた。安祐美は少し下から見上げるようにして安伸の顔を覗くが、そこには恋愛対象に向けるような輝きはなく、むしろ小賢しさを感じさせるような表情をしている。
マモル、というのは安伸の渾名だった。安伸を音読みすると「あんしん」、安心を作ってくれるマモル君、というところから来ているらしい。雰囲気で決めたのではないかと思う程に適当なものなのだが、人は気に入ると由来などどうでもよく、大学に入って以来ずっと同じ渾名で呼ばれ続けている。特に変な渾名でもないため、呼んでほしくないということもないが、人の名前のようなので初めて会う人には勘違いされやすいのが難点だった。
駅前の百貨店は三店ほどあり、とりあえず近くから回っていくことにしたが、人波が激しく自由に動き回ることも難しかった。しかも、紳士物のコーナーでは大学生は浮いてしまい、落ち着いて買い物することができなかった。土曜日に出てきたのは間違いだったと安易に返事をした昨晩の自分を恨んだ。
このままではいたずらに疲れていくだけと互いに判断したようで、二店目まで回ったところで近くのカフェで作戦会議を行うことにした。
「ユウは何が喜ぶかな」ホットコーヒーを啜りながら安祐美が尋ねた。ユウというのは友一の渾名だ。
「そうだな、これが欲しい、みたいなこと普段あまり言わないからな」
「去年って何あげたっけ」
「なんだったっけ。ちょっと良さげなワインとかじゃなかったかな」
「ああ、そうだよ。マモルが調子に乗ってユウと二人でその日のうちに空けちゃったやつじゃん」
思い返せば昨日のことのように鮮明な光景が浮かぶ。例のごとく誕生日会と称した飲み会を安伸の家で開いた時のことだった。ちょうど今から一年前になる。安祐美と安伸から送った桜のワインを一口飲んだところ、あまりの美味しさに手が進んでしまい、気が付けば中身が空になっていた。ワインはそれまで安物しか飲んだことがなかったが、価値観が変わったようにすら思えた。
「私も飲みたかったのになあ」
「全然飲んでないわけでもないだろ」安祐美も頻繁にグラスを傾けているような記憶があった。
「でも、ユウへのプレゼントだったから遠慮してそんなに飲めなかったんだよ」安祐美は顔を膨らませた。普通ならその感覚が正しいのかもしれない。
「ま、まあ、今年も買っておくわ。プレゼントとは別にして、さ。それなら安祐美も思う存分飲めるだろ」
「それはマモルが飲みたいだけなんじゃないの」
「それはまあ、間違ってないけど。とりあえず、目下のところはプレゼント探しが優先だろ。そっちを考えようぜ」
「そうだった。でも、これといったものも思いつかないし、無難なところでいいんじゃないの」
「お前、去年も同じようなこと言わなかったか」
「そんなこと言っても仕方ないじゃん。思いつかないんだし」
「言い出した側がそんなこと言うもんじゃないだろ」
「そっか。そうだね」そう言って安祐美は黙って考えるポーズをした。
安伸はアイスコーヒーに入っていた氷を一度ストローで混ぜた後、椅子に深く腰掛けるように体勢を崩した。少し長くなりそうだ。
安祐美は大学院への進学を決めており、研究者としての道を歩んでいくようだ。大学院の入学試験がどのようなものかは知らなかったが、学部内進学というわけではないため、それなりに努力をしたのだろう。そんな安祐美の、抜けているようで抜け目のない部分を安伸は尊敬していた。
友一は大手飲料メーカーへの就職が内定していた。こちらもいつの間にかというように、全てが終わった後で報告を受けた。まだどこにも進路が決まっていない安伸に対してどこか申し訳なさそうに伝えてきたが、安伸としては「すごい」と驚くほかなく、妙な気遣いをされるほうが面倒くさかった。とはいえ、そのような気を遣うことができることが友一の魅力の一つでもあった。
そんな親友とも呼べる相手の、大学生活最後の誕生日プレゼントを適当なものにするわけにもいかない。そろそろ真剣に選んだ方が良さそうだ。
「ねえ、何か浮かんだ?」安祐美は考えるのを放棄したようだ。飽き性なのはどうにかできないものだろうか。
