3 / 8
第一章
1
しおりを挟む
その日は雲一つない晴天だった。季節はこれから冬を迎えるというのに、まだ秋の陽気さが残っているようにすら思えた。
安伸の頭の中では朝から翌日の動きに関して綿密なシミュレーションが繰り返し行われていた。何しろ、これまでにないサプライズの敢行である。失敗すれば興がそがれるというものだ。今もエントリーシートを目の前にしているが、その手は全く進んでいない。気が付けば、とっくに昼過ぎになっていた。
ピンポーン、と無機質なチャイムの音が鳴った。
こんな時間に誰だ、とインターホンを睨みつけ、モニターを確認する。しかし、その目はすぐに狼狽を隠せなくなる。
「どうした、こんな時間に」カメラ越しに、訪問者、友一に話しかける。
「いや、大学の方に用があって来たんだけど、明日もまたこっちのほうに来るのめんどくさくなって」
「まじか」これは予想外だった。確かに明日は安祐美の家で誕生会をすると伝えてある。
「都合悪かったか?一応連絡はしたんだけど、返信なかったからまずいかなあとは思ったんだけど」確かに過ごしやすい気象ではあったが、外で待つには厳しいだろう。友一が返信を待てずに来てしまったのも頷けた。だが…。
「ごめん、連絡来てたの気付かんかったわ。とりあえず上がれよ」タイミングが悪いとはとても言えなかった。この後の計画に支障が出ることだけは避けたかったが、それでも友人を追い返すのも気が引けた。
―どうにかなるだろう。
そう結論付ける他なかった。
「悪かったな。外でかなり待っただろ?」玄関先でブーツを脱いでいる友一に声をかけた。メッセージが来ていたのは今から一時間以上も前だった。
「そうでもないぜ。大学に寄る前に思い立ったからメッセージ送って、用事済ませた後そのままここに来たから」
「そう、それなら良かったけど」
「それより、本当にお邪魔して良かったのかよ」
「本当に何もしてないからな、全然大丈夫だ」
「何もしてないことないだろ」机の上に置いてあった履歴書を指しながら友一は言った。
「いやいや、これも全然進まないんだよ。やっぱり駄目だね、本気で目指しているわけでもない企業へ媚びを売ることはできないや」
「そんなこと言ってる場合でもないだろ。大体『媚び』じゃなくて自分を売り込むんだろ」
「同じようなことじゃないか。要は『お前のとこで働ける』ってアピールをしなきゃいけないんだろ。実際にそう思っているならそれは大いに結構だけど、こっちは仕事をくれるならどこでも良いわけで、そんなやる気のある人間とない人間が吐く台詞は説得力が圧倒的に違うよ」
「それでも通るようにやらなきゃどこにも仕事にありつけないぞ」
「わかってるよ」その結果が今の有様なのだが、と心の中で付け足した。
安伸はここ数日の間である疑問を抱えていた。それは「自分とは何か」という小学生が持つような至極単純なものだった。
現在に至るまで「金を稼ぐ」以外の目的で働いたことはなく、就職活動もアルバイトの延長のような感覚を持っていた。しかし、それ以外に目的を持たなければ職として続けていくことができないような壁が存在しているように思うようになった。社会に対して何かを生産していきながらその上で給料をもらう意識が自分の中には欠如しているのだと認めないわけにはいかなかった。それでも、その「生産」は自分がしなければならないものなのかわからなかった。自分とは何であり、その何たる自分こそができることが見つかれば、すなわちそれが自分のやりたいことだと言うことができる。自分の中でも落とし前をつけることができる。だが、ここまで来たところで「結局それが見つからないから今も停滞しているのだ」という結論に至り、堂々巡りの中から抜け出せないでいる。
「なあ、マモル」ベッドの上で寝転びながら、友一は口を開いた。視線は手元の携帯ゲーム機から離そうとしなかった。「俺と安祐美の件、なんだけど」
「お前たちが付き合ってるって話なら聞いたぞ」
「うん。安祐美から言ったって聞いた」
「じゃあ、惚気か。ますます聞く気ないぞ」
「ちげーよ。そんなバカップルみたいなことしてないわ」
「だったら何だよ」
「告白した身分で言うことでもないのかもしれないけど、お前はどう思ってるのかなって気になってな」
「は?」呆気に取られるというのはまさにこういうことと言わんばかりの表情になった。「俺は別に何も気にしてないぞ。安祐美から報告を受けた時も『おめでとう』以外の言葉は浮かばなかったしな」そう言いながら、安伸は友一が言わんとすることがわかったような気がした。
つまりは『お前も気があったのではないか』ということだ。
