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第1章 ゆうゆうじてき部
部活「β」
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レイはといえば、「ゆうゆうじてき部」という部に入った。
ここで説明をしなくてはならないんだけど、我が九中の部活は「α」と「β」に分かれている。
αというのは、各種運動部とか合唱部とか、毎日きっちり活動があり、競技会やコンクールで実績を上げることが期待されている系の、この言い方が正しいかはわかんないけど「部活らしい部活」ということ。
対してβというのは、一応部活として認められており、予算もつくにはつくんだけど、毎日活動することもなく、また特に目指している大会もない。英語や科学などのお勉強系が多い。
こちらは塾通いや習い事、学校外のスポーツ活動により力を入れている人や、家の事情で部活が難しい人が形だけ入部する。
そこまでして部活させなくてもと思うけれど、週1、2回の活動すら来ない幽霊部員、実質帰宅部の人も珍しくないようだ。
そんなβの中でも異彩を放つというか、飛びぬけてうさんくさい「ゆうゆうじてき部」にレイのような人が入ったのは、表向きは「通塾のため」なのだが、塾は6時からなので、毎日のようにプレハブ小屋の部室に行って、将棋をさしたり、漫画を読んだり、時には近くの公園でフリスビーやキャッチボールをしたりするらしい。
(グラウンドでやっていたら、よその部活の顧問に怒鳴られたそうだが、そりゃそうだろう)
実はゆうゆうじてき部は少し前まで、晴耕雨読部という名前だった。
そういう人をバカにする意図は全くないけれど、改名の経緯を聞いて少し呆れた。
部活内容を部員に聞いた保護者が、「漫画読んだり、花育てたり…」と言われ、「耕すなのに畑はやらないのか!漫画は読書じゃないだろう!」というキレ方をし、学校に抗議したのだという。
晴耕雨読という四字熟語の理解がよほど杓子定規というか、分かっていない人だったのだろう。
そして当時の顧問の(通算15年以上うちの中学校にいるらしいので、今も顧問だけど)河島先生が、「じゃ、同じ意味の四字熟語「悠々自適部」にでも改名しよう。ついでにバカでも読めるように平仮名にしてやるわい」と、はっきり口には出さないものの思い、表向きにそれっぽい理由をこしらえて、今の部活名にしたのだそうだ。
◇◇◇
どうして部外者の私がそんなことを知っているかといえば、レイが教えてくれたからだ。
河島先生が「お前らなら理解できそうだから、真相を教えよう」と言って、バカでも云々の話をしてくれたのだそうだ。
「漢字でもどうかと思うのに、平仮名のせいで、さらに年配の人っぽさが出ちゃったけどね。とても中学校の部活名じゃないでしょ?」
「でも、なんか漫画とかアニメに出てきそうだよね、そういう変わった部活」
「やっぱそう思う?」
「顧問がへ…風変わりっていうのもね」
「今、「変」って言いかけたでしょ」
「あ…はは…」
「河島先生って飄々として確かに変わっているけど、付き合いやすいっていうか、いい先生だよ」
「そうみたいだね。レイの本質をすぐ見抜いたのもすごい」
「うん、まつりちゃんならそう言うと思ったよ」
レイは人を呼び捨てにできないのだ。
ちなみに私の名前は「桐野まつり」といいます。
以後お見知りおきを。
ところで、河島先生がお前らと言ったように、この話を聞いた人物がもう1人いる。
私と同じクラスの喜多川史彦という子だ。
家はケーキ屋さんで、「小さな弟や妹が合計3人いて、面倒を見なければいけないから」という理由で「β」から選ぼうと思い、「なーんか面白そっ」という軽い動機でゆうゆうじてき部に入った。
食いしん坊で人懐っこく明るい性格なので、レイとは違った意味で人気がある。
部活はあくまで自分で選ぶものだし、βを選ぶ理由も自己申告で、たいていは認められる。
人気の男子が2人もいるのだから、βだろうが彼ら目当ての女子がいてもおかしくないと思うのだが、マイナー路線でよく分からない、うさんくさい感じがするようで、男子も女子も敬遠していた。
レイと喜多川君以外の部員はほぼ幽霊か、2人には無関心で1人で絵を描いたり本を読んだりしている子たちなので、みんなそれぞれに思い思いのことをしている。
ただ、部活としての体裁を保つため、花の種をまいて世話をし、観察日記をつけたりもしているようだ。
数千円だけつく部の予算は、花の種や肥料なんかに使われるので、室内で遊ぶボードゲームや本は私物を持ち込んでいるということだ。
◇◇◇