「いや。そっちこそどうなんだよ」
「うん、何となくは浮かんだかな」
「取り繕っても無駄だぞ。全く良い案が出て来てないんだろ」
「さすがにばれた?」
「何年の付き合いだと思ってんだよ」はあ、と大きく長い溜め息が漏れた。最初から当てにしていなかったが、何のアイデアも出てこないとは思わなかった。
「そういえば」安伸はふと気になったことがあった。「何で唐突に『プレゼント買いに行こう』なんて言い出したんだよ。いつもこっちから声かけるまで何も言い出さないのに」
昨年のプレゼントの時も、前々日になって『いい加減決めないとまずいぞ』と安伸が口にして初めて考え出したと言っても過言ではない。その前の年も同じだった。にもかかわらず、今年はどのような風の吹き回しなのだろう。
「いやあ、いつも先に声かけてもらってたし、悪いなあと思って」
「それにしても、だろ。誕生日会まであと三週間はあるぞ」友人への誕生日プレゼントを買いに行くのが平均でどのくらいの段階なのかは不明だが、安伸の感覚では異常なことに感じたのだった。このことに安伸は待ち合わせている時に気付いた。
「うん、まあ、いいじゃん。早いことに越したことないでしょ」明らかに安伸からの台詞を待っているようだ。何と声をかけるべきかもわかっていた。だが・・・。
その先に待っている展開は大体予想ができた。面倒なやり取りを全て省略することもできるが、早く聞いてこいと言わんばかりの視線をこちらに向けている女子をやぶさかに放置することもできない。安伸はグラスに手を伸ばしたが、既に中身は空になっていた。
「で、何を隠しているんだ」ここは安祐美に付き合う他なかった。
「別に何も隠してないよ」白々しい顔を向ける安祐美。
「面倒だから早く言えよ」大げさに溜め息をついてみせる。「お前の身の上話を聞くために、俺はわざわざここまで来たわけじゃないんだからな」
「わ、わかってるわよ。でも、話しやすい空気とかあるじゃない」
「そんなムードのある言葉が欲しかったなら、根本的に相手の選択から間違いだったと教えといてやる」
「ごめんって、そんな拗ねないでよ。マモルには最初に言わなくちゃと思ってるんだけど、なかなか雰囲気が掴めなくて・・・」
安伸は無言のまま手元のグラスを見つめた。氷はすっかり溶けてしまい、コーヒーの残滓と絶妙なコントラストを描いていた。
安祐美はどう切り出すべきなのか悩んでいるようだった。そこまで話にこだわることでもないだろうに、と思いながらも、下手に口を出してしまうとまた先に進まないような気がしたのでそのまま黙っていることにした。
「なかなかタイミングがなくて言えなかったんだけど、付き合っているの、私とユウ」
「まあ、そんなことだろうとは思っていたけどな」
「知ってたの?」
「まさか。今の流れを見ていて、ってことだ」
「なるほど」安祐美は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「で、いつから?」
「夏祭りの時から」
「ということは、もうすぐ三ヶ月ってところか」あまり得意な分野ではないとはいえ、そこまで気が付かない自分に少し落胆した。
八月のお盆に入る少し前、県でも有名な夏祭りがある。全国でも有数の規模を誇る花火が上がり、毎年大いに賑わいを見せる。安伸たちも今年は大学生活最後ということもあり、周りの友人達を誘い出かけることにした。結果的に安伸、友一、安祐美をを含めて十人ほどのメンバーが集まり、良い思い出とすることができたと感じていたのだが、その中で友一と安祐美が付き合うことになるとは予想できなかった。
「でも、そんなタイミングあったか?あの時、集合も解散もみんな一緒だったじゃねえか」
「実は解散した後、話があるってユウから連絡が来て、行ってみたら、その、告白された」
友一もなかなか隅に置けない奴だったんだな、というのが安伸の素直な感想だった。親友と幼馴染みが付き合うことに表現しがたい感情が伴ったことは否定できなかったが、それでも、月並みな表し方をするならば「春が来た」ことは喜ばしいことであった。
