捨てられたので、私はもうあなたたちに用はありません

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幸福の定義

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春の風が、街の花々を揺らしていた。
光の街は、今日も朝から賑やかだ。
商人の声、子どもの笑い声、パンを焼く匂い――
あの“沈黙”しかなかった日々が、遠い夢のように思える。

セレスティアは、再生院の庭で椅子に腰かけ、
子どもたちが木を植えるのを見守っていた。
「深く掘ってね。根が呼吸できるように。」

子どもたちは元気に頷く。
「うん! セラ先生、これ大きくなるかな?」
「ええ。光を求める木は、必ず空へ伸びるわ。」

その言葉に、彼女自身が少し微笑む。
――ああ、私もそうだった。
どれほど暗くても、光を求めていた。



昼過ぎ。
再生院の屋上から街を見下ろす。
遠くで鐘が鳴り、人々が市を開いている。
その穏やかな光景の中で、リオネルが隣に立った。

「もう完全に、“光の母”として慕われてますね。」
「ふふ、あの呼び方はやめてって言ったのに。」
「無理ですよ。誰も、あなたを“沈黙の女”とは呼ばない。」

セレスティアは微笑む。
「それでも、私はあの沈黙が好きよ。」
「好き……ですか?」
「ええ。沈黙は、悲しみを閉じ込めるものだと思っていた。
 でも今は違う。沈黙は、幸せを包み込むものなの。」

リオネルが少し目を細めた。
「……なるほど。
 あなたは、沈黙を“終わり”ではなく、“始まり”に変えたんですね。」

「そうかもしれないわ。」
セレスティアは空を見上げた。
雲ひとつない空。光が溢れている。



風が頬を撫でる。
セレスティアが静かに言葉を続けた。

「ねぇ、リオネル。」
「はい。」
「あなたにとって、“幸福”って何だと思う?」

彼は少し考えてから、柔らかく答える。
「誰かのために沈黙できること、です。」
「……沈黙?」
「ええ。言い訳も弁解もせず、
 ただそばで見守るだけの強さを持つこと。
 それが幸福だと思う。」

セレスティアは目を細めた。
「らしい答えね。」

「あなたは?」
彼の問いに、彼女は少し考えてから、
ゆっくりと微笑んだ。

「幸福とはね……
 誰の悲鳴も、聞こえない朝を迎えることよ。」

リオネルが笑った。
「あなたらしい定義ですね。」
「復讐の夜を知っているからこそ、
 静かな朝がどれほど尊いかわかるの。」

彼女はゆっくりと立ち上がり、
広場にいる人々を見下ろす。
笑う声。歌う声。
そのどれもが、彼女の沈黙の中に溶けていく。

「私はもう、沈黙を恐れない。
 沈黙の中で、人は光を見つけるから。」



夕暮れ。
市場の灯がともり、人々が今日を祝うようにパンを分け合っていた。
リオネルが並んで歩く彼女に尋ねる。

「これからは、どう生きるつもりですか?」
「生きる、か……。」

セレスティアは少し考えてから答えた。
「たぶん、誰かの声を聞くために生きる。
 沈黙しかなかった私に、声をくれた人たちがいるから。」

リオネルはその横顔を見つめながら言った。
「あなたの声も、誰かを救う声になるでしょう。」

彼女は照れくさそうに笑う。
「それなら、少しだけ誇ってもいいかしら。」

「ええ。誰よりも。」

二人は並んで歩き出す。
通りを抜け、夜の灯が続く先へ。



その夜、風が街を撫でた。
花の香りが漂い、窓の明かりが瞬く。
どこからか、子どもたちの歌声が聞こえる。

「ひかり しんじる まけない こころ」

セレスティアは目を閉じ、その歌に耳を傾けた。
胸の奥に、やさしい痛みが広がる。

「――これが、幸福なのね。」

呟いた声は夜風に乗り、
星の海へと溶けていった。
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