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11.どうかお幸せに
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「どうか、わたしのために生きてはくれませんか」
幾度もお会いしたこともないような殿方に、真摯にそう訴えられて、わたくしは今日はっきりと理解したのです。
あなたとのこの縁は、初めから終わっていたのだと。
もう終わりにすることにいたしましょう。
あなたの一挙手一投足に気を張り詰めるのも。
来る日も来る日も、灰色の景色の中を這いずり回って、何時まで待っても決して掛けられる事のない、温かい言葉を惨めに求め続けることも・・・。
あなたと共にある時、わたくしは常に死を求めずにはいられませんでした。
なぜなら、あなたはわたくしを求めている風を装いながらも、本質的には常に拒絶なさるからです。
わたくしが離れれば、生きてはいられないという風に振舞いながらも、わたくしのことも、誰のことも、自分以外の者は決して信用なさらない。
挫けそうになっては勇気を振り絞って、何度袖にされても、あなたに裸の心で接しました。
けれど、際限なく繰り返されるその徒労にも似たやりとりを経て、わたくしは次第にあなたにどう接すればいいのか解らなくなったのです。
心から愛そうとすれば、わたくしの差し伸べた手を払いのけ、表面的に優しく振舞えば、もう愛してくれないのかと嘆き責め立てる・・・。
わたくしは、あなたが悲しい人だと知っています。
いえ、はじめから知っていました。
だから、どうにかして差し上げたいと思った。
その悲しみをわたくしが癒して差し上げたいと思ったのです。
けれど、わたくしは一つだけ間違えをおかしていました。
それは、わたくしが心を尽くしさえすれば、あなたがいつか変わってくださると信じたことでした。
あなたはわたくしの為に変わることも、変わってくださるつもりもなかった、ということを理解できていませんでした。
ただ、ご自分の抱えている恐ろしいことや悲しいことから逃げ出すことにしか意識がいっていないのだ、という事がわたくしには解らなかったのです。
そんなあなたの隣に居るうちに、わたくしの心は次第に色を失い、生きる気力も無くなっていきました。
いつも笑顔ではいましたが、それは取り繕ったもので、素顔でいるよりは幾らかましに違いないというような苦しい仮面でしかありませんでした。
けれど、自分からあなたのことを捨てることは憚られるような気がして・・・。
あなたが自分自身から目を背け続けたように、わたくしも問題を先送りにして、そうして、長い時を堪えて過ごしました。
その果てに疲れ切り、ただ緩やかに死という救いを求めることしか頭になくなっていたわたくしにとって、突然現れたあの方はまるで冬の日の太陽のようだったのです。
そのまっすぐな暖かさに、わたくしの氷のような苦しみや痛みは一瞬のうちに融かされてしましました。
恐ろしいほどに心が震えました。
世界がどれほど美しかったかを思い出しました。
この方とならば、未来を生きられる気がしました。
わたくしは自分が、愛を乞い願って何かを代償にしなくとも、ただ存在するだけで『愛される価値がある』のだと思い出すことができました。
呪いが解かれたのです。
この方とこそ、生きていきたいと思いました。
そして、わたくしは決心したのです。
自分自身のために。
はやく自分の人生など終われば良いと願いたくなってしまう、あなたの隣に居るより、生きる希望をくださったあの方を選ぶと。
長く連れ添ったあなたを、今更になって捨てるなど、わたくしは薄情なのかもしれません。
けれど、決してあなたのことを憎んでいるわけではないのです。
人間として大切には思っていますし、嫌いなのでもありません。
それに、不幸せになってほしいとも思いません。
あなたの為に『浪費』したであろうわたくしの若さや時間を返してほしいとも思いません。
ただ、わたくしはあなたの傍に居ることはもうできない、という偽ることのできない事実のみが明らかになっただけの事なのです。
わたくしはただ幸せになりたいのです。
けれど、あなたの隣では決してわたくしの望む幸せには到達できないのです。
わたくしの幸せは、あの方と共にある未来にある。
あなたは、わたくしを引き止めるかもしれません。
けれど、もう後戻りはできないし、するつもりもないのです。
だって、相も変わらずあなたはご自分が変わる気は無いのでしょうから。
あなたは、その場限りで泣きつけば、また可哀そうに思ったわたくしがあなたの要望に従うと、どこかで思っていらっしゃるのでしょう?
けれども、わたくしはもうそれに屈するつもりはないのです。
そもそも、わたくしだけが変わり続けなくては関係が成立しないということ自体に無理があったとは思いませんか。
ですから、これからは別の道を往きましょう。
どうか息災に。
そして、どうかあなたが変わらずとも、そのままのあなたを慈しんでくれる方が現れて、あなたが幸せに過ごすことがかないますように・・・。
そう心より願っております。
最後になりますが、わたくしに地獄のような苦しみをくださったことに感謝しております。
fin.
