小手先の作業

あおみなみ

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私のおしごと

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2016年11月のブログ記事からの転載です。

◇◇◇

 私は今の文字起こしの仕事を20代の頃からやっている。

 速記学校を卒業後、議会事務局に勤めて始め、本会議録は外部発注だったが、委員会録は常任と特別を1つずつ担当し、次の定例会までに間に合わせるペースで作成していた。

 議員さんからリクエストがあれば、本会議の抜粋をその日のうちにつくることもあった。
 といっても、速記と併用だったことや臨席できたこともあり、今の仕事とは少し勝手が違う。話題も話者もそこまで多彩ではない。

 そういう意味で、今と最も近い仕事を初めて請け負ったのは20歳だったか21歳だったかのとき、とある議員さんが持ち込んだ2時間ほどの録音だった。
(※議員さんがこれをもとに一般質問をした会議録は既に公開済みなこと、地名などの固有名詞は詳らかにしないこと、年数がかなり経っていることなどにかんがみ、差し支えない程度に内容に触れています)

 マンション建設でもめている高級住宅地の自治会の話し合いをおさめたテープだったが、お茶の湯呑?をガチャ置きする雑音、ずるずるすする音(うげっ)に加え、話し合いという割には地元自治会の皆さんの一方的なまくしたてがすさまじく、熱狂してくると、机をバンバン叩く音も入った。
 ゼネコン担当者さんの弱々しい説明がときどきさしはさまれる。

 今にして思うと、内容は一貫して、
「ここは古くからお屋敷町なので、マンションなどつくられると治安が悪くなり、街の品位が下がる。だからこっち来んな」
 という住民の主張と、

「日照権にも配慮しますし… グレードの高い外観で…価格帯からも、それなりの収入の方々の入居が予想され…モゴモゴ」
 というゼネコンさんの蟷螂の斧のような頼りなさ。
(大手ゼネコン対一市民のはずだが、市民の方が絶対戦闘力あるよこれ…)

 全編これに尽きたのだった。

 ノイズだらけの聞きなれない音、エキサイトすると出てくるきつい方言(しかも自分のもともとの地元ではない)、内容的にもストレスがたまる――ということで、かなり難儀したことだけは覚えている。

 今思うとこんなのザラなのだが、当時は相当堪えた。
 そして何より堪えたのは、これが「無償」だったことだ。
 公務員が小遣い稼ぎするわけにもいかず、業務外なので残業扱いにするわけにもいかず、自宅でこっそりやって、こっそり引き渡し。
 何ならこっそり小遣いの1つももらってもよかった気がするが、「あんがとね。そのうち高い肉食わせてやるよ」の一言も履行されず、 まるっきりタダ働きだった。
(まあこれも公選法的にまずいとみなされるおそれがあるので断るしかなかったろうが)

***

 その後、一身上の都合で退職し、今に至るまで(時々単発バイトなど挟みつつ)在宅で仕事をしている。
 公務員は女性が育児をしながらやっていくには理想的だと思われているが、現実にはまあそれなりにいろいろ障壁もある。

 1年間は1日90分の「育児休暇」をもらったが、出勤・退勤時間を調整するくらいしか役に立たない上に、議会が始まれば残業も余儀なくされるので、育休もへったくれもなくなる。
 出産1年目はお目こぼしをいただいたけれど、そのうち年1、2回の出張はマストになるし、その程度の出張だって、近くに頼れる人がいないと「さあどうしよう…」となる。

 このままでは、勤めれば勤めるほど迷惑がかかってしまうことが予想された上に、体も相当参ってしまい、退職と帰郷を決意した。
 というよりも、帰郷するために退職したのだ。

***

 退職後は、速記学校の会ったこともない大先輩が勤めている会社から、半ばコネのような形で在宅仕事をもらえることになった。
(結構ぶしつけに手紙と履歴書を送りつけたら、たまたま勤めていたその人の「俺の後輩みたいだから便宜図ってやってよ」の一言で決まったというのが真相のようだ)
 当時はたまたま自分の地元の議会にも速記者を派遣していたので、定例会中は速記者としても派遣された。

