王城のマリナイア

若島まつ

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三十二、湯殿 - la vasca -

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「大丈夫か」
 城から借りた豪奢な馬車の中で、サゲンは隣に座るぼんやりと思案顔のアルテミシアに話しかけた。
「ううーん」
「なんだ」
 アルテミシアが気の抜けた唸り声を上げたので、サゲンは思わず笑ってしまった。落ち込んでいるのではないかと心配したのは、どうやら杞憂だったようだ。
「‘リンド’は母方の祖母の旧姓だって思ってたけど、母様がそう言ってただけで、本当のところはどうかわからない。と、思って」
「あの老婦人が言うようにナヴァレの医師が君の父親だと思うのか」
「まさか」
 アルテミシアは肩を竦めた。
「リンドなんて名字の人はエマンシュナにはいくらでもいるし、他人の空似もよくある話だもの。そりゃあ、親子だと思われたのは初めてだけど。それに、本当の父親がどこかにいるとして、会いたいかどうかもよく分からない」
「でも?」
 サゲンはアルテミシアの瞳をじっと見つめた。彼女の感じたことがそれだけでないことは、分かっている。
「でも、…ちょっと動揺してる」
 アルテミシアはサゲンの問いかけに素直に答えた。正直なところ、あの予定外の出来事をどう受け取ってよいのか自分でも判断がつかなかった。これまで存在しないことが当然だった実の父親の影が、例え本物ではなかったとしても、初めてアルテミシアの人生に現れたことになる。
「まあ、どのみち母様には近々会うことになるから、知りたいと思ったらその時聞くよ。今はヒディンゲルと造船業者の件に集中しないとね」
 いつもの調子を取り戻したアルテミシアが言い放つと、サゲンはおもむろに彼女の手を取り、甲を親指でするすると撫でた。
「…時には何も考えないのが正しいこともある」
「それ、あなたが言う?」
 常に任務や軍のことで頭をいっぱいにしているような男がよく言ったものだ。アルテミシアが呆れ顔で詰め寄ると、サゲンは端正な唇を吊り上げた。あの官能的な笑みだ。不意に腹の奥がじくりと疼いた。まだ公爵邸で与えられた快感が、淫猥な粘度をまとわりつかせて身体に残っている。
 サゲンは既に、アルテミシアの肉体的な反応を感じ取る術に長けている。
「お互い様なら――」
 サゲンはアルテミシアの手に顔を近付けて唇で軽く触れ、その体勢のままアルテミシアを見上げた。
「二人で頭を空にすればいいさ」
 誘惑するような強い青灰色の視線に、アルテミシアは釘付けになった。心臓が痛いほどに暴れ始める。サゲンに握られた手がゆっくりと持ち上げられ、背もたれに押し付けられた瞬間、サゲンの舌に侵入を許していた。

 屋敷の前で馬車を降りたサゲンは、アルテミシアの手を引いて迷わず離れの浴室へと連れ込んだ。既に湯殿は調い、いつものように湯船に浮かべられたラベンダーやマジョラムなどのハーブの香りが充満していた。壁の上部に設えられたオイルランプが室内に篭った湯気を白く浮かび上がらせている。下士官たちが二人の帰る頃合いを見計らって用意したらしいが、今のサゲンにはそれに感謝する余裕もなかった。馬車でアルテミシアに触れている間中、その場で抱いてしまわないように理性を働かせるだけで精一杯だったのだ。
 外扉を閉めるや否や、アルテミシアを壁に押し付けて唇を塞ぎ、口の中を蹂躙した。
「ちょっと、待って…」
「なんだ」
 そう言いながら、サゲンは手を止める気配がない。
「こ、ここで?」
「君の身体についた他所のにおいを消す必要がある」
「何、それ…」
 言い終わる前に再び唇を塞ぎ、アルテミシアを裸にする作業に没頭した。
 アルテミシアには躊躇する間も与えられなかった。サゲンの唇から与えられる快感を追いかけているうちに珊瑚色のドレスとアンダードレスを一緒に引っ張り下ろされ、腹にサゲンの髪が触れていると気付いた時には露わになった場所に温かい舌が触れていた。アルテミシアの意識はすぐに浴室に立ち込める白い湯気に溶けていった。