幾度もお会いしたこともないような殿方に、真摯にそう訴えられて、わたくしは今日はっきりと理解したのです。
あなたとのこの縁は、初めから終わっていたのだと。
もう終わりにすることにいたしましょう。
あなたの一挙手一投足に気を張り詰めるのも。
来る日も来る日も、灰色の景色の中を這いずり回って、何時まで待っても決して掛けられる事のない、温かい言葉を惨めに求め続けることも・・・。
あなたと共にある時、わたくしは常に死を求めずにはいられませんでした。
なぜなら、あなたはわたくしを求めている風を装いながらも、本質的には常に拒絶なさるからです。
わたくしが離れれば、生きてはいられないという風に振舞いながらも、わたくしのことも、誰のことも、自分以外の者は決して信用なさらない。
挫けそうになっては勇気を振り絞って、何度袖にされても、あなたに裸の心で接しました。
けれど、際限なく繰り返されるその徒労にも似たやりとりを経て、わたくしは次第にあなたにどう接すればいいのか解らなくなったのです。
心から愛そうとすれば、わたくしの差し伸べた手を払いのけ、表面的に優しく振舞えば、もう愛してくれないのかと嘆き責め立てる・・・。
わたくしは、あなたが悲しい人だと知っています。
いえ、はじめから知っていました。
だから、どうにかして差し上げたいと思った。
その悲しみをわたくしが癒して差し上げたいと思ったのです。
けれど、わたくしは一つだけ間違えをおかしていました。
それは、わたくしが心を尽くしさえすれば、あなたがいつか変わってくださると信じたことでした。
あなたはわたくしの為に変わることも、変わってくださるつもりもなかった、ということを理解できていませんでした。
ただ、ご自分の抱えている恐ろしいことや悲しいことから逃げ出すことにしか意識がいっていないのだ、という事がわたくしには解らなかったのです。
そんなあなたの隣に居るうちに、わたくしの心は次第に色を失い、生きる気力も無くなっていきました。
いつも笑顔ではいましたが、それは取り繕ったもので、素顔でいるよりは幾らかましに違いないというような苦しい仮面でしかありませんでした。
けれど、自分からあなたのことを捨てることは憚られるような気がして・・・。
あなたが自分自身から目を背け続けたように、わたくしも問題を先送りにして、そうして、長い時を堪えて過ごしました。
その果てに疲れ切り、ただ緩やかに死という救いを求めることしか頭になくなっていたわたくしにとって、突然現れたあの方はまるで冬の日の太陽のようだったのです。
そのまっすぐな暖かさに、わたくしの氷のような苦しみや痛みは一瞬のうちに融かされてしましました。
恐ろしいほどに心が震えました。
世界がどれほど美しかったかを思い出しました。
この方とならば、未来を生きられる気がしました。
わたくしは自分が、愛を乞い願って何かを代償にしなくとも、ただ存在するだけで『愛される価値がある』のだと思い出すことができました。
呪いが解かれたのです。
この方とこそ、生きていきたいと思いました。
そして、わたくしは決心したのです。
自分自身のために。
はやく自分の人生など終われば良いと願いたくなってしまう、あなたの隣に居るより、生きる希望をくださったあの方を選ぶと。
長く連れ添ったあなたを、今更になって捨てるなど、わたくしは薄情なのかもしれません。
けれど、決してあなたのことを憎んでいるわけではないのです。
人間として大切には思っていますし、嫌いなのでもありません。
それに、不幸せになってほしいとも思いません。
あなたの為に『浪費』したであろうわたくしの若さや時間を返してほしいとも思いません。
ただ、わたくしはあなたの傍に居ることはもうできない、という偽ることのできない事実のみが明らかになっただけの事なのです。
わたくしはただ幸せになりたいのです。
けれど、あなたの隣では決してわたくしの望む幸せには到達できないのです。
わたくしの幸せは、あの方と共にある未来にある。
あなたは、わたくしを引き止めるかもしれません。
けれど、もう後戻りはできないし、するつもりもないのです。
だって、相も変わらずあなたはご自分が変わる気は無いのでしょうから。
あなたは、その場限りで泣きつけば、また可哀そうに思ったわたくしがあなたの要望に従うと、どこかで思っていらっしゃるのでしょう?
けれども、わたくしはもうそれに屈するつもりはないのです。
そもそも、わたくしだけが変わり続けなくては関係が成立しないということ自体に無理があったとは思いませんか。
ですから、これからは別の道を往きましょう。
どうか息災に。
そして、どうかあなたが変わらずとも、そのままのあなたを慈しんでくれる方が現れて、あなたが幸せに過ごすことがかないますように・・・。
そう心より願っております。
最後になりますが、わたくしに地獄のような苦しみをくださったことに感謝しております。
fin.
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