ゆうゆうじてき部秘話を優香に聞かせたら、「おもしろそうじゃん。いっそ私たちもそっちに入ってずっと部室で歌ってようか?阿佐ヶ谷姉妹ならぬ片山姉妹とかさ」と、割と本気モードで言った。
私も「おそろいのドレス着ようか?」なんて答えたけれど、優香がそのとき退部の意志を固めているのは知っていた。
彼女はとてもきれいでしっかりした声の持ち主なんだけど、声量もすごい。
物静かに話す様子からは想像もつかないけれど、練習のとき、そのせいでしばしば悪目立ちしてしまっていたのだ。
少しでもテンポが狂ったり、音がずれたりすれば、みんなが彼女に引きずられる。
パートリーダーの上級生は「気にしないで、次はこうしてね」って優しくアドバイスしていたけれど、だんだん周囲の彼女を見る目が厳しくなってきて、
「私すっかり部活のガンになっちゃっているね」と笑っていた。
私は私で中音部パートの親睦のために誘われたカラオケの採点で、「音程は正確だけど、感情がこもっていない。表現力を養って」的なジャッジをされて、一緒に行った子たちに「それ私も思ってた」「なんか…お経っぽい」「ひょっとしてボカロのまね?」「音痴じゃないけどそれだけって感じ」と、追い打ちをかけるように歌い方をディスられた。
どうして人は、誰かを攻撃するとき、変な連帯感を発揮するんだろう。
部活中にされた注意なら謙虚に聞く気にもなれたけれど、ただ余暇に楽しく歌っているだけなのに。
こんなことを真に受けて怒ったら、空気を悪くしちゃうと思って、我慢して笑ったけど、やっぱり傷ついた。
コンクールを前に、私たちはそろって退部届を出した。
「このままでは部活に迷惑をかけてしまいそうなので」と言ったら、形ばかりの慰留はされたけれど、みんなほっとしていたんではないかと思う。
コンクールに出るための部員数は十分足りていたはずだから、罪悪感もなかった。ある意味ウインウインだった。
◇◇◇
私たちはその足で河島先生のところに行き、「ゆうゆうじてき部」に入部届を出した。
「片山姉妹でも結成するか?歓迎するぞ」とからかわれ、この愛すべき顧問の先生が、自分たちと発想が一緒であることに安心し、また顔を見合わせて大笑いした。
コーラスは、自分を出し過ぎてもダメ、出さな過ぎてもダメ。だからこそ美しいハーモニーにつながって素晴らしいんだけど、私たちには向かなかった。
レイが自分のお母さんが作ったきれいで上品なケーキを「オレにはちょっと違うんだ」って言ったことを思い出した。
世の中にはいろんな自分に不向きがあふれている。
ここで説明をしなくてはならないんだけど、我が九中の部活は「α」と「β」に分かれている。
αというのは、各種運動部とか合唱部とか、毎日きっちり活動があり、競技会やコンクールで実績を上げることが期待されている系の、この言い方が正しいかはわかんないけど「部活らしい部活」ということ。
対してβというのは、一応部活として認められており、予算もつくにはつくんだけど、毎日活動することもなく、また特に目指している大会もない。英語や科学などのお勉強系が多い。
こちらは塾通いや習い事、学校外のスポーツ活動により力を入れている人や、家の事情で部活が難しい人が形だけ入部する。
そこまでして部活させなくてもと思うけれど、週1、2回の活動すら来ない幽霊部員、実質帰宅部の人も珍しくないようだ。
そんなβの中でも異彩を放つというか、飛びぬけてうさんくさい「ゆうゆうじてき部」にレイのような人が入ったのは、表向きは「通塾のため」なのだが、塾は6時からなので、毎日のようにプレハブ小屋の部室に行って、将棋をさしたり、漫画を読んだり、時には近くの公園でフリスビーやキャッチボールをしたりするらしい。
(グラウンドでやっていたら、よその部活の顧問に怒鳴られたそうだが、そりゃそうだろう)
実はゆうゆうじてき部は少し前まで、晴耕雨読部という名前だった。
そういう人をバカにする意図は全くないけれど、改名の経緯を聞いて少し呆れた。
部活内容を部員に聞いた保護者が、「漫画読んだり、花育てたり…」と言われ、「耕すなのに畑はやらないのか!漫画は読書じゃないだろう!」というキレ方をし、学校に抗議したのだという。
晴耕雨読という四字熟語の理解がよほど杓子定規というか、分かっていない人だったのだろう。
そして当時の顧問の(通算15年以上うちの中学校にいるらしいので、今も顧問だけど)河島先生が、「じゃ、同じ意味の四字熟語「悠々自適部」にでも改名しよう。ついでにバカでも読めるように平仮名にしてやるわい」と、はっきり口には出さないものの思い、表向きにそれっぽい理由をこしらえて、今の部活名にしたのだそうだ。
◇◇◇
どうして部外者の私がそんなことを知っているかといえば、レイが教えてくれたからだ。
