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朝に
93.
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「なんだ、おまえら朝っぱらから集まって」
そこに。
冬乃の天敵、土方までもが顔を出した。
途端、土方のほうも冬乃の存在を見つけ。
「・・おめえ」
(む)
こんなところまで来るなよ
とでも言いたげな眼を刹那に向けられ。冬乃は慣れたとはいえ、気分がよくない。
「おはようございます、土方副長」
渋顔で挨拶を渡した冬乃に、土方はふんと鼻を鳴らした。
かあ
遠く頭上を烏が、間抜けた声を落として去っていく。
「冬乃さんは、ここには少しは慣れたのかな」
漂った剣呑な雰囲気を気遣うように、人懐こい笑顔で島田が、冬乃へ話しかけてくれた。
「あ、はい。おかげさまでなんとか」
「それはよかった。男所帯の中ではいろいろ大変でしょうけど、がんばってください」
(島田様、天使~!!)
「ありがとうございます・・!」
「では顔合わせも済んだことだし、中、覘いていきますか。といっても小さい部屋が二つあるだけですが」
沖田が当初の提案を覚えていてくれた様子で、はっと顔をあげた冬乃を促すように、縁側へと上がり。
慌てて草履を脱ぎ、沖田に続いた冬乃に、
「待て」
しかし制止の一声が響いた。
「総司、この女から密偵の疑いが完全に失せたわけじゃねえ。こんな所まで案内するな」
(うわ・・)
「今は使用人として働いてもらってる以上、ここにも出入りすることはあるでしょう」
勝手を知っておいたほうがいいのでは
と、土方の制止に対し沖田が素気なく返すのへ。
「駄目だと言ったら駄目だ!」
ぴしゃり、と土方が言い放った。
「おいおい、朝からそう怒鳴るな」
そこへ障子の奥から、さらに男が出てきた。
(近藤様!)
「おはようございます、先生」
「おはよう、近藤さん」
「おはようございます、局長」
それぞれが途端に近藤へ向き直って挨拶し。
「みんなおはよう」
冬乃さんもおはよう
と、変わらぬにこやかな微笑で、近藤が冬乃を向いて、
「おはようございます近藤様」
冬乃は畏まってぺこりと返し。
「いいじゃないか、歳」
そんな冬乃の耳に、近藤の穏やかな声が届いた。
「べつに見られて困る物など、そもそも置いてないだろう」
「土方さん、俺からも頼むよ」
永倉の声が追った。
「冬乃さんが出入りしてくれれば、ここの掃除洗濯をこれからは彼女に頼めるんだろ?」
(はは)
続いたその台詞には、少々苦笑したものの冬乃は、顔をあげて。
「もちろん、させていただけるなら喜んで致します」
すかさず永倉が、おっ。と嬉しそうに微笑った。できた愛嬌のある笑窪に、冬乃はおもわず絆される。
「・・・近藤さんが良いっていうなら俺は止めねえよ。が、永倉、おめえ洗濯くれえ自分でやるか下男にやらせろよ」
「え?」
「女に下帯洗わせる気か」
「こりゃ違いねえ」
土方のツッコミに。永倉が、首の後ろを掻いてみせ。
(た、たしかに)
冬乃も冬乃で目を瞬かせた。
そういえば洗濯するとなれば、上着だけじゃないに決まっている。
(でも、)
沖田のであれば。構わないのだが。
(ていうか、えと・・)
どちらかというと洗ってみたい・・・。
よもや冬乃がそんなことを咄嗟に思っているとは、露ほども知らぬ土方達が、収まったその場を解散する素振りになり、
そんななか沖田が冬乃を振り返り、眼でついてくるよう伝えてきた。
部屋は二つが横並びに繋がった形だった。
縁側に面していない奥の座敷は、近藤と土方山南が使っていると、沖田が説明する。
「あの、」
冬乃は、そこで目に飛び込んできた異様な光景を凝視した。
「この防具の山は・・・」
古びた剣道の胴当てが、壁一面に所せましと積みあがっているのである。
「ああ、」
沖田がけろりと笑った。
「簡易の槍除けです」
槍除け!?
目を丸くする冬乃に、沖田が補足する。
「これだけ小さい建物だからね、外から槍なんかで突かれたら、ひとたまりもない」
「・・・」
さすが。
納得すると同時に。この時代が確かに戦乱の世なのだと、改めて実感し。
冬乃は、小さく息を吐きながら、ぐるりと見渡してみた。
ただでさえ狭い部屋が、これではよけいに狭い。
(屯所よりは少しくらい広いところで、ちゃんと休めてるとよかったのに・・)
沖田達もまた、足の踏み場もない状態で寝ているのだろう。
たしか、そのうち彼ら近藤派幹部たちも前川屯所へ移り、あいかわらずの混雑の中で寝るようになるといわれているが。
まだ西本願寺に移るまでは、
「今は狭くてお辛いでしょうけど・・」
これは、言ってもいいだろう、
冬乃は、吟味して台詞を紡ぎ出す。
「まだもう少し時間はかかりますが、そのうち広い場所へ移れますから。」
「そうですか。楽しみだな」
沖田が笑った。
信じてくれているわけでなくても。否定もしないで聞いてくれる。
冬乃はそれだけで嬉しかった。
(沖田様。本当にありがとうございます)
こうして沖田に出逢えたことで、
この先の、彼の生きる間はその傍で自分も生きていたいと。強く願うようになっている事に、気づいている。
でも一方で、いま死んでしまってもいいくらい、幸せで。
(だけど、叶うなら。いつまでも貴方のそばにいたい)
冬乃は、穏やかに微笑んでいる沖田を見上げた。
この先の、沖田との新選組での生活に、想いを馳せて。
第一部 了
そこに。
冬乃の天敵、土方までもが顔を出した。
途端、土方のほうも冬乃の存在を見つけ。
「・・おめえ」
(む)
こんなところまで来るなよ
とでも言いたげな眼を刹那に向けられ。冬乃は慣れたとはいえ、気分がよくない。
「おはようございます、土方副長」
渋顔で挨拶を渡した冬乃に、土方はふんと鼻を鳴らした。
かあ
遠く頭上を烏が、間抜けた声を落として去っていく。
「冬乃さんは、ここには少しは慣れたのかな」
漂った剣呑な雰囲気を気遣うように、人懐こい笑顔で島田が、冬乃へ話しかけてくれた。
「あ、はい。おかげさまでなんとか」
「それはよかった。男所帯の中ではいろいろ大変でしょうけど、がんばってください」
(島田様、天使~!!)
