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入れ替わりは突然に。

それはむしろ願ってもない。

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「あなたなどに、王太子妃の座を渡すものですか……!」



 目の前でうつむいていた女性、リリアーネが、いきなり近づいて私の髪を両手でわしづかみながらびっくりするほど低い声で、そう言った。

 かさついた肌、げっそりとこけた頬、くっきりと浮かぶ黒々とした隈。

 ギラギラと憎しみに濁った、どろりと濃い紫の瞳から、目が離せない。

 何やらつぶやくように、韻を踏んだ歌のような言葉が彼女のかさついた口から紡がれ、途切れたのと同時に。



 左目から無理やり何かが入ってきて、ぐいぐいと侵略される気持ち悪さに逃げ場を探せば、すぐに見つかった。


 ぬるりと、右目から、意識が押し出されていく。異様な感覚にくらりとめまいがして、目を閉じた瞬間、私の悲鳴が響き渡る。



「いやああぁぁッ! 何をなさるの!?」

 ドンっと体を押されて、そのまま後ろに崩れるように倒れてしまった。ドレスのパニエがふわふわなのと床に柔らかい絨毯が敷かれていて、あまり痛くなかったのは幸いか。


 最初から開け放たれていた隣の部屋と繋がるドアから、ドカドカと荒ぶった足音が複数近づいてくる。


「どうしたのアリシア!?」

「だから一対一で話なんてするなと反対したのに!!」

「大丈夫か!?」

「せっかく美しく結った髪がッ アリシア! なにがあった!?」


 聞き覚えのある四人の声が次々に聞こえるけれど、いつものように色々無視した近さからじゃない。酩酊感に似た気持ち悪さを飲み込んで目を開けると、すぐそこに彼らの足が見え、誰かを囲んでいる。


「あの、大丈夫ですわ、急に髪をつかまれて、びっくりしただけで」

 また『私』の声が聞こえる。私は何も言ってないのに。


 なぜ? と顔を上げたら、こちらを憎々し気な、怒気を隠さない表情で、声かけもなくなだれ込んできた四人の青年が睨みつけている。皆で『私』をかばうように立ちふさがって。



「は?」



 ちょっと待って? 私が、もう一人いる?



 彼らの長い足の向こうに、朝さんざん拒否ったけど『公爵家に行くなら相応の格好をしないと!』と押し切られ、着せられた趣味の悪いフリフリのピンクのドレスのすそが見える。

 げんなりした顔の私に、同じくあきらめたような顔をして私の身の回りの世話をしてくれたメイドのファーラが首を横に振った。

 私はあなたが選んでくれたドレスがよかったのに……ファーラがめちゃくちゃ頑張ってくれたけど、鏡で見ても似合わなかったドレス姿は、こうして客観的に見たら本当にアカンやつだわ。

 髪色とドレスの色がガチンコ対決。本気の殺し合いをしている。



「あんた! この期に及んでアリシアに何しようとしたんだよ!」


 そう叫んだのは、明るい栗色のくせっ毛が小作りに整った顔の周りでふわふわしてる、綿あめみたいなかわいい系、ケイン様。

 父親は魔法省の偉い人で、当人も水・風・土の三系統の魔法を操る天才。

 あざとかわいいを意識した養殖天然。

 四人の中で一番背が低いのを気にしているが、この世界の平均身長はギリ到達してるので実はそんなに低身長ではないし、どちらかと言うとコンプレックスぶって同情を誘おうと武器にしている節がある。

 ああやっぱり、いつものあの『きゅるんッ』としたかわいい顔は被り物だったのだとわかるくらいに怖い顔をしている。

 いつも語尾に無駄にハートマークついてるんじゃないかってくらい気持ち悪い喋り方もアレだけどその口調はいかがなものよ。



 私は何もしてませんが何か?



「これ以上、聖女であるアリシアに何かしたらどうなるかもわからないのか。お前のようなどこにでもいる公爵令嬢などと聖女であるアリシア、どちらがより高貴な存在かまだ理解していないようだな」


 眼鏡をくいっと上げて紫紺の髪を指で払っているのはいわゆるシュっとしたイケメン顔のマイケル様。

 母親は王様の妹で、父親は宰相。

 リリアーネと同じ爵位の公爵家の次男だけど、長男より賢くて、父親の跡を継ぐのは彼だろうとうわさされる秀才だと言われている。

 融通が利かない頑固な性格で一度誤解したらものすごくめんどくさい。

 何回も言ってるけど私は聖女なんかじゃないし、公爵令嬢はそんな大勢いないし公爵家はこの国では王家に次いで偉いんってば。

 ほんとにこの人賢いの?



「アリシアの優しさに付け込んで二人きりになりたいなどと。あげくまたアリシアにこんなひどいことを……」


 大きなこぶしをぎりぎりと握りしめて吐き捨てたのは、燃えるような赤い髪、目鼻立ちがよく、ちょっと派手目の顔のショーン様。

 彼の父親は騎士団長で、当人は筋骨隆々とまではいかなくてもしなやかな細マッチョ体型。

 このまま育ったらきっと暑苦しいマッチョになると思われる。

 剣の腕前もすごくて、学園ではだれも彼に敵わないほど強かった。

 ただし脳筋。

 思い込んだら一直線。

 突っ立っている『私』と、床に倒れ伏した私。

 けれど彼らは私が加害者だと信じて疑わない。

 どう見てもこの状況おかしいでしょう。

 あと私、優しさで二人きりになったわけじゃないからね。



「何度も何度もしつこく『改心した、直接アリシアに謝りたい』と手紙を送ってくると思ったら……結局最後までこのざまかリリアーネ」


 そして最後は、金髪碧眼ザ! 王子様!! な完璧ルックスのクリストファー様。

 いや実際王子なんだけど。

 しかも第一王子。

 十六歳になり、この秋立太子の儀が執り行われたら正式に王位継承者になる予定のこの国で王に次いで二番目に偉い人だけど、大抵いつでも自分の都合のいいように物事を解釈して周りに迷惑をかけている。

 学園での成績……テストの順位はいつも私より上位だけど、そんなに頭がよさそうには見えないんだよなぁ

 何回『王子だからって許されると思うなよ』って思ったことか。口には出さなかったけど。



 そんなことをとりとめもなく巡らせていて、聞き逃しそうになったんだけど。



 ん? いまこの人、私に向かってなんて呼んだ?




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