夢のかけら【完結】

しょこら

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2.運命の出会い

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 一瞬の光のトンネルを抜け、ひやりとした空気が肌に触れた。
 が、地面がない。
「きゃあぁぁっ」
 イリーナは慌ててイサークにしがみついた。
 イサークの腕がしっかりとイリーナを支えたが、二人ともどこか広い部屋の床に投げ出された。
 固い床の感触を身体中に感じたが、ほとんどの衝撃はイサークが受けとめてくれたらしい。
 慌ててイリーナは起きあがった。
「だ、大丈夫?」
「痛っ……」
 横たわったままでイサークがうめく。
 血の気を失った端正な顔が痛みに歪んでいた。ところどころ引き裂かれた黒いローブ。その左腕の部分が一番激しく、赤く血に染まっていた。
「イサーク、けがを?」
「……大丈夫」
 イサークは冷や汗をかき、小刻みに震えてながらも笑った。
 どこが大丈夫だというのか。息は浅く乱れているし、顔色は血の気を失って真っ白だ。
「殿下!」
 顔を上げると白衣を着た壮年の男が駆けつけてくるところだった。
「殿下って……」
 びっくりしてイリーナはイサークを見下ろした。イサークは悪戯が見つかった子どものように首を竦めた。
「まったく少しもじっとしていらっしゃらないお方だ」
 イリーナの背後から近付いてきた男が早口で叱責する。
 ところどころ白いものが混じり始めている淡い金髪を綺麗に撫で付け、細められた緑の瞳にはイサークを心配する深い情も宿っていた。壮年の男から薬草の匂いがした。
 男は厳しい目でイサークの傷口を見、「ハーラですね」とひとこと言い当てた。
「当たり」
 力なく笑うイサークをひと睨みで叱りつけた男はイリーナを見ると一瞬だけ目を見張った。
「お聞きしたい事は山ほどありますが、まずは治療からはじめさせていただきますぞ」
 男はイサークの左腕を手に取り、ぎゅっと力を込める。
 男のささやかな意趣返しにイサークが小さく悲鳴をあげた。
「お、お前、わざとやっただろう?」
「ほらほら、女性の前でそんな情けない声を上げるものではありません」
 男はくすくすと笑いながら、白衣の内ポケットから乾燥した葉を一枚イサークに与えた。イサークは大人しくそれを噛み、苦そうに顔を歪めた。
「それってミンスの葉ですか?」
「そうですよ、お嬢さん。よくご存知ですね」
 男はイサークを治療する手を止めずに、そう答えた。
「村にたくさん生えているから。隣のおばあちゃんは整腸剤だって言ってたけど」
「まあ、確かにその効果もありますが。主には解毒作用があるんですよ」
 男は苦笑しながらも教えてくれた。
 こっそりと男はイサークに視線を送る。イサークはにやっと笑ってそれに答えた。
「さて、ではお嬢さん。申し訳ないが、治療のあいだ隣の部屋でお待ち頂けますかな」
「あ、はい」
 隣の部屋に追い出されてしまったイリーナは、部屋の中央にあったソファに居心地悪げに浅く座った。
 そういえば、ここはいったいどこなのだろう。
 見た事もない立派な調度品。
 ラーザの村長の屋敷より立派ではないだろうか。ほこり一つ落ちていない部屋は隅々まで掃除が行き届いている。
 薬草の類は見当たらないが、懐かしい薬草の匂いがほのかにしていた。さっきの男の部屋なのだろうか。
 重厚なオークの本棚には医学の本がたくさん並んでおり、同材の机にも何冊かの本が積み重なって置かれている。
 置いてあるものすべてが上質なもので揃えられてあり、なんだか本当に場違いな所に来ているような気がした。
 イサークは大丈夫だろうか。
 あのハーラとか言う鳥の魔物。はじめてみるものだった。
 イリーナがいたラーザの村は平和そのもので、あんな風に強暴なくちばしで人を襲う鳥などいなかった。いつ襲ってくるか分からない魔物がいるなんて、イリーナの今までの人生では考えられない事だ。
 イサークがいなかったら、きっとあの時死んでしまっていたかもしれない。
 思い出すだけで怖くなる。
 彼があんな風にして守ってくれるのは自分が「銀のルティナ」とかいうものだからだろうか。
 確かに、ラーザ村でもイリーナの銀の髪は珍しい色ではあったが、都でそんな風に呼ばれる代物だとは思いもしなかった。
「ルティナ」
 女神ルティニネティに属するもの。
 意味合いは女神の加護を受けしもの、だ。
 そんな言葉ははじめて聞く。
 イサークたちの態度からするとなにやら曰くありげな感じがして仕方がない。
 王宮に保護されるべき存在とはいったいどう言う意味なのか。
 訳のわからない不安がイリーナの中でわき上がってくる。
 母親の薬を求めに来ただけだったのに、何かイリーナの知らないところで大きく蠢いているものがあるような気がした。
 イリーナは落ち着かなくて、大きな窓の外の景色を見た。
「わぁ」
 そこには美しい庭園が広がっていた。
 何故か人の姿は見えない。
 イリーナは静かに庭へと足を向けた。
 一瞬外に出るのをためらったが、そんなに遠くへ行くつもりもないし、イサークの治療もまだかかるはずだ。すぐ近くにいれば問題ないだろうと思いなおした。