幼馴染みという単語が恋愛系の小説や漫画の中ではいわゆる「属性」として高いステータスを誇っているということは、恋愛ごとに疎い安伸でも知っていることであった。しかし、それが全ての場合に当てはまることではない、ということの方が実感として強かった。何故なら、その代表が自分と安祐美だと思っていたからだ。世間的には羨ましがられるような響きかもしれないが当事者としては恋愛対象にはならないというのが揺るぎない真実であった。
「まあ、そうだよな」一通り思うことを説明したが、友一の反応はあまり芳しくなかった。
「気持ちはわからないわけでもないんだけどな。だけど、もしも気持ちがあったのなら、お前より先に手を出してるよ」これが安伸に言える最大のフォローだった。
「だな。ごめん、変なことを聞いたりして」
「仕方ないさ、それだけ好きなんだろ。ただ、お前が安祐美のこと気になってたとか全然知らなかったんだが」
「そりゃあ誰にも言ってないからな」飲み会などで恋愛話になった時には無難にかわしていたような気がした。乗り気でないようであれば、あまり積極的にその話題を振るわけにもいかず、全くその手の情報に関して知ることはなかった。
そう考えると、友一の思いは本当に秘めたものであり、心から尊敬できた。
「いつから意識してたんだよ」
「初めて会った時から」
「えっ、まじで」
「うん、まじで」
四年目の付き合いにして、親友の初めての一面を見た気がした。一目惚れを誰にも悟らせぬように温め、無事にそれを成就させることは簡単なことではない。報告を受けた時以上に二人の関係を祝福した方が良いのかもしれない。
「よくやったな、お前」その言葉に安伸の思いを全て込めた。
安伸の頭の中では朝から翌日の動きに関して綿密なシミュレーションが繰り返し行われていた。何しろ、これまでにないサプライズの敢行である。失敗すれば興がそがれるというものだ。今もエントリーシートを目の前にしているが、その手は全く進んでいない。気が付けば、とっくに昼過ぎになっていた。
ピンポーン、と無機質なチャイムの音が鳴った。
こんな時間に誰だ、とインターホンを睨みつけ、モニターを確認する。しかし、その目はすぐに狼狽を隠せなくなる。
「どうした、こんな時間に」カメラ越しに、訪問者、友一に話しかける。
「いや、大学の方に用があって来たんだけど、明日もまたこっちのほうに来るのめんどくさくなって」
「まじか」これは予想外だった。確かに明日は安祐美の家で誕生会をすると伝えてある。
「都合悪かったか?一応連絡はしたんだけど、返信なかったからまずいかなあとは思ったんだけど」確かに過ごしやすい気象ではあったが、外で待つには厳しいだろう。友一が返信を待てずに来てしまったのも頷けた。だが…。
「ごめん、連絡来てたの気付かんかったわ。とりあえず上がれよ」タイミングが悪いとはとても言えなかった。この後の計画に支障が出ることだけは避けたかったが、それでも友人を追い返すのも気が引けた。
―どうにかなるだろう。
そう結論付ける他なかった。
「悪かったな。外でかなり待っただろ?」玄関先でブーツを脱いでいる友一に声をかけた。メッセージが来ていたのは今から一時間以上も前だった。
「そうでもないぜ。大学に寄る前に思い立ったからメッセージ送って、用事済ませた後そのままここに来たから」
「そう、それなら良かったけど」
「それより、本当にお邪魔して良かったのかよ」
「本当に何もしてないからな、全然大丈夫だ」
「何もしてないことないだろ」机の上に置いてあった履歴書を指しながら友一は言った。
「いやいや、これも全然進まないんだよ。やっぱり駄目だね、本気で目指しているわけでもない企業へ媚びを売ることはできないや」
「そんなこと言ってる場合でもないだろ。大体『媚び』じゃなくて自分を売り込むんだろ」
「同じようなことじゃないか。要は『お前のとこで働ける』ってアピールをしなきゃいけないんだろ。実際にそう思っているならそれは大いに結構だけど、こっちは仕事をくれるならどこでも良いわけで、そんなやる気のある人間とない人間が吐く台詞は説得力が圧倒的に違うよ」
「それでも通るようにやらなきゃどこにも仕事にありつけないぞ」
「わかってるよ」その結果が今の有様なのだが、と心の中で付け足した。
安伸はここ数日の間である疑問を抱えていた。それは「自分とは何か」という小学生が持つような至極単純なものだった。
