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沈黙の病
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朝の市場は、いつもより静かだった。
人々は口を開くものの、笑い声も呼びかけも、どこかぎこちない。
昨日、再生院の前で“声を失った男”の噂が、
瞬く間に王都中へと広がっていたのだ。
「突然、言葉が出なくなったらしい。」
「でも生きているんだろう?」
「ええ。ただ、あの人……夢の中で“女神が微笑んだ”って。」
誰かが囁くたび、周囲の者は息を潜める。
“女神の微笑み”という言葉が、いつのまにか祝福と呪いの両義語になっていた。
再生院の執務室。
セレスティアは机の上の報告書に目を落としていた。
王都の南区、西区、北門の近く――
“声を失った者”がそれぞれ一人ずつ現れたという。
どの者も命に別状はない。
だが、共通点があった。
――彼らは皆、かつて“嘘をついた”者たち。
商人、官吏、そして罪を隠した貴族。
セレスティアは無意識に拳を握りしめた。
「……これは、偶然じゃない。」
リオネルが静かに言った。
「ですが、誰かが意図的に仕組んでいるようには見えません。
医師も祈祷師も原因を突き止められない。」
「夢を見たそうね。」
「はい。“光の中で、女神が微笑む夢”。」
セレスティアはゆっくりと息を吐いた。
「女神――私のこと、かしら。」
リオネルは彼女をまっすぐに見つめる。
「人々はあなたを信じています。
それゆえに、あなたが微笑むだけで“意味”が生まれる。
それが恐ろしいんです。」
「信仰は刃ね……。」
セレスティアは小さく呟いた。
「祈るほど、血を流すの。」
その日、セレスティアは自ら街へ出た。
南区の広場。
そこには、声を失った若い娘が座り込んでいた。
目を見開いたまま、喉を押さえ、震えている。
医師が手を尽くしても原因はわからない。
セレスティアが近づくと、娘の瞳がこちらを捉えた。
その目に、恐怖とも憧れともつかない光が宿る。
「……聞こえる?」
娘は小さく頷く。
「あなたを罰するつもりはないの。
ただ、話して。夢で何を見たの?」
娘の唇が動く――
だが、声にはならない。
代わりに、紙に震える手で書いた。
『女神が笑っていました。
その笑みが、あまりに優しくて……怖かった。』
セレスティアの表情が揺れた。
“優しすぎる笑み”――
それは、かつて復讐の終わりに見せた、自分の顔だった。
夜。
再生院の屋上。
リオネルが報告を手に上ってくる。
「声を失った者が十人に増えました。
全員が同じ夢を見たと証言しています。」
セレスティアは空を見上げた。
月が雲の間に隠れ、街の光が薄く滲む。
「ねぇ、リオネル。
もし、神が人の罪を映す鏡を置いたとしたら――
その鏡は、どんな形をしていると思う?」
「……微笑みですか。」
セレスティアはわずかに笑った。
「そう。
優しすぎる笑みは、ときに罰になる。」
風が吹き抜け、二人の間を沈黙が満たす。
「これは裁きではありません。
そう思いたいわ。」
リオネルは何も言わなかった。
ただ、彼女の横顔を見つめた。
その表情は穏やかでありながら、
どこか人間の感情を超えた静けさを帯びていた。
翌朝。
街の中央広場に貼られた布告書に、こう書かれていた。
『沈黙の病――神の奇跡か、女神の裁きか。
いずれにせよ、言葉を軽んじた者たちに起こる現象なり。』
群衆がざわつく中、
老女が震える声で言った。
「女神様の微笑みが、また……。」
その言葉が、風に乗って街を満たす。
“光の街”が、再び沈黙の影を孕み始めていた。
人々は口を開くものの、笑い声も呼びかけも、どこかぎこちない。
昨日、再生院の前で“声を失った男”の噂が、
瞬く間に王都中へと広がっていたのだ。
「突然、言葉が出なくなったらしい。」
「でも生きているんだろう?」
「ええ。ただ、あの人……夢の中で“女神が微笑んだ”って。」
誰かが囁くたび、周囲の者は息を潜める。
“女神の微笑み”という言葉が、いつのまにか祝福と呪いの両義語になっていた。
再生院の執務室。
セレスティアは机の上の報告書に目を落としていた。
王都の南区、西区、北門の近く――
“声を失った者”がそれぞれ一人ずつ現れたという。
どの者も命に別状はない。
だが、共通点があった。
――彼らは皆、かつて“嘘をついた”者たち。
商人、官吏、そして罪を隠した貴族。
セレスティアは無意識に拳を握りしめた。
「……これは、偶然じゃない。」
リオネルが静かに言った。
「ですが、誰かが意図的に仕組んでいるようには見えません。
医師も祈祷師も原因を突き止められない。」
「夢を見たそうね。」
「はい。“光の中で、女神が微笑む夢”。」
セレスティアはゆっくりと息を吐いた。
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「人々はあなたを信じています。
それゆえに、あなたが微笑むだけで“意味”が生まれる。
それが恐ろしいんです。」
「信仰は刃ね……。」
セレスティアは小さく呟いた。
「祈るほど、血を流すの。」
その日、セレスティアは自ら街へ出た。
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医師が手を尽くしても原因はわからない。
セレスティアが近づくと、娘の瞳がこちらを捉えた。
その目に、恐怖とも憧れともつかない光が宿る。
「……聞こえる?」
娘は小さく頷く。
「あなたを罰するつもりはないの。
ただ、話して。夢で何を見たの?」
娘の唇が動く――
だが、声にはならない。
代わりに、紙に震える手で書いた。
『女神が笑っていました。
その笑みが、あまりに優しくて……怖かった。』
セレスティアの表情が揺れた。
“優しすぎる笑み”――
それは、かつて復讐の終わりに見せた、自分の顔だった。
夜。
再生院の屋上。
リオネルが報告を手に上ってくる。
「声を失った者が十人に増えました。
全員が同じ夢を見たと証言しています。」
セレスティアは空を見上げた。
月が雲の間に隠れ、街の光が薄く滲む。
「ねぇ、リオネル。
もし、神が人の罪を映す鏡を置いたとしたら――
その鏡は、どんな形をしていると思う?」
「……微笑みですか。」
セレスティアはわずかに笑った。
「そう。
優しすぎる笑みは、ときに罰になる。」
風が吹き抜け、二人の間を沈黙が満たす。
「これは裁きではありません。
そう思いたいわ。」
リオネルは何も言わなかった。
ただ、彼女の横顔を見つめた。
その表情は穏やかでありながら、
どこか人間の感情を超えた静けさを帯びていた。
翌朝。
街の中央広場に貼られた布告書に、こう書かれていた。
『沈黙の病――神の奇跡か、女神の裁きか。
いずれにせよ、言葉を軽んじた者たちに起こる現象なり。』
群衆がざわつく中、
老女が震える声で言った。
「女神様の微笑みが、また……。」
その言葉が、風に乗って街を満たす。
“光の街”が、再び沈黙の影を孕み始めていた。
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