「ありがとうございます・・!」
「では顔合わせも済んだことだし、中、覘いていきますか。といっても小さい部屋が二つあるだけですが」
沖田が当初の提案を覚えていてくれた様子で、はっと顔をあげた冬乃を促すように、縁側へと上がり。
慌てて草履を脱ぎ、沖田に続いた冬乃に、
「待て」
しかし制止の一声が響いた。
「総司、この女から密偵の疑いが完全に失せたわけじゃねえ。こんな所まで案内するな」
(うわ・・)
「今は使用人として働いてもらってる以上、ここにも出入りすることはあるでしょう」
勝手を知っておいたほうがいいのでは
と、土方の制止に対し沖田が素気なく返すのへ。
「駄目だと言ったら駄目だ!」
ぴしゃり、と土方が言い放った。
「おいおい、朝からそう怒鳴るな」
そこへ障子の奥から、さらに男が出てきた。
(近藤様!)
「おはようございます、先生」
「おはよう、近藤さん」
「おはようございます、局長」
それぞれが途端に近藤へ向き直って挨拶し。
「みんなおはよう」
冬乃さんもおはよう
と、変わらぬにこやかな微笑で、近藤が冬乃を向いて、
「おはようございます近藤様」
冬乃は畏まってぺこりと返し。
「いいじゃないか、歳」
そんな冬乃の耳に、近藤の穏やかな声が届いた。
「べつに見られて困る物など、そもそも置いてないだろう」
「土方さん、俺からも頼むよ」
永倉の声が追った。
「冬乃さんが出入りしてくれれば、ここの掃除洗濯をこれからは彼女に頼めるんだろ?」
(はは)
続いたその台詞には、少々苦笑したものの冬乃は、顔をあげて。
「もちろん、させていただけるなら喜んで致します」
すかさず永倉が、おっ。と嬉しそうに微笑った。できた愛嬌のある笑窪に、冬乃はおもわず絆される。
「・・・近藤さんが良いっていうなら俺は止めねえよ。が、永倉、おめえ洗濯くれえ自分でやるか下男にやらせろよ」
「え?」
「女に下帯洗わせる気か」
「こりゃ違いねえ」
土方のツッコミに。永倉が、首の後ろを掻いてみせ。
(た、たしかに)
冬乃も冬乃で目を瞬かせた。
そういえば洗濯するとなれば、上着だけじゃないに決まっている。
(でも、)
沖田のであれば。構わないのだが。
(ていうか、えと・・)
どちらかというと洗ってみたい・・・。
よもや冬乃がそんなことを咄嗟に思っているとは、露ほども知らぬ土方達が、収まったその場を解散する素振りになり、
そんななか沖田が冬乃を振り返り、眼でついてくるよう伝えてきた。
部屋は二つが横並びに繋がった形だった。
縁側に面していない奥の座敷は、近藤と土方山南が使っていると、沖田が説明する。
「あの、」
冬乃は、そこで目に飛び込んできた異様な光景を凝視した。
「この防具の山は・・・」
古びた剣道の胴当てが、壁一面に所せましと積みあがっているのである。
「ああ、」
沖田がけろりと笑った。
「簡易の槍除けです」
槍除け!?
目を丸くする冬乃に、沖田が補足する。
「これだけ小さい建物だからね、外から槍なんかで突かれたら、ひとたまりもない」
「・・・」
さすが。
納得すると同時に。この時代が確かに戦乱の世なのだと、改めて実感し。
冬乃は、小さく息を吐きながら、ぐるりと見渡してみた。
ただでさえ狭い部屋が、これではよけいに狭い。
(屯所よりは少しくらい広いところで、ちゃんと休めてるとよかったのに・・)
沖田達もまた、足の踏み場もない状態で寝ているのだろう。
たしか、そのうち彼ら近藤派幹部たちも前川屯所へ移り、あいかわらずの混雑の中で寝るようになるといわれているが。
まだ西本願寺に移るまでは、
「今は狭くてお辛いでしょうけど・・」
これは、言ってもいいだろう、
冬乃は、吟味して台詞を紡ぎ出す。
「まだもう少し時間はかかりますが、そのうち広い場所へ移れますから。」
「そうですか。楽しみだな」
沖田が笑った。
信じてくれているわけでなくても。否定もしないで聞いてくれる。
冬乃はそれだけで嬉しかった。
(沖田様。本当にありがとうございます)
こうして沖田に出逢えたことで、
この先の、彼の生きる間はその傍で自分も生きていたいと。強く願うようになっている事に、気づいている。
でも一方で、いま死んでしまってもいいくらい、幸せで。
(だけど、叶うなら。いつまでも貴方のそばにいたい)
冬乃は、穏やかに微笑んでいる沖田を見上げた。
この先の、沖田との新選組での生活に、想いを馳せて。
第一部 了
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