「そっか。おめでとう」頬杖をついていた左手を外して、安祐美に向けて照準を定めるように手で拳銃を作った。「なら、ますますお前がちゃんと考えてやらないと駄目なんじゃねえか」
「そうなんだけどねえ、彼氏への誕生日プレゼントなんてこれまで送ったことなくて・・・。いつも誕生日迎える前に別れちゃってたから」
「それで、俺が召喚されたわけか。いつも通りに誘えるし、無難にプレゼント選ぶのに付き合せられるし、報告もできる」
「まあ、そういうことですね」今更になって申し訳ない気持ちが出てきたのか、安祐美は身を縮ませていた。
気持ちはわからないこともなかった。この三ヶ月をどのように過ごしていたかなど想像もできないが、友一の誕生日は二人にとって初めての大きなイベントなのかもしれない。そう考えると彼女としては真剣にプレゼントを贈りたいだろう。しかし、これまでの経験では何が喜んでもらえるのかわからない。ましてや相手は友一である。何が欲しいのかわからない相手のために頭を抱えたに違いない。
「そういうことなら、俺に考えがある」まだ時間があることが功を奏している。
安伸は店員を呼ぶと、コーヒーのおかわりを注文した。
待ち合わせは都市部の駅前だったが、休日のせいか人が溢れており、別の場所を指定すれば良かったと後悔を覚えた。先に着いたことを知らせると、安祐美は少し遅れると連絡してきた。いつものことか、と通知を軽く見ただけでそれ以上の連絡はしなかった。柱に寄りかかり、できるだけ通行人の邪魔にならないように安祐美を待つ。
結局昨晩はすぐに眠ってしまい、これといったアイデアは何も出てこなかった。まあ、頭の中であれこれと考えるより探している中で思いつくだろう、と思いながら、昨晩と矛盾した考えをしている自分を何だか可笑しく感じた。
「ごめん、待たせちゃったね」約束から十五分遅れてきた安祐美は顔面の前で合掌するように両手を合わせて謝った。「別に大して待ってないけど」と少しだけ棘を持たせて顔を背けた。
「で、何を買いに行く?」こちらの様子などお構いなく話を先に進めた安祐美。やはり何も考えていなかったようだ。
「ひとまず百貨店みたいなのに行って見てみれば何か浮かぶんじゃね?」
「えー。何も考えてくれてないの?てっきり決めてくれてると思ってたのに」
「お前、俺が昨日バイトでヘトヘトだったの知らないだろ」
「そんなの知るわけないじゃん」
「それなのに前日に言われたものを考えておけ、と」
「マモルならそれくらいしてくれるもんじゃないの?」
「何その期待」そんなに大したことができる程できた人間じゃないことは知っているだろ、と言いたい気持ちを堪えた。安祐美は少し下から見上げるようにして安伸の顔を覗くが、そこには恋愛対象に向けるような輝きはなく、むしろ小賢しさを感じさせるような表情をしている。
マモル、というのは安伸の渾名だった。安伸を音読みすると「あんしん」、安心を作ってくれるマモル君、というところから来ているらしい。雰囲気で決めたのではないかと思う程に適当なものなのだが、人は気に入ると由来などどうでもよく、大学に入って以来ずっと同じ渾名で呼ばれ続けている。特に変な渾名でもないため、呼んでほしくないということもないが、人の名前のようなので初めて会う人には勘違いされやすいのが難点だった。
駅前の百貨店は三店ほどあり、とりあえず近くから回っていくことにしたが、人波が激しく自由に動き回ることも難しかった。しかも、紳士物のコーナーでは大学生は浮いてしまい、落ち着いて買い物することができなかった。土曜日に出てきたのは間違いだったと安易に返事をした昨晩の自分を恨んだ。
このままではいたずらに疲れていくだけと互いに判断したようで、二店目まで回ったところで近くのカフェで作戦会議を行うことにした。
「ユウは何が喜ぶかな」ホットコーヒーを啜りながら安祐美が尋ねた。ユウというのは友一の渾名だ。