 色とりどりの美しい花々が、美を競うように咲き誇っている。
 光溢れる緑の庭にほっと心が和んだ。
 どこかラーザの景色と似ている。こんな洗練された庭がラーザにあったわけではないが、温かい緑に包まれて、とても静かな空気が懐かしかった。
 微かに響いてくる小鳥の鳴き声に誘われて、イリーナはずっと庭の奥へと進んでいった。
 石畳の小道を渡り、深い木々のアーチを抜けていく。
 すると白い建物がかいま見えた。
 屋根はなく、ただ六本の柱が天に向かって高く突き立っている。
 なんだろうと思ってイリーナは歩を早めた。
 小道はそこに続いているようで、くねくねと曲がりながらも一本道だった。
 垣根を越え、開けたちょっとした広場のようなところに出たイリーナは、慌てて足を止めた。
 柱の影から若い男女が出てきたからだ。誰もいないと思いこんでいたので、イリーナはびっくりしてしまった。
 二人はなにやら話をしている様子だったが、内容までは聞き取れない。
 が、そのうち女性の方が先に立ち去っていった。
 イリーナが通ってきた小道とは反対側に歩いていったところを見るとそちらにも小道があるのだろう。
 驚いた事に立ち去っていった女性の髪も長い銀の髪だった。淡いブルーのドレスを身に纏い、楚々と歩く後ろ姿にはイリーナには真似できない気品が感じられた。
 絵本で見たお姫様のようだと思った。
 そちらに気を取られ、すぐ側までもう一人の人物が歩み寄ってくるのにイリーナは気が付かなかった。
「君は誰?」
 やわらかな声音にびっくりして振りかえった。
 その瞬間、イリーナは息を飲んだ。
「あ、あの……わたし……」
 言葉が上手く出てこない。
 この世にこんな人がいるなんて信じられなかった。
 輝ける存在とはこの人のことを言うのだと、イリーナは思った。
 日に透けて輝く金の髪、穏やかにほほ笑みを浮かべ細められた緑の瞳。
 白いローブが眩しいくらいに輝いて、まるでやわらかな翼がその背を覆っているようにも見えた。
 本当にヒトなのだろうか。
「驚かせてしまったようだね、すまない」
「い、いえっ……あの……ごめんなさいっ、人がいるなんて思わなくって……わたし」
「気にすることはないよ、大丈夫」
 そう言って彼はふわりと笑った。
「ああ、そうか。さっきのは君だったんだね。良かった、無事だったんだね」
 一瞬何のことだろうかと考えたが、そこで気が付いた。
 さっきハーラに襲われる前に警告してくれた声と同じ声だ。
「あなたが、教えてくれたの?」
 彼は静かに微笑んだ。
 眩しい微笑に息が止まりそうになった。目が離せない。
 胸の水晶が熱を持って脈打ってる感じがした。
 苦しくて苦しくてぎゅっと目を閉じた。こんなことははじめてだ。今までこんな風になったことはなかったのに、いったいどうしたと言うのだろう。
 あまりの苦しさに涙が滲んできた。
 全身に感じるこの熱はいったい何なのだろう。
 イリーナはその場にしゃがみこんだ。
「君、大丈夫かい?」
 青年のとまどう声も遠くに聞こえる。大丈夫だと言いたかったが声にならなかった。
「イリーナ!!」
 鋭い風が吹き抜けて行ったようだった。
 はっと目を見開くと同時に、誰かの手に引き上げられた。
「イサーク?」
 ぼんやりと見えた輪郭は、予想した通りの黒髪と緑の瞳をした快活に笑う青年のもの。
 何故かほっとしてイリーナは引き寄せられるままに体を預けた。
 手当てしたばかりのまっさらな包帯と薬の匂いがした。
「大丈夫かい? 急に姿が見えなくなったから心配したんだ」
「……うん、大丈夫。ごめんなさい。お庭があんまり綺麗だったから外へ出てみたくって……」
「とにかく戻ろう。……アル・アズ、また後で」
 アル・アズと呼ばれた青年は無言で頷いた。イリーナには微笑を向けていたが、なんだかそれがとても寂しそうに見えた。ズキンと胸が痛む。
 離れ難い気持ちと今すぐにでも逃げ出したい気持ちがせめぎ合う不可思議な感情をもてあましながら、イリーナはイサークに手を引かれてその場を後にした。
 イサークはそんなイリーナをとても気にしているようでちらちらと視線を投げかけてきたが、何も口出しはしなかった。
 胸の痛みも、水晶の熱も、彼から離れていくほどに収まっていった。
 知らずにほうっと息をついたイリーナをイサークが複雑な表情でみていることに気が付かなかった。
 小道を少し歩いた先に白衣の男が立っていた。
 何かに耐えるように目は細められ、何故か緑の木々を睨みつけているように見えた。
「フルク!」
 イサークの呼びかけに弾かれるようにフルクは振りかえった。
 その視線がイリーナを捉え、安堵に和む。
「良かった、心配しましたよ、お嬢さん」
「あ、ごめんなさい」
 こんなに心配をかけていたのだと今更ながらに気が付き、恥ずかしくなって俯いた。
 それでも帰り道もずっと先ほどの青年のことばかり考えていた。
 探し人が目の前にいるのに、すっかり忘れ果てて、心に占める青年の姿ばかりを追いかける。
 あの人は、いったい誰なのか。
 アル・アズと呼ばれたあの青年をもっと知りたいと思った。
 イリーナの心を一瞬で奪った金色に輝く青年の正体を、知りたくて仕方がなかった。

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