 サゲンはアルテミシアの身体が緊張を始めると、そこから唇を離して脚から肩へと啄ばむようなキスを繰り返し、最後に首の柔らかい場所に吸い付いた。
「…後ろを向け」
 サゲンは低い声で囁くと、アルテミシアがするよりも先に腰を掴んで後ろを向かせ、壁に両手をつかせた。白い背が浴室の温度とサゲンの愛撫のせいで薄っすら桃色に染まっている。背後からもう一度頸の下に、今度は強く吸い付いた。
「いた!」
 サゲンの唇が触れたところから突然ちくりと痛みが走り、アルテミシアは不安そうな顔を向けた。何をしたのかと問いたかったが、うまく声が出ない。
 サゲンは唸り声を上げて背後から唇を塞いだ。普段は決して見せようとしないこういう無防備な一面を見ると、凶暴とも思えるほどの欲望に自我を支配されそうになる。そして、サゲンは迷わずその欲望に従った。ズボンの前を寛げてアルテミシアの腰を引き寄せ、自分の硬くなった部分を押し当てると、アルテミシアが大きく息を呑んだ。そこは既に熱い蜜が溢れているはずだ。触れなくても分かる。
「今すぐ君の中に入りたい」
 歯を食い縛るようにしてサゲン囁き、アルテミシアの全身をぞくぞくと震わせた。
 サゲンはアルテミシアの手に自分の手を重ねて上から指を絡め、もう片方の手でアルテミシアの腰を支えた。
「待っ…――ああっ!」
 言い終わる前に、サゲンがアルテミシアを挿し貫いた。中は予想通り熱く潤い、大きく立ち上がったサゲンの一部を貪欲に呑み込んでいる。
 身体が熱い。ほんの二、三時間前に散々疲労させられたというのに、背後からの衝撃が再びアルテミシアを快楽の渦へと引き込んでいった。
「はっ…、いい。アルテミシア…」
 耳に直接触れる距離でサゲンが囁いた。吐息がやけに熱い。その淫靡な温度と低い声に呼応するように、ぶるりと身体が震えた。身体の奥のいつもとは違う場所を強く打ち付けられる度に怖くなるほどの快感が押し寄せてくる。衝撃が身体を痺れさせ、力を奪っていく。
 サゲンがアルテミシアの奥を荒々しく侵しながら、腰を支えていた手をするりと腹の下へ移動させ、熱く濡れた突起に触れた。
「あっ――…!」
 その一瞬でアルテミシアの意識は真っ白になり、身体の中で爆発が起きた。
「…ッ、く、そんなによかったか」
 急激に締め上げられたサゲンは苦しそうに呻き、脱力したアルテミシアの身体を抱き止めてやった。すっかり体温の上がったアルテミシアの背を自分の胸で覆い、きつく抱きしめて髪に顔を埋めた。まだ煙草のにおいが残っている。
 アルテミシアは立っていることができず、体重をサゲンに預けて肩で荒く呼吸をしながら、硬いままのサゲンが自分の中から出ていくのを感じた。
「湯に入れ。洗ってやる」
 この信じがたい言葉を聞いた途端、アルテミシアは疲労感も忘れてガバッとまっすぐに立ち、飛び跳ねるように身体を捻ってサゲンの腕から抜け出した。
「いっ、いい!自分でやる」
 そう言ってサゲンに向き合ったアルテミシアが目にしたのは、まだシャツとズボンに身を包んだままの男の姿だった。寛げられたズボンの前には硬くそそり立ったそれが顔を覗かせている。今までアルテミシアの中に埋められ、甘美な衝撃を与えていたものだ。
 アルテミシアの全身の血色がみるみるうちに濃くなっていく。サゲンの唇が大きく弧を描いた。
「なんだ、今更。可愛いやつだな」
 アルテミシアは口を開けたまま黙ってしまった。自分は裸にされて激しく乱されてしまったというのに、一方でサゲンはまだ服を身につけ、アルテミシアを揶揄う余裕を見せている。だんだん恥ずかしさが増してきて、思わず顔を背け、両腕を胸に寄せて前を隠してしまった。
 サゲンは屹立したものが更に硬くなるのを痛いほどに感じた。こういう反応は男の欲望を煽るだけだと、アルテミシアは理解していないらしい。胸を隠したところで、その魅力が損なわれるはずもないのに。
「恥ずかしいなら、君が先に入れ」
「そ、そういう問題じゃ…」
「じゃあ俺が君を赤ん坊のように抱いて一緒に入るか」
 譲る様子が全くないサゲンに、アルテミシアはむうっと赤い頬を膨らませた。
「…お湯に入るまであっち向いてて」
 これが子供のような口調だったので、サゲンは思わず吹き出してしまった。