河島先生が「お前らなら理解できそうだから、真相を教えよう」と言って、バカでも云々の話をしてくれたのだそうだ。
「漢字でもどうかと思うのに、平仮名のせいで、さらに年配の人っぽさが出ちゃったけどね。とても中学校の部活名じゃないでしょ?」
「でも、なんか漫画とかアニメに出てきそうだよね、そういう変わった部活」
「やっぱそう思う?」
「顧問がへ…風変わりっていうのもね」
「今、「変」って言いかけたでしょ」
「あ…はは…」
「河島先生って飄々として確かに変わっているけど、付き合いやすいっていうか、いい先生だよ」
「そうみたいだね。レイの本質をすぐ見抜いたのもすごい」
「うん、まつりちゃんならそう言うと思ったよ」
レイは人を呼び捨てにできないのだ。
ちなみに私の名前は「桐野まつり」といいます。
以後お見知りおきを。
ところで、河島先生がお前らと言ったように、この話を聞いた人物がもう1人いる。
私と同じクラスの喜多川史彦という子だ。
家はケーキ屋さんで、「小さな弟や妹が合計3人いて、面倒を見なければいけないから」という理由で「β」から選ぼうと思い、「なーんか面白そっ」という軽い動機でゆうゆうじてき部に入った。
食いしん坊で人懐っこく明るい性格なので、レイとは違った意味で人気がある。
部活はあくまで自分で選ぶものだし、βを選ぶ理由も自己申告で、たいていは認められる。
人気の男子が2人もいるのだから、βだろうが彼ら目当ての女子がいてもおかしくないと思うのだが、マイナー路線でよく分からない、うさんくさい感じがするようで、男子も女子も敬遠していた。
レイと喜多川君以外の部員はほぼ幽霊か、2人には無関心で1人で絵を描いたり本を読んだりしている子たちなので、みんなそれぞれに思い思いのことをしている。
ただ、部活としての体裁を保つため、花の種をまいて世話をし、観察日記をつけたりもしているようだ。
数千円だけつく部の予算は、花の種や肥料なんかに使われるので、室内で遊ぶボードゲームや本は私物を持ち込んでいるということだ。
◇◇◇
ゆうゆうじてき部秘話を優香に聞かせたら、「おもしろそうじゃん。いっそ私たちもそっちに入ってずっと部室で歌ってようか?阿佐ヶ谷姉妹ならぬ片山姉妹とかさ」と、割と本気モードで言った。
私も「おそろいのドレス着ようか?」なんて答えたけれど、優香がそのとき退部の意志を固めているのは知っていた。
彼女はとてもきれいでしっかりした声の持ち主なんだけど、声量もすごい。
物静かに話す様子からは想像もつかないけれど、練習のとき、そのせいでしばしば悪目立ちしてしまっていたのだ。
少しでもテンポが狂ったり、音がずれたりすれば、みんなが彼女に引きずられる。
パートリーダーの上級生は「気にしないで、次はこうしてね」って優しくアドバイスしていたけれど、だんだん周囲の彼女を見る目が厳しくなってきて、
「私すっかり部活のガンになっちゃっているね」と笑っていた。
私は私で中音部パートの親睦のために誘われたカラオケの採点で、「音程は正確だけど、感情がこもっていない。表現力を養って」的なジャッジをされて、一緒に行った子たちに「それ私も思ってた」「なんか…お経っぽい」「ひょっとしてボカロのまね?」「音痴じゃないけどそれだけって感じ」と、追い打ちをかけるように歌い方をディスられた。
どうして人は、誰かを攻撃するとき、変な連帯感を発揮するんだろう。
部活中にされた注意なら謙虚に聞く気にもなれたけれど、ただ余暇に楽しく歌っているだけなのに。
こんなことを真に受けて怒ったら、空気を悪くしちゃうと思って、我慢して笑ったけど、やっぱり傷ついた。
コンクールを前に、私たちはそろって退部届を出した。
「このままでは部活に迷惑をかけてしまいそうなので」と言ったら、形ばかりの慰留はされたけれど、みんなほっとしていたんではないかと思う。
コンクールに出るための部員数は十分足りていたはずだから、罪悪感もなかった。ある意味ウインウインだった。
◇◇◇
私たちはその足で河島先生のところに行き、「ゆうゆうじてき部」に入部届を出した。
「片山姉妹でも結成するか?歓迎するぞ」とからかわれ、この愛すべき顧問の先生が、自分たちと発想が一緒であることに安心し、また顔を見合わせて大笑いした。
コーラスは、自分を出し過ぎてもダメ、出さな過ぎてもダメ。だからこそ美しいハーモニーにつながって素晴らしいんだけど、私たちには向かなかった。
レイが自分のお母さんが作ったきれいで上品なケーキを「オレにはちょっと違うんだ」って言ったことを思い出した。
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