「そうだな、これが欲しい、みたいなこと普段あまり言わないからな」
「去年って何あげたっけ」
「なんだったっけ。ちょっと良さげなワインとかじゃなかったかな」
「ああ、そうだよ。マモルが調子に乗ってユウと二人でその日のうちに空けちゃったやつじゃん」
思い返せば昨日のことのように鮮明な光景が浮かぶ。例のごとく誕生日会と称した飲み会を安伸の家で開いた時のことだった。ちょうど今から一年前になる。安祐美と安伸から送った桜のワインを一口飲んだところ、あまりの美味しさに手が進んでしまい、気が付けば中身が空になっていた。ワインはそれまで安物しか飲んだことがなかったが、価値観が変わったようにすら思えた。
「私も飲みたかったのになあ」
「全然飲んでないわけでもないだろ」安祐美も頻繁にグラスを傾けているような記憶があった。
「でも、ユウへのプレゼントだったから遠慮してそんなに飲めなかったんだよ」安祐美は顔を膨らませた。普通ならその感覚が正しいのかもしれない。
「ま、まあ、今年も買っておくわ。プレゼントとは別にして、さ。それなら安祐美も思う存分飲めるだろ」
「それはマモルが飲みたいだけなんじゃないの」
「それはまあ、間違ってないけど。とりあえず、目下のところはプレゼント探しが優先だろ。そっちを考えようぜ」
「そうだった。でも、これといったものも思いつかないし、無難なところでいいんじゃないの」
「お前、去年も同じようなこと言わなかったか」
「そんなこと言っても仕方ないじゃん。思いつかないんだし」
「言い出した側がそんなこと言うもんじゃないだろ」
「そっか。そうだね」そう言って安祐美は黙って考えるポーズをした。
安伸はアイスコーヒーに入っていた氷を一度ストローで混ぜた後、椅子に深く腰掛けるように体勢を崩した。少し長くなりそうだ。
安祐美は大学院への進学を決めており、研究者としての道を歩んでいくようだ。大学院の入学試験がどのようなものかは知らなかったが、学部内進学というわけではないため、それなりに努力をしたのだろう。そんな安祐美の、抜けているようで抜け目のない部分を安伸は尊敬していた。
友一は大手飲料メーカーへの就職が内定していた。こちらもいつの間にかというように、全てが終わった後で報告を受けた。まだどこにも進路が決まっていない安伸に対してどこか申し訳なさそうに伝えてきたが、安伸としては「すごい」と驚くほかなく、妙な気遣いをされるほうが面倒くさかった。とはいえ、そのような気を遣うことができることが友一の魅力の一つでもあった。
そんな親友とも呼べる相手の、大学生活最後の誕生日プレゼントを適当なものにするわけにもいかない。そろそろ真剣に選んだ方が良さそうだ。
「ねえ、何か浮かんだ?」安祐美は考えるのを放棄したようだ。飽き性なのはどうにかできないものだろうか。
「いや。そっちこそどうなんだよ」
「うん、何となくは浮かんだかな」
「取り繕っても無駄だぞ。全く良い案が出て来てないんだろ」
「さすがにばれた?」
「何年の付き合いだと思ってんだよ」はあ、と大きく長い溜め息が漏れた。最初から当てにしていなかったが、何のアイデアも出てこないとは思わなかった。
「そういえば」安伸はふと気になったことがあった。「何で唐突に『プレゼント買いに行こう』なんて言い出したんだよ。いつもこっちから声かけるまで何も言い出さないのに」
昨年のプレゼントの時も、前々日になって『いい加減決めないとまずいぞ』と安伸が口にして初めて考え出したと言っても過言ではない。その前の年も同じだった。にもかかわらず、今年はどのような風の吹き回しなのだろう。
「いやあ、いつも先に声かけてもらってたし、悪いなあと思って」
「それにしても、だろ。誕生日会まであと三週間はあるぞ」友人への誕生日プレゼントを買いに行くのが平均でどのくらいの段階なのかは不明だが、安伸の感覚では異常なことに感じたのだった。このことに安伸は待ち合わせている時に気付いた。
「うん、まあ、いいじゃん。早いことに越したことないでしょ」明らかに安伸からの台詞を待っているようだ。何と声をかけるべきかもわかっていた。だが・・・。
