モラトリアム・ダンス

シュンスケ

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第一章

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 その日は雲一つない晴天だった。季節はこれから冬を迎えるというのに、まだ秋の陽気さが残っているようにすら思えた。
 安伸の頭の中では朝から翌日の動きに関して綿密なシミュレーションが繰り返し行われていた。何しろ、これまでにないサプライズの敢行である。失敗すれば興がそがれるというものだ。今もエントリーシートを目の前にしているが、その手は全く進んでいない。気が付けば、とっくに昼過ぎになっていた。
 ピンポーン、と無機質なチャイムの音が鳴った。
 こんな時間に誰だ、とインターホンを睨みつけ、モニターを確認する。しかし、その目はすぐに狼狽を隠せなくなる。
「どうした、こんな時間に」カメラ越しに、訪問者、友一に話しかける。
「いや、大学の方に用があって来たんだけど、明日もまたこっちのほうに来るのめんどくさくなって」
「まじか」これは予想外だった。確かに明日は安祐美の家で誕生会をすると伝えてある。
「都合悪かったか?一応連絡はしたんだけど、返信なかったからまずいかなあとは思ったんだけど」確かに過ごしやすい気象ではあったが、外で待つには厳しいだろう。友一が返信を待てずに来てしまったのも頷けた。だが…。
「ごめん、連絡来てたの気付かんかったわ。とりあえず上がれよ」タイミングが悪いとはとても言えなかった。この後の計画に支障が出ることだけは避けたかったが、それでも友人を追い返すのも気が引けた。
―どうにかなるだろう。
 そう結論付ける他なかった。
「悪かったな。外でかなり待っただろ?」玄関先でブーツを脱いでいる友一に声をかけた。メッセージが来ていたのは今から一時間以上も前だった。
「そうでもないぜ。大学に寄る前に思い立ったからメッセージ送って、用事済ませた後そのままここに来たから」
「そう、それなら良かったけど」
「それより、本当にお邪魔して良かったのかよ」
「本当に何もしてないからな、全然大丈夫だ」
「何もしてないことないだろ」机の上に置いてあった履歴書を指しながら友一は言った。
「いやいや、これも全然進まないんだよ。やっぱり駄目だね、本気で目指しているわけでもない企業へ媚びを売ることはできないや」
「そんなこと言ってる場合でもないだろ。大体『媚び』じゃなくて自分を売り込むんだろ」
「同じようなことじゃないか。要は『お前のとこで働ける』ってアピールをしなきゃいけないんだろ。実際にそう思っているならそれは大いに結構だけど、こっちは仕事をくれるならどこでも良いわけで、そんなやる気のある人間とない人間が吐く台詞は説得力が圧倒的に違うよ」
「それでも通るようにやらなきゃどこにも仕事にありつけないぞ」
「わかってるよ」その結果が今の有様なのだが、と心の中で付け足した。
 安伸はここ数日の間である疑問を抱えていた。それは「自分とは何か」という小学生が持つような至極単純なものだった。
 現在に至るまで「金を稼ぐ」以外の目的で働いたことはなく、就職活動もアルバイトの延長のような感覚を持っていた。しかし、それ以外に目的を持たなければ職として続けていくことができないような壁が存在しているように思うようになった。社会に対して何かを生産していきながらその上で給料をもらう意識が自分の中には欠如しているのだと認めないわけにはいかなかった。それでも、その「生産」は自分がしなければならないものなのかわからなかった。自分とは何であり、その何たる自分こそができることが見つかれば、すなわちそれが自分のやりたいことだと言うことができる。自分の中でも落とし前をつけることができる。だが、ここまで来たところで「結局それが見つからないから今も停滞しているのだ」という結論に至り、堂々巡りの中から抜け出せないでいる。
「なあ、マモル」ベッドの上で寝転びながら、友一は口を開いた。視線は手元の携帯ゲーム機から離そうとしなかった。「俺と安祐美の件、なんだけど」
「お前たちが付き合ってるって話なら聞いたぞ」
「うん。安祐美から言ったって聞いた」
「じゃあ、惚気か。ますます聞く気ないぞ」
「ちげーよ。そんなバカップルみたいなことしてないわ」
「だったら何だよ」
「告白した身分で言うことでもないのかもしれないけど、お前はどう思ってるのかなって気になってな」
「は?」呆気に取られるというのはまさにこういうことと言わんばかりの表情になった。「俺は別に何も気にしてないぞ。安祐美から報告を受けた時も『おめでとう』以外の言葉は浮かばなかったしな」そう言いながら、安伸は友一が言わんとすることがわかったような気がした。
 つまりは『お前も気があったのではないか』ということだ。
 幼馴染みという単語が恋愛系の小説や漫画の中ではいわゆる「属性」として高いステータスを誇っているということは、恋愛ごとに疎い安伸でも知っていることであった。しかし、それが全ての場合に当てはまることではない、ということの方が実感として強かった。何故なら、その代表が自分と安祐美だと思っていたからだ。世間的には羨ましがられるような響きかもしれないが当事者としては恋愛対象にはならないというのが揺るぎない真実であった。
「まあ、そうだよな」一通り思うことを説明したが、友一の反応はあまり芳しくなかった。
「気持ちはわからないわけでもないんだけどな。だけど、もしも気持ちがあったのなら、お前より先に手を出してるよ」これが安伸に言える最大のフォローだった。
「だな。ごめん、変なことを聞いたりして」
「仕方ないさ、それだけ好きなんだろ。ただ、お前が安祐美のこと気になってたとか全然知らなかったんだが」
「そりゃあ誰にも言ってないからな」飲み会などで恋愛話になった時には無難にかわしていたような気がした。乗り気でないようであれば、あまり積極的にその話題を振るわけにもいかず、全くその手の情報に関して知ることはなかった。
 そう考えると、友一の思いは本当に秘めたものであり、心から尊敬できた。
「いつから意識してたんだよ」
「初めて会った時から」
「えっ、まじで」
「うん、まじで」
 四年目の付き合いにして、親友の初めての一面を見た気がした。一目惚れを誰にも悟らせぬように温め、無事にそれを成就させることは簡単なことではない。報告を受けた時以上に二人の関係を祝福した方が良いのかもしれない。
「よくやったな、お前」その言葉に安伸の思いを全て込めた。
    
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