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第21章 再び…
密会
しおりを挟むこの間、千奈美とここを貸してもらったときとは状況が違う。
家からそう遠くない場所、男性のひとり暮らしの部屋に勝手に入る。
何となく、宗太と会っていたときのことを思い出す。
といっても、小さなケーキ屋さんの裏手の、よほどの事情通でなければ、そこにアパートがあることすら分からない場所でもあるし、人目につきにくい。
第一「彼」自身が、どこの誰だか分からない女とよろしくやっている真っ最中だろう。それにひきかえ私は神谷君と話すだけなのだから――と、べったりと言い訳を張りつけ、彼の部屋に勝手に上がらせてもらった。
◇◇◇
この間は「適度な生活感があるがすっきりした部屋」程度の印象だったが、今回はぐるりと見渡した後、書棚の本に目が行った。
私はあまりミステリーは読まないが、彼は有名なミステリーのレーベルの文庫本をたくさん持っているようだ。それとビジネス書が数冊に、漫画も少しだけある。
実は神谷君のことをそんなによく知っているわけでもないのに、何だか「らしいなあ」と思ってしまうラインナップだ。
少し背の高い本が入れられるスペースに、A4サイズで厚さ1センチあるかないかの本があった。写真集とか、ピアノの楽譜集みたいな質感の本。
背表紙には、市内にある単位制高校の名前があった。どうやらいわゆる「卒業アルバム」というものらしい。そういう学校でもアルバムを作るというのは意外だった。
興味が湧いて開いたら、そのタイミングで神谷君がドアを開けて入ってきたので、反射的に本棚に戻してしまった。
「お待たせ。店の方は何とからなりそうだから、サボらせてもらったよ」
「いいの?」
「いつも真面目にやってるし、ここのところ休暇も取ってなかったから」
「そうなんだ…」
◇◇◇
「実はこの間の話…ちょっと聞こえちゃってね…」
「だよね」
「あの――天野さんは相原って先輩と結婚したんだね?」
「――うん」
幸助、という名前から、千奈美と「彼」、そして私との相関関係も想像してしまったようだ。やっぱり彼は勘がいい。
「オレ、財布盗ったって疑いかけられるちょっと前に、あの先輩と廊下ですれ違うとき、気になることを言われたんだ」
「気になること?」
「マナちゃんは頭が悪いから、個人教授も骨が折れるだろう?」って」
「ああ…」
いかにも「彼」が言いそうなことだ。
「あのときは正直、オレに話しかけてきたのかどうかも分からない状況だったから、「え?」と思っているうちに相原さんは離れていったんだけど、妙にひっかかる言い方だったから」
「話したいことって――そのこと?」
「それだけではないんだけど、まあそうかな」
どうしようか迷ったけれど、私は財布盗難の真相について自分が思うところを正直に言った。
もうKamiyaにケーキを食べにくることもできなくなるだろうが、それは自分が蒔いた種だ――あんな男と付き合っていたのが悪い。ましてや今は、その男の妻ときた。どの面下げて店に来られるか。
「多分そういうことだろうね。正直言うと、あのとき天野さんの顔をチラ見したのも、それがあったからというのは否定できない」
「…」
「でも、誤解しないで?オレあのときの天野さんの顔を見て、この子は何も知らないって確信したんだ。第一、相原さんがオレをハメたって証拠は何もないでしょ?」
自分をハメたかもしれない先輩に「さん」付け。
私はやっぱりもうこの人と関わってはいけないと思った。
「ごめんなさい。どうわびても足りないくらいのことをしてしまったかもしれないけれど、ごめんなさい」
「だから君が悪いわけじゃ…」
「あの…全然償いにはならないんだけど、もうお店にはお邪魔しません」
そう言って私は立ち去ろうとしたが、神谷君に左手首をつかまれた。
「それは困る!せめてお店にお金落としてくれないと!」
「え…?」
「それに、君の顔が見られなくなる方が、オレにしてみたらペナルティーだし」
「そんな…」
「ずっと君のことが好きだったし、再会できてうれしかった。こんなときに言うべき言葉じゃないのは分かってるけど」
この先どうなるか、簡単に想像できる。
この期に及んで「私たち、友達でしょ?」なんてきれいごとは言いたくない。
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