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囁きの礼拝堂
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王都の夜を裂くように、鐘が鳴っていた。
“祈りの鐘”ではない。
――“清め”の鐘。
罪あるものを排し、神殿を守るための警鐘。
私はフードを深くかぶり、教会の裏門を潜った。
月明かりが石畳を濡らしている。
冷たい空気の中に、香の煙が漂い、血のように甘い。
「まさか、あなたがこの場所に戻るとは。」
薄暗い回廊の奥で、低い声が響いた。
その声の主――修道院時代の老司祭、オーウェン。
かつて私に神学を教えた人だ。
彼の顔はしわに覆われていたが、瞳の奥は相変わらず澄んでいた。
「あなたが“異端”と呼ばれていることは聞いています。」
「ええ。光を当てたら、闇が吠えた。それだけですわ。」
「何を求めに来た?」
「寄付帳の原本を。教会の金の流れを記した“真の記録”を。」
オーウェンの表情がわずかに曇る。
「……あなたはまだ、“人を赦せない”のか。」
「赦す? 違います。」
私は首を振った。
「私は裁くのです。
神が沈黙するなら、私が語る番だから。」
彼は長い沈黙の後、背を向けた。
「ついて来なさい。」
回廊を抜け、奥の礼拝堂へ。
誰もいない。
ただ、蝋燭の灯だけが幾百もの影を作っていた。
壁には聖職者たちの名が刻まれ、
その下の石板の奥に、古い帳簿が封じられている。
「ここにあるのは“神聖なる記録”。
本来、誰の目にも晒してはならぬ。」
「だからこそ、ここにあるのですね。
――嘘もまた、神聖の皮を被る。」
オーウェンが振り返った。
その瞳に、悲しみとも敬意ともつかぬ光が宿る。
「お前は、変わったな。
だが、あの時の“セレスティア”のままだ。」
「……いいえ。
あの娘は、あなたの教えを守れなかった。
今の私は、“沈黙の女神”です。」
私は石板に手を当てた。
冷たい。
その感触が、まるで神の背中のように動かない。
だが、祈る代わりに私は呟いた。
「神よ、私を見捨てて構わない。
でも、この嘘だけは許さないで。」
金属の音が響いた。
鍵が回り、石板が静かに開く。
中から、羊皮紙に包まれた帳簿が現れた。
古い、けれど確かに“本物”。
オーウェンが震える声で言った。
「持って行きなさい。
だが、これを持ち出せば――あなたは本当に、神の敵になる。」
「ええ。けれど、“人の正義”の味方にはなれる。」
その言葉に、老司祭は目を閉じた。
「……それが、神よりも難しいことだと知っているか?」
「知っています。」
「ならば、行きなさい。」
私は深く一礼した。
その姿を見て、オーウェンが小さく笑った。
「マリアは、あなたを誇りに思うだろう。」
その名を聞いた瞬間、胸の奥が痛んだ。
私は振り返らずに歩き出した。
礼拝堂を出る直前、
ふと背後から声がした。
「セレスティア。
――お前が沈黙を破るなら、せめて“優しくあれ”。」
答えなかった。
けれど、その言葉は確かに心に残った。
外に出ると、夜明けの気配が近づいていた。
帳簿を抱きしめ、私は息を吐いた。
手の中のそれは、神の記録ではなく、罪の証。
東の空が白み始める。
空を見上げ、私は微笑んだ。
「ありがとう、神様。
私に沈黙を破る罪を与えてくれて。」
光の下、黒衣の裾がふわりと舞う。
その姿は、まるで新しい神の影のようだった。
“祈りの鐘”ではない。
――“清め”の鐘。
罪あるものを排し、神殿を守るための警鐘。
私はフードを深くかぶり、教会の裏門を潜った。
月明かりが石畳を濡らしている。
冷たい空気の中に、香の煙が漂い、血のように甘い。
「まさか、あなたがこの場所に戻るとは。」
薄暗い回廊の奥で、低い声が響いた。
その声の主――修道院時代の老司祭、オーウェン。
かつて私に神学を教えた人だ。
彼の顔はしわに覆われていたが、瞳の奥は相変わらず澄んでいた。
「あなたが“異端”と呼ばれていることは聞いています。」
「ええ。光を当てたら、闇が吠えた。それだけですわ。」
「何を求めに来た?」
「寄付帳の原本を。教会の金の流れを記した“真の記録”を。」
オーウェンの表情がわずかに曇る。
「……あなたはまだ、“人を赦せない”のか。」
「赦す? 違います。」
私は首を振った。
「私は裁くのです。
神が沈黙するなら、私が語る番だから。」
彼は長い沈黙の後、背を向けた。
「ついて来なさい。」
回廊を抜け、奥の礼拝堂へ。
誰もいない。
ただ、蝋燭の灯だけが幾百もの影を作っていた。
壁には聖職者たちの名が刻まれ、
その下の石板の奥に、古い帳簿が封じられている。
「ここにあるのは“神聖なる記録”。
本来、誰の目にも晒してはならぬ。」
「だからこそ、ここにあるのですね。
――嘘もまた、神聖の皮を被る。」
オーウェンが振り返った。
その瞳に、悲しみとも敬意ともつかぬ光が宿る。
「お前は、変わったな。
だが、あの時の“セレスティア”のままだ。」
「……いいえ。
あの娘は、あなたの教えを守れなかった。
今の私は、“沈黙の女神”です。」
私は石板に手を当てた。
冷たい。
その感触が、まるで神の背中のように動かない。
だが、祈る代わりに私は呟いた。
「神よ、私を見捨てて構わない。
でも、この嘘だけは許さないで。」
金属の音が響いた。
鍵が回り、石板が静かに開く。
中から、羊皮紙に包まれた帳簿が現れた。
古い、けれど確かに“本物”。
オーウェンが震える声で言った。
「持って行きなさい。
だが、これを持ち出せば――あなたは本当に、神の敵になる。」
「ええ。けれど、“人の正義”の味方にはなれる。」
その言葉に、老司祭は目を閉じた。
「……それが、神よりも難しいことだと知っているか?」
「知っています。」
「ならば、行きなさい。」
私は深く一礼した。
その姿を見て、オーウェンが小さく笑った。
「マリアは、あなたを誇りに思うだろう。」
その名を聞いた瞬間、胸の奥が痛んだ。
私は振り返らずに歩き出した。
礼拝堂を出る直前、
ふと背後から声がした。
「セレスティア。
――お前が沈黙を破るなら、せめて“優しくあれ”。」
答えなかった。
けれど、その言葉は確かに心に残った。
外に出ると、夜明けの気配が近づいていた。
帳簿を抱きしめ、私は息を吐いた。
手の中のそれは、神の記録ではなく、罪の証。
東の空が白み始める。
空を見上げ、私は微笑んだ。
「ありがとう、神様。
私に沈黙を破る罪を与えてくれて。」
光の下、黒衣の裾がふわりと舞う。
その姿は、まるで新しい神の影のようだった。
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