現在に至るまで「金を稼ぐ」以外の目的で働いたことはなく、就職活動もアルバイトの延長のような感覚を持っていた。しかし、それ以外に目的を持たなければ職として続けていくことができないような壁が存在しているように思うようになった。社会に対して何かを生産していきながらその上で給料をもらう意識が自分の中には欠如しているのだと認めないわけにはいかなかった。それでも、その「生産」は自分がしなければならないものなのかわからなかった。自分とは何であり、その何たる自分こそができることが見つかれば、すなわちそれが自分のやりたいことだと言うことができる。自分の中でも落とし前をつけることができる。だが、ここまで来たところで「結局それが見つからないから今も停滞しているのだ」という結論に至り、堂々巡りの中から抜け出せないでいる。
「なあ、マモル」ベッドの上で寝転びながら、友一は口を開いた。視線は手元の携帯ゲーム機から離そうとしなかった。「俺と安祐美の件、なんだけど」
「お前たちが付き合ってるって話なら聞いたぞ」
「うん。安祐美から言ったって聞いた」
「じゃあ、惚気か。ますます聞く気ないぞ」
「ちげーよ。そんなバカップルみたいなことしてないわ」
「だったら何だよ」
「告白した身分で言うことでもないのかもしれないけど、お前はどう思ってるのかなって気になってな」
「は?」呆気に取られるというのはまさにこういうことと言わんばかりの表情になった。「俺は別に何も気にしてないぞ。安祐美から報告を受けた時も『おめでとう』以外の言葉は浮かばなかったしな」そう言いながら、安伸は友一が言わんとすることがわかったような気がした。
つまりは『お前も気があったのではないか』ということだ。
幼馴染みという単語が恋愛系の小説や漫画の中ではいわゆる「属性」として高いステータスを誇っているということは、恋愛ごとに疎い安伸でも知っていることであった。しかし、それが全ての場合に当てはまることではない、ということの方が実感として強かった。何故なら、その代表が自分と安祐美だと思っていたからだ。世間的には羨ましがられるような響きかもしれないが当事者としては恋愛対象にはならないというのが揺るぎない真実であった。
「まあ、そうだよな」一通り思うことを説明したが、友一の反応はあまり芳しくなかった。
「気持ちはわからないわけでもないんだけどな。だけど、もしも気持ちがあったのなら、お前より先に手を出してるよ」これが安伸に言える最大のフォローだった。
「だな。ごめん、変なことを聞いたりして」
「仕方ないさ、それだけ好きなんだろ。ただ、お前が安祐美のこと気になってたとか全然知らなかったんだが」
「そりゃあ誰にも言ってないからな」飲み会などで恋愛話になった時には無難にかわしていたような気がした。乗り気でないようであれば、あまり積極的にその話題を振るわけにもいかず、全くその手の情報に関して知ることはなかった。
そう考えると、友一の思いは本当に秘めたものであり、心から尊敬できた。
「いつから意識してたんだよ」
「初めて会った時から」
「えっ、まじで」
「うん、まじで」
四年目の付き合いにして、親友の初めての一面を見た気がした。一目惚れを誰にも悟らせぬように温め、無事にそれを成就させることは簡単なことではない。報告を受けた時以上に二人の関係を祝福した方が良いのかもしれない。
「よくやったな、お前」その言葉に安伸の思いを全て込めた。
0
あなたにおすすめの小説
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
短編 お前なんか一生結婚できないって笑ってたくせに、私が王太子妃になったら泣き出すのはどういうこと?
ヨルノソラ
恋愛
「お前なんか、一生結婚できない」
そう笑ってた幼馴染、今どんな気持ち?
――私、王太子殿下の婚約者になりましたけど?
地味で冴えない伯爵令嬢エリナは、幼い頃からずっと幼馴染のカイルに「お前に嫁の貰い手なんていない」とからかわれてきた。
けれどある日、王都で開かれた舞踏会で、偶然王太子殿下と出会い――そして、求婚された。
はじめは噂だと笑っていたカイルも、正式な婚約発表を前に動揺を隠せない。
ついには「お前に王太子妃なんて務まるわけがない」と暴言を吐くが、王太子殿下がきっぱりと言い返す。
「見る目がないのは君のほうだ」
「私の婚約者を侮辱するのなら、貴族であろうと容赦はしない」
格の違いを見せつけられ、崩れ落ちるカイル。
そんな姿を、もう私は振り返らない。
――これは、ずっと見下されていた令嬢が、運命の人に見初められる物語。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。
完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる