モラトリアム・ダンス

シュンスケ

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第一章

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 やってしまった、という気持ちだけが安伸の心を埋め尽くしていた。懸命に自転車を漕ぎながら最悪の事態だけが起こらないことを願っていた。
 親友の友一の誕生日会を明日に控え、安伸はこれまでにないプレゼントを計画し、それに向けて用意をした。何をプレゼントにしたのか悟らせないように細心の注意を払いながら…。しかし、その用意周到さが逆に仇となってしまった。
 友一は今安伸の部屋で帰宅を待っている。もちろん事情は何も知らない。
 安伸自身バイトがここまで長引くとは思ってもみなかった。何の変哲もないただの平日だから大丈夫だろうと高を括っていた。ところが蓋を開けてみれば予想をしていなかった客足と仕事量に忙殺され、気が付けば「締め」の作業を手伝うことまでになってしまった。本来は誰よりも先に上がり、大学へ寄って隠しておいたプレゼントを回収する流れが大きく狂ってしまった。
 そもそも、いくら見つかりにくい場所を考えた結果とはいえ大学をそれに選んだのは間違いだったと今では後悔している。無論、このような事態をあらかじめ想定できたわけではないのだが。
 しかし、プレゼントの回収は今日やらなければならない。何故なら明日は朝から誕生日会なのだ。
 三人で朝から出かける。表面上ではそれが「プレゼント」となっているのだ。
「どうも」
 安伸が大学の駐輪場に愛車を停めて、守衛に通りすがりの挨拶をしたのは日付が変わって少し経った頃だった。
どう思われるのか少しだけ不安に感じていたのだが、どうやらこのようなことはそんなに少ないわけではなさそうで、守衛も慣れたものと言わんばかりの顔をしていた。ひとまず大学にそもそも入れない、という事態は避けられたようだった。
 だが、駐輪場から直通しているエスカレーターは案の定動いておらず、安伸はゆっくりと階段を登り始めた。
 日本一標高が高い場所にある大学と謳うだけのことはある。急いで登ればいたずらに体力だけが浪費されてしまう。既にここまで来るのにも体力を使ったばかりだ。冬を待つ夜風が心地良いとすら感じる程体が火照っているのが自分でもわかった。
 改めて思うことであったが、なぜこのような山の中に大学を作ってしまったのか。誰にどのようなメリットや利益があるのかわからず、全くもって謎としか言えない。せめてキャンパスが広ければ「土地の関係上仕方なく……」と言えたかもしれないが、少なくとも安伸が高校時代にオープンキャンパスに行った他の大学よりずっと狭いのだった。
 夜中の大学は想像していたよりもずっと暗く、誰かが提案さえすれば肝試しすらできそうな雰囲気をしていた。目の前の建物の電気は当然のことながら全て消えており、さながら廃墟にも見えた。
 しかし、照明の類いはきちんと仕事をしているようで、建物のエントランス部分に入ったところで一斉に点灯した。これはもしや、と安伸の期待感が高まっていく。
電気系統の電源が切られていることが安伸にとっては最悪のケースだと思っていた。プレゼントを隠したのは研究室の中にある自分のロッカーの中で、その研究室に入るためには電子錠の開けなければならないからだ。
 ロッカーはそもそも卒業論文に使う資料や実験材料などを保管しておくために使うもので、安伸のように完全な私用に使うことはほとんどないが、それ故に隠し場所として最適と言えた。安伸や安祐美の家では唐突の訪問の際に隠しきれるか不安だったのだ。実際、今安伸の家には友一がいる。
 研究室があるのは現在安伸のいる共同棟の三階から連絡通路を渡った先にある研究Ⅱ棟だった。キャンパスの北側から順に研究棟は三つ並んでいるため、直接アクセスすることは難しく、必ず共同棟か他の研究棟を経由する必要がある。とはいえ、他の研究棟には排他的な空気が流れているため、自然と共同棟を渡る人間の方が多くなる。
 連絡通路は時代遅れを感じさせるような吹きさらしの下にあり、そこを通り抜ける風はいつもよりも冷たく感じた。日中の温かさが嘘のように思えた。
だが、丁度中央付近に来たところで安伸の足は止まった。目的地である研究Ⅱ棟の電気が点いていたからだ。
―誰かいるのか、こんな時間に。
 もしかすると、警備の見回りでも来ているのかもしれない。大学の警備の仕組みなど知らないが、可能性としてない話でもない。それに以前教授が深夜まで残って論文を書いていると言っていたような気がする。どちらにしても「こんな時間に何をしているのか」と問われるのは面倒だ。時間のロスにもなる。
 いや、逆に考えればこの状況は多少のリスクは伴うが、むしろ好都合と捉えるべきかもしれない。どのみち建物に足を踏み込めば自動的に電気は点いてしまう。他に誰かがいるのなら、変に怪しまれる可能性が出てくる。それならばいっそのこと建物の電気が点いているうちにプレゼントを回収してしまえば誰にも気付かれることもなくなる。
 安伸のロッカーがある研究室は連絡通路から研究Ⅱ棟に入り、右手の通路を通ってすぐのところにある。教授陣の研究室は反対側にあるので建物に入ってしまえば気が付かれる可能性は低いだろう。
 身体は自然と小走りになっていた。疲れた身でもここだけだと思えば動かすことができた。あとは電子錠の電源が落とされていないことを祈るしかなかった。
 連絡通路を抜けて研究室の前に立ったところで、安伸は今来た道を振り返るように見つめた。どの教授が残っているかは電気が点いている場所がわかれば判断できる。
 しかし、期待とは違う景色がそこには広がっていた。
 どの教授の部屋も電気が点いていない。
 警備の見回りだったのか、と思いながら、電子錠の電源を入れる。無事に電源が入れば、あとは学生証を読み込ませれば開錠できる。
 ピー、と乾いた音が静かな廊下に響いた。
 心臓が跳ね上がる思いとともに、安伸の心配は焦燥へと変化した。まだ近くに誰かいるかもしれない。見つかってはいけないというわけではないのに、スパイ映画のような緊張感は拭えなかった。
 扉を開けて、素早く自分のロッカーに手を伸ばした。部屋の電気は点けなかったが、月明かりだけで十分に明るかった。
 目的のものは卒業論文に使う資料の奥に紙袋に入れて保管あった。中の片手で収まる箱には似合わない大きさの紙袋だ。
 袋から中身を取り出すと、手持ちのトートバッグに詰め込み、アルバイトの制服などを上から被せた。紙袋はそのままロッカーの中に戻した。
 様々な心配があったものの、用件はあっさりと終わり、あとは帰宅するのみであった。そして、家で待機している当事者に見つからないように気を付けながら明日を迎える。
 この瞬間までは全てが順調であったと言えるかもしれない。多少のアクシデントはあったものの、計画そのものに支障はなかった。
 そう、この瞬間までは…。
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