その先に待っている展開は大体予想ができた。面倒なやり取りを全て省略することもできるが、早く聞いてこいと言わんばかりの視線をこちらに向けている女子をやぶさかに放置することもできない。安伸はグラスに手を伸ばしたが、既に中身は空になっていた。
「で、何を隠しているんだ」ここは安祐美に付き合う他なかった。
「別に何も隠してないよ」白々しい顔を向ける安祐美。
「面倒だから早く言えよ」大げさに溜め息をついてみせる。「お前の身の上話を聞くために、俺はわざわざここまで来たわけじゃないんだからな」
「わ、わかってるわよ。でも、話しやすい空気とかあるじゃない」
「そんなムードのある言葉が欲しかったなら、根本的に相手の選択から間違いだったと教えといてやる」
「ごめんって、そんな拗ねないでよ。マモルには最初に言わなくちゃと思ってるんだけど、なかなか雰囲気が掴めなくて・・・」
安伸は無言のまま手元のグラスを見つめた。氷はすっかり溶けてしまい、コーヒーの残滓と絶妙なコントラストを描いていた。
安祐美はどう切り出すべきなのか悩んでいるようだった。そこまで話にこだわることでもないだろうに、と思いながらも、下手に口を出してしまうとまた先に進まないような気がしたのでそのまま黙っていることにした。
「なかなかタイミングがなくて言えなかったんだけど、付き合っているの、私とユウ」
「まあ、そんなことだろうとは思っていたけどな」
「知ってたの?」
「まさか。今の流れを見ていて、ってことだ」
「なるほど」安祐美は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「で、いつから?」
「夏祭りの時から」
「ということは、もうすぐ三ヶ月ってところか」あまり得意な分野ではないとはいえ、そこまで気が付かない自分に少し落胆した。
八月のお盆に入る少し前、県でも有名な夏祭りがある。全国でも有数の規模を誇る花火が上がり、毎年大いに賑わいを見せる。安伸たちも今年は大学生活最後ということもあり、周りの友人達を誘い出かけることにした。結果的に安伸、友一、安祐美をを含めて十人ほどのメンバーが集まり、良い思い出とすることができたと感じていたのだが、その中で友一と安祐美が付き合うことになるとは予想できなかった。
「でも、そんなタイミングあったか?あの時、集合も解散もみんな一緒だったじゃねえか」
「実は解散した後、話があるってユウから連絡が来て、行ってみたら、その、告白された」
友一もなかなか隅に置けない奴だったんだな、というのが安伸の素直な感想だった。親友と幼馴染みが付き合うことに表現しがたい感情が伴ったことは否定できなかったが、それでも、月並みな表し方をするならば「春が来た」ことは喜ばしいことであった。
「そっか。おめでとう」頬杖をついていた左手を外して、安祐美に向けて照準を定めるように手で拳銃を作った。「なら、ますますお前がちゃんと考えてやらないと駄目なんじゃねえか」
「そうなんだけどねえ、彼氏への誕生日プレゼントなんてこれまで送ったことなくて・・・。いつも誕生日迎える前に別れちゃってたから」
「それで、俺が召喚されたわけか。いつも通りに誘えるし、無難にプレゼント選ぶのに付き合せられるし、報告もできる」
「まあ、そういうことですね」今更になって申し訳ない気持ちが出てきたのか、安祐美は身を縮ませていた。
気持ちはわからないこともなかった。この三ヶ月をどのように過ごしていたかなど想像もできないが、友一の誕生日は二人にとって初めての大きなイベントなのかもしれない。そう考えると彼女としては真剣にプレゼントを贈りたいだろう。しかし、これまでの経験では何が喜んでもらえるのかわからない。ましてや相手は友一である。何が欲しいのかわからない相手のために頭を抱えたに違いない。
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