「それはいいが、もう俺は君の身体を隅々まで知っているぞ」
「いいから、あっち向いて」
 サゲンが笑いながら後ろを向いた瞬間に、アルテミシアはざぶっと湯の中へ入った。その温かさにふうっと一息つきたいのを我慢してサゲンに洗われる前に自分で済ませてしまおうとしたが、無駄だった。アルテミシアが肩まで湯に浸かるのと同時に、いつの間に服を脱いだのかサゲンも向かい側に入って来たからだ。
「あっち向いててって言ったのに」
「湯に入るまでだろ。守ったぞ」
「早過ぎ…」
 サゲンは文句を言い足りないアルテミシアの腕を掴んで軽く唇を重ねた後、後ろを向かせて両脚の間にそのしなやかな身体を収めた。ちょうど海賊を捕らえてアムの港へ戻る船でしたのと同じ体勢だ。あの時はまさか裸で同じことをするとは予想もしていなかった。
(いや。――)
 と、サゲンはその時のことを思い返した。自分の胸に身体を預け、脚の間に収まったアルテミシアに欲情しなかったと言えば嘘になる。事実、あの時もサゲンの身体は反応していたのだ。飛び起きたアルテミシアがサゲンの肉体的な異変に気付かないよう祈りながら取り澄まして眠っていた時間を教えてやった自分を思い出し、おかしくなった。
「これなら見えないからいいだろ」
 とサゲンは事も無げに言ったが、いいわけがない。アルテミシアの背は硬い筋肉に覆われたサゲンの熱い肌で包まれ、臀部には更に硬いものが当たっている。
 アルテミシアは真っ赤な頬を膨らませたまま振り返って、咎めるような視線を投げつけた。
「あなたがこんな淫蕩に耽る人だとは思わなかった」
「‘淫蕩に耽る’?」
 サゲンは前髪を濡れた手でかき上げ、白い歯を見せた。
「君からそんな言葉を聞くとはな」
 サゲンはアルテミシアの額に触れてそっと後ろへ倒し、湯をかけて髪を洗い始めた。
 アルテミシアは抗議しようとしたが、すぐに口を噤んだ。他人に髪を洗われるなど、幼少期を除けば初めてのことだ。予想外の心地良さだった。
 オリーブの石鹸をつけたサゲンの指が髪をかき分けて頭皮を絶妙な力加減で揉み解していく。
 アルテミシアの口から思わずうっとりした声が漏れた。
「それで、俺は君の想像と違ったか」
 アルテミシアの滑らかな髪にラベンダーの香油をつけながら指で梳き、サゲンが言った。
「うん」
 アルテミシアはサゲンが髪を洗い流す間、心地良さそうに目を閉じている。
「どういうところが?」
「もっと…無骨で色事に疎い人なのかと」
 髪を梳くサゲンが後ろで低い笑い声をあげた。
「それで?」
「でも実際は、女性にもてるし、妙に鋭いし、ダンスのリードも上手だし、時々感情表現が、なんていうか…」
「露骨?」
 アルテミシアは目を開けて口を閉じた。顔が熱い。髪を梳いていたサゲンの手は、いつの間にか胸を這っている。
「ん…」
「そういう俺はだめか」
 甘い囁きがアルテミシアの耳をくすぐった。
「…あなたって、いつもこうなの?過去の恋人たちにも?」
「身体を隅々まで洗ってやりたいと思ったのは君だけだ」
 照れ隠しにちょっと困らせてやろうと言ってやったつもりだったが、サゲンの率直な答えを聞いた途端、火が点いたように身体が熱くなった。
「こうして共に湯浴みをしたのも」
 サゲンの手が胸の頂を撫で、もう片方の手が腹の方へと下がっていく。
「他の男に触られて嫉妬したのも」
 耳にかじりつかれ、アルテミシアは小さく悲鳴を上げた。
「同じベッドで朝を迎えたのも、君が初めてだ」
 迂闊だった。こんな風にやり込められるなら、口を噤んでおけばよかった。サゲンの手は優しくアルテミシアの胸や腹を這っている。アルテミシアはどくどくと脈打つ心臓の音がやけにうるさくなったように感じた。
「俺の質問の答えは?」
「んっ…、だめじゃ、ない…」
 サゲンの唇が首筋に押し付けられるのを感じ、アルテミシアの全身にぴりぴりとした痺れが広がっていく。
「いいのか?淫蕩に耽るのは君も同じだと認めたようなものだぞ」
「ち、違う」
「どこが違うんだ?こんなにして…」
 と、サゲンが揶揄するように言い、アルテミシアの中心に指を潜り込ませた。湯の中にあってもはっきりわかる。内部はつい先程までの情交で熱く溶け出し、物欲しそうに蠢いている。
