小手先の作業

あおみなみ

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よく知らない人に勝手にあだ名をつけた話

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 40代の頃、4日間の短期集中バイトをしたことがあります。
 地元で行われた大規模シンポジウムの受付その他の仕事でした。

 時給×実働と交通費で、最低でも4万円程度になると概算できました。
 休憩時間、業務終了時間と交通費(自己申告)を毎日所定アドレスにメールで知らせるだけ。すると、勝手に実働時間を計算してくれ、翌月にはきちんと振り込まれましたし、ちゃんと源泉徴収票もくれました。

 ああいうスタイルのアルバイトの経験がなかったので、「管理ガハガバ過ぎない?」と心配になったものの、性善説を信じた方法を取るなら、こちらも誠実に対応するまでです。バイト料はありがたく頂戴し、ちょっといいご飯を家族で食べました。

 久々の外勤めでそれなりに疲れたものの、お昼には毎日おいしいお弁当を出してもらえたし、人間関係も(悪化するほど長くなかったこともあり)ぼちぼち。よい体験だったと思います。

 それは土木関連のシンポジウムで、参加者の属性はお役所系、民間企業系、大学高専などアカデミック系の3つにざっと分けられ、受付でお渡しするネームプレートに入ったラインの色で役所=赤、民間企業=青、アカデミック=緑というふうに分類されていました。
(今話を分かりやすくするために選んだ色なので、実際には薄紫やピンクといった中間色だった上、どの属性がどの色かは覚えていません)

 そこそこ大きなコンベンションホールの、最も大きな空間で開会式をした後、中会議室・小会議室での分科会へと移ります。
 大ホールは開会式の後、休憩所になるため、人海戦術でいすを撤去し、長机を並べ、再びいすを置き…という作業に、手の空いている人間は皆駆り出されました。受付も数人ずつ交代で手伝いに行きました。

 基本まったりした受付だと思っていたので、朝から結構な重労働だなあとため息をついていると、11時頃、3つの仕出し屋さんが大量のお弁当を届けにきました。
 シンポジウム出席者はもちろん、私たちバイトの分まである上に、3種類から好きに選べるようになっていたのです。
 普段は貧乏在宅ワーカーである私は、お昼は残り物で済ませることが多い生活だったため、彩りよくおいしい(しかも多分、どれも1,000円以上)というお弁当に目がくらまんばかりでした。その上、同じレベルのお弁当が、毎日業者ごと日替わりになると言いますから、ワクワクが止まりません。
 ちなみにお弁当を渡すのも、手の空いているバイトの役目だったので、3種類の弁当の山の前に、それぞれの担当の2、3人がついていました。

◇◇◇

 初日、そのお弁当の中に「シカの愛」という名前のものがありました。「シカの愛 弁当」で検索すると、画像や説明が見られます。

「シカ」というワードは、福島県民の多くはピンとくるものがあります。

 かの野口英世博士の母親の名前が「シカ」といい、シカさんがアメリカにいる息子に書いた手紙から取った「きてくだされ」は、お菓子の商品名にもなっています。

 と、自称有能で、そこそこ年取っていて、いちおう人の親でもある私めは、名前の由来をすぐ察しました。
 きちんと確認はしていないけれど、まあそういうことだろうな、と。

 お弁当AからCと記号的に分けられていたものの、一応商品名も書いてあります。
 料理の写真や説明もあったので、それを参考に好きなところに並ぶのですが、私はちょうど「シカの愛」配給係でした。

 眼鏡をかけた30代くらいの関西弁の男性の番になったとき、突如こんな質問が投げかけられました。

「あの、これって鹿肉使っているんですか?」
「え?」
「シカの愛って…」
「あ、『シカ』というのはですね…」

 自称有能な私は、名前の由来を自分の想像の範囲で説明しました。
 多分、中に封入されたお品書きにも、似たようなことが書いてあったろうと思います(知らんけど)。

 その男性は、アカデミック系の色のネームプレートだったので、大学の工学部の先生とか、そういう感じの人でしょう。
 老若男女問わずスーツ姿ばかりの中、ニットとチノパンで何となくカジュアルな装いなのも「センセイっぽい」と思いました。

 その男性は「シカの肉に興味があっただけだから」と別な列に並び直し、ほかのお弁当を受け取っていました。
 もし私が彼だったら、とりあえず鹿肉の入っていない「シカの愛」を食べたと思います。ジビエが食べられるなら、アレルギーでもない限り大抵のものは食べられそうですし。
 自分の興味関心嗜好に対してブレないのも、癖強くせつよながらちょっと憎めない人だなという印象でした。

 翌日、私はいつものように朝から受付にいました。
 2日目、3日目から出席の方もいるので、初日ほどではないものの、その対応が必要だからです。

 シカ肉に興味のあるセンセイは当然初日からの参加なので、2日目以降は受付の必要はありませんが、いきなり受付に来て、「おはようございます。昨日はどうも」と言って去っていかれました。

 それだけならば、ここで書くほどの話でもないのですが、次のことから妙に頭に残ってしまったのです。

〇最終日まで毎朝、こんな感じで一度挨拶にいらした
〇ほぼ単独行動だが、ホール内でたまたま会うと、何かと声をかけてきた。
〇最終日、駅までのシャトルバスの案内をしていたら、なぜか「お世話になりました」と深々と頭を下げてきた
〇そしてそして…「小鹿色のレザージャケットを着ていた」

 私は内心で彼に「鹿男あをによし」というニックネームをつけました。
 万城目まきめまなぶさんの小説のタイトルの語呂があまりにも良すぎたので、話の内容やキャラクター特性とは一切関係ないネーミングですが。
 彼のネームプレートは線の色しか見ておらず、名前を最後まで知りませんでした。
 知っていたとしても、名簿を漁って「どこの彼か」突き止めようとするのはお行儀が悪いし、しなくてよかったとは思いますが、関西弁(**)で、鹿男で――何府県どちらからいらしたのかぐらいは知りたかった気がします。

**
私は東北人なので、「関西っぽいしゃべり」という意味では、近畿・京阪神のみならず、北陸、中四国の方の話し方にも、「それっぽさ」を感じることがあります。
だから言葉だけでピンポイントでご出身を当てるなんて、到底無理というお話です。
**

 今回これを書くにあたり、いろいろと確認するために検索したところ、「シカの愛」の由来は野口シカさんで合っていました。
 また、「そういえばレーザージャケットってあの季節に着るものなの?」という素朴な疑問が湧いて調べたところ、「10~12月と3、4月が目安」と書いてありました。時は10月の最終週。一応、適切ではあったようです。持っていないので分かりませんでした。
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