 ただ、地方議会に顧客が多いことが災いし、繁閑の差がけっこう激しかった。

 気付けば全く仕事も収入もないという月が出始め、こりゃあかんと思って、今度は地元から比較的近い速記事務所に売り込んで仕事を得た。

 幸か不幸か、両方かけ持ちでも何とかなる程度しか仕事がなかったものの、単価が比較的高いので助かった。

 インターネットを始めてからは、業界メーリングリストにも参加するようになったので、地元NPOやその関係者から突発的に仕事が入ることも増えた。
 そのうちの何人かの方とは今もお付き合いがあるが、年に1、2本依頼があればよい方。
 改めて「よく今までやってこれたな…」とゾッとする。

***

 振り返ると、結局この仕事が好きだから続いてきたんだなと思えるけれど、向いているかいないかで聞かれると、正直よくわからない。

 というのも、今利用しているマッチングサイトで「タイピングが速い」「文字起こしが得意」とプロフィールに書いている人を見ると、嫌味でも何でもなく、「これを自分で言えるのはすごい」と素直に感心してしまうからだ。
 殊に20代より若い方(時には10代の人)が「経験あります。得意です」とPRしているのを見るのが辛い。

 もしも私が発注の立場だったら、絶対20代より下の人にはお任せしないだろう。
 この分野でのわかりやすい実績があればまた別だが、難関大学を出ている、漢字が得意で語彙が広い、専門分野が近いなどの優秀そうな要素は、自分としては正直あまりプラスにとらえない。

 20年以上やってきて得た結論として、文字起こしをするのにも最も大切なのは。「どれだけを聞いたことがあるか」ということだと思っているからだ。

 20代の頃の方が体力もあったし、多分聴力という意味での耳の機能も上だったろうが、全く聞いたことがない言葉というのは(バリバリの新語や固有名詞はともかく)今の方がはるかに少ないなあと思う。

 年食っていれば、おのずと聞いたコトバ数(かず)だけは多くなる。

 別に頭の中にきちんとしたデータベースが構築されているわけではなく、本当に理屈では説明できないけれど、未知なる言葉でも、○○界隈のこういう言葉だからこのあたり…という見当をつけて調べるのがかなり得意になった。

 それにはインターネットの普及も無関係ではないのだが、若い頃はそれ以前に「こんなの知らん!聞いたことない。もう諦める」となることが本当に多かった。
(オバチャンが若い頃は、パソ通くらいしかなかったのさ。そんで初めてネットに触れたのは30歳のときだったのさ)

 実際マッチングサイトの発注者クライアントさんは、私とは逆の発想をするだろうし、きっと皆さんいい仕事をなさっていて、評価も高いのだと思う。
 私自身は「あなた大学も出ていないのに、こんな仕事できるのー?」という趣旨の発言のもと、ソフトにお断りされたこともある――のだが、その方からは、今は定期に近い不定期でお仕事をいただいている(**)あんばいなので、大学で得る系統立った教養や専門とは別の分野にあるのがこの仕事だと実感せずにいられない。


**
2018年、母の手術入院をきっかけに一時的にその仕事を休み、うまいこと「契約終了」に持ち込んだ。
なぜ「うまいこと」かといえば、今なら絶対に受けないような価格での契約だったので、値上げ交渉中だったが、聞き入れてもらえない――という状態だったからだ。
**

 今はありがたいことに、日によっては1日で2、3件のスカウトが来る日もある。
 お得意さまもいれば、「ワーカー検索から来ました」とおっしゃる新規の方もいる。
 それに加えて公募にも積極的に応募し、振られることもあるが、それなりに採用もされるし、多分うぬぼれでも被害妄想でもなく、「このババァ邪魔だなあ」と、他のワーカーさんに思われるのは想像に難くない。

 でも、オイラ負けないよ(イメージCVは将棋の橋本崇載八段(※当時))

 語学に堪能なわけでも、プログラミングができるわけでも、絵が描けるわけでもない。
 私には何しろのだ。

「顔ちょこっといいのが取り柄の安サラリーマン」の妻として、自分に唯一できることで、何とかお金を稼いでいきたい。
(実の娘をして、「お父さんイケメンだけど、それだけだよね」と言われる始末)
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