「一度いっただけでは足りなかったか」
 アルテミシアは恥ずかしくて顔を上げられなかった。サゲンは秘所を愛撫しながらアルテミシアの顎をつまんで後ろを向かせた。
「あ、あっ、サゲン、もう、やめ…」
 今にも泣き出しそうな声だった。ハシバミ色の瞳が緑や琥珀色の光を孕み、潤んでいる。
 サゲンはアルテミシアの腰を掴んで身体ごとこちら側を向かせると、相手が叫ぶのも気に留めず、膝の上に抱き上げてしまった。
 アルテミシアは身体を捩って逃れようとした。サゲンの硬い部分がアルテミシアの入り口に当たり、ちょうど胸の高さにサゲンの顔がある。この体勢はあまりに恥ずかしい。
「逃げるな、アルテミシア」
 サゲンの腕がアルテミシアの腰を押さえつけ、目の前に実った乳房の珊瑚色をした先端を口に含んだ。アルテミシアが身体をしならせ、甘い声をあげる。
 いつもこうだ。サゲン・エメレンスの体温はいつだってアルテミシアから抵抗力を奪ってしまう。
「予想外なのは君の方だ」
「んんっ…」
 どういうことかと聞こうとしたが、言葉を発することもままならない。
「俺がこれほど狂わされるとは、想像もつかなかった」
「――っ、あ!」
 湯が大きく跳ねた。アルテミシアがサゲンの言葉の意味を考える間もなく、腰を浮かされ、下から突き上げられた。衝撃と快感が落雷のように身体中を走り抜けた。
「掴まっていろ」
 アルテミシアはその通りにした。サゲンが腰を動かす度に湯船の湯が波打ち、滾るような熱が身体の奥を穿つ。全身が痺れるような快感に脚の力が抜けてしまう。狭い浴室に響く自分の声に耳を塞ぎたくなったが、サゲンの肩に掴まるだけで精一杯だった。胸にサゲンの熱い息が掛かり、いつもより近い位置でその荒い息遣いを感じる。
「ああ、サゲン…」
 アルテミシアはサゲンの髪にしがみついた。腰を支えていたサゲンの手が胸へと伸び、更なる快感を与えている。
「ほら、腰が動いているぞ。淫蕩に耽るのは俺だけじゃないだろう。君の身体が証明している」
「はっ、あ…違う。あなたが…、ああっ!」
 突然強く突き上げられ、先を続けられなくなった。
「俺が何だ」
 湯よりも身体が熱くなったようだった。短い悲鳴しか喉から出てこない。奥を突かれる度に快感が激しさを増していく。
「…っ、ん、そこ、だめ…」
「ここ?」
 サゲンは下から腰を打ち付け、アルテミシアがよく反応する場所を突き上げた。アルテミシアはサゲンの頭にしがみつき、悲鳴を上げている。さっきはあれほど恥ずかしがって逃げようとしていたのに、今はサゲンの顔を乳房で覆っていても、それを気にする余裕もないようだった。
 サゲンがにやりと不敵な笑みを浮かべたことに、アルテミシアは気付かなかった。
「いいのか」
 アルテミシアは唇を噛んだ。こんな時にまで、あくまで反抗したいらしい。瞳は熱に浮かされたように蕩けているというのに。このいじらしさがたまらなく愛おしい。
「聞かせてくれ、アルテミシア」
 サゲンは目の前に実るふっくらとした乳房を両手で包み込むと、舌を這わせて愛らしい頂を絡め取り、口に含んだ。
 アルテミシアは悲鳴をあげ、次第に激しくなる突き上げと快感に、遂に陥落した。このまま認めずにいられるはずがない。
「ああっ、いい。気持ちいい…、サゲン」
 サゲンは唇の端を吊り上げた。アルテミシアの脚に腕を絡めて繋がったままその身体を持ち上げると、壁に押し付け、荒々しく律動を速めた。アルテミシアの声が浴室に響き、サゲンも快感を追い求めることしかできなくなった。
 やがてアルテミシアがサゲンの肩にしがみついたまま悲鳴を上げながら身体をしならせて内部を収縮させると、サゲンも獣のように呻いて数度大きく突き上げ、アルテミシアの中に欲望を解き放った。
 激しい充足感。――これほどの快感を味わってもなお、この身体を離す気になれない。
 汗の浮いた身体を再び湯に沈め、荒い呼吸をするアルテミシアの頭を肩口にそっと引き寄せてやった。
「君が好きだ、アルテミシア」
「うん…」
 アルテミシアは、サゲンの鼓動を聴きながらその背に腕を回した。
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