短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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秋の逸話 思い出だけが美しい

それぞれ大人になったふたり

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 季久美と秋介の交際は、10代のうちに解消した。

 積極的に地元での進学や就職を考えていた秋介と、もっと都会に行きたいとぼんやり考えた季久美との間に温度差が生じ、だんだんと互いに距離を置くようになったのだ。

 けんからしいけんかもなく、お互いを傷つけるようなことを言うわけでもなかったが、お互いがお互いに、あまりいい感じを持たなくなってしまったことは確かなようだ。

 季久美は秋介を、「つまんない安定志向」などとジャッジするようになり、秋介も秋介で「都会がいいとかミーハーなだけ」「地に足がついていない」と内心思っていた。

 さらに、「大体ナヨっとし過ぎ」とか、「所詮あのヒトの娘なんだよなあ、人の話まともに聞かないっていうか…」と、ちょっと“切り取った”だけのしぐさで、それが彼(女)の本質であるかのように考え始めたら、恋人というより、人としてのつき合いも難しいかもしれない。

 友人情報などで、お互いの進路を漠然とつかんではいたものの、卒業する頃には口も利かなくなっていた。
 1人一回ずつ回してゲットしたアニメキャラクターの根付は、それぞれが捨てるでもなく、思い出にこだわって保管するでもなく、お互いの持ち物群の片隅で、ひっそりと眠り続けることになりそうだ。

◇◇◇

 それから10年以上経って、秋介も季久美も、高校時代は存在も知らなかった相手と交際し、それぞれ結婚した。

◇◇◇

 季久美の夫は、出身地が全く異なる同い年の男性・文則ふみのりである。
 性格的には似たもの夫婦のせいか、小さな衝突はあるものの、2人ともできるだけ本音を言い合ってトラブルを解決しようとするタイプなので、それはそれでうまくいっているようだ。

 けんかが激化すると、あまりにも温和な性格のため、けんかすらしなかった秋介モトカレをたまに思い出すことはあったものの、だからといって、秋介との別れや文則との結婚を後悔しているわけではない。
 例えば、文則との思い出の品を見て冷静になった後、自分からわびたり、何かを提案したりしながら、「今頃シュウ君も、きっとおっとりしたお嫁さんとかもらって、仲よくやっているんだろうな」などと勝手に想像することもある。

◇◇◇

 秋介は、大学で2年後輩のあかねと児童文化系のサークルで知り合い、交際、結婚という運びだった。
 早いうちから小学校教師を志していた秋介は、自分と考え方や志向が似た茜と意気投合した。
 明るく前向きな性格で、季久美に近いものがあったせいか、今回も茜からの告白が交際のきっかけになった。
 それも、実は茜は秋介の高校の後輩で、「前から憧れていたんです。だから私もこの大学に決めて…」とまで言う。
 時期的に、季久美とだんだん疎遠になった頃だろうか。
 当時は自分が後輩女子にそんな目で見られていることなど、全く想像すらしていなかったが、秋介は少し舞い上がり――調子に乗ってしまったのかもしれない。

 秋介は無事、県の教員採用試験に合格し、最初の4年を少し郡部の学校で過ごした後、地元の学校に赴任したのを機に、茜と結婚した。
 茜は残念ながら試験に失敗し、卒業後は再チャレンジを考えながら書店でアルバイトをしていた。
 そんな生活で、少し心が折れそうになっている中、秋介は茜に手を差し伸べるつもりでプロポーズした。

「無理しなくていいよ。僕と家庭を築いて守るって仕事はどう?」

 茜は秋介の言葉に感謝し、泣きながら秋介の手を取った。
 秋介も最初は、「愛する女性を守りたい」という純粋な気持ちだったかもしれない。
 しかし、そうして生活している中、「無理しなくても」は「気楽でうらやましい」に、「僕との家庭を守って」は「食わせてもらってる身分で口答えするな」に徐々に変化し、しまいには手を上げることすらあった。

 秋介のように優しい男性がそのように変わってしまうのは、何かきっかけがあったのか、実はそちらが素だったのか。
 児童や保護者、職場の仲間からは「熱心で素晴らしい教師」として評判がいいが、その裏では気分次第で妻に暴言を吐くし、時には手を上げる(酒を飲めない秋介は素面でそれらを行う)こともある。
 

 茜は、自分は割と強気な性格だと思っていたので、現在進行形で夫の暴力の被害に遭っているということ自体が他人ごとに思えるほどだが、苦い失敗体験のトラウマと、繰り返される「駄目女」「クズ嫁」という言葉のつぶてに傷つけられ、いざ言い返そうとしても、すっかり委縮してしまっていた。

『私はもともと気が強くて、自分がなると思っていなかった』

 辛い心情を、似た境遇の女性たちが集う掲示板でこう書き込んだことがあったが、これに対し「こんなふうって何ですか?DV被害に遭うのは気が弱くて情けない人間だとでも言いたいんですか?」とかみつかれたことがあった。
 「そういうことじゃないでしょ」とたしなめる者もいたが、「自分もそれ気になった。気が強いとか関係なくない?」と同調する者もいる。

 茜は「自分には居場所がない」と絶望的になり、秋介に楯突こうという気色すら見せなくなった。
 秋介はそんな妻を、「昔は生意気だったが、今は従順な理想の妻」だと思い込んでいる。

「今度の休み、ドライブに行きたいな」
「ドライブ、ですか?」
県北けんぽくのスポーツ公園、イチョウ並木のライトアップがきれいなんだってさ。移動カフェも来るらしいよ」
「ああ、それニュースで見ました。いいですね。行きたいです」

【『秋の逸話 思い出だけが美しい』 了】
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