千年前からやってきた見習い魔法使い、現代に生きる

桃月とと

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第二章 師匠の墓はどこ?

第3話 千年後の魔法使い

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 フォリア・アンティークスのある建物と、メルディが下宿をしている棟の間には小さな中庭がある。夏も終わりだというのに強い陽射しが、その庭にあるリンデンの木の影をくっきりと刻んでいた。ほのかに甘いその木の香りが、植え込みのハーブの爽やかな匂いと合わさって、メルディの鼻に届く。
 一方、ハニーブロンドの女性は目の前の見習い魔法使いにのみ興味があるようだった。不敵な笑みのまま視線をそらさない。

「浮遊魔術で勝負しましょう。このスカーフを先に地面につけた方が負けよ」

 その女性がゴツゴツしたネイルが施された指先を上下に振ると、鮮やかなエメラルド色のスカーフがヒラヒラとメルディの元へと届いた。先ほどのバッグと同じロゴがあしらわれている。

「基礎の基礎よ。見習い魔法使いに合わせてあげるわ。もちろん杖は使わない。勝負にならなくなっちゃうもの」

 浮遊魔術は魔術師の基礎だと言われている。どうやら千年後もそれは変わっていないようだと、メルディの頬が一瞬緩んだのを相手は見逃さなかった。

「なにをニヤついてるの」
「あ、いやいや。ご配慮感謝します」

 メルディのこの発言、決して嫌味ではなかったのだが、相手はそう受け取らなかった。

「マグヌスの弟子だからってずいぶん余裕じゃない」
「そんなことはありません」

 実際、メルディが余裕に見えるのはマグヌスの弟子だからというわけではない。彼女は千年前、似たような目に散々合ってきたのだ。残念ながら、慣れている。ただしその時は、マグヌス目当てにやって来た若手魔術師の相手を師匠命令でさせられていたので、わざわざ見習い相手に勝負を挑む相手は初めてではあるのだが。

「始まっちゃった!?」

 バタバタと外に飛び出してきたのはユーリだ。もちろん、アンティーク店は開店時間を過ぎても閉まったまま。魔術師のなんて今時一億エル払っても見られるものではないのだからかまわない、と彼は判断した。

「じゃあそこの彼が証人ね」

 ユーリの姿を見て、押しかけ魔術師はわずかに頬を染めていた。どうやら彼女の好みだったようだ。彼への視線が、見習い魔法使いを見る目と全く違って、メルディは思わずパチパチと瞬きをする。

「邪魔するのはありですか?」
「あたりまえでしょう? 勝負がつかないじゃない」

 あっという間に声色が刺々しくなる。切り替えが早い。

(う~ん……なんでこんなことに……)

 メルディはそのこと声色については深く考えるのをやめた。それよりもたくさんの”何故”がメルディの思考を順番待ちしているのだ。
 いったいどこでメルディの情報を知ったというのか。そもそもなぜ見ず知らずの魔術師と勝負をする必要があるのか。

(国際法を破った人がいるってこと?)

 その情報源がメルディがこの街で知り合った人から、というのは考えにくかった。メルディが魔法を使える、しかもあの“マグヌス”となにやら縁がある、いうことを知っている人はぽつぽつとは存在する。だがマグヌス唯一の弟子であるということや、まだ杖を持たない見習いという身分である、ということまで合わせて知っている人はごくごく一部なのだ。
 そもそも魔法使いに“見習い”の身分があること自体、この千年で忘れ去られている。魔法を使えるなら

(フォリア・アンティークスの人達と、教授達と……あとは市長?)

 信用云々の話は別にしても、目の前の女性と彼らが繋がらない。

「万が一にでも私に勝てたら、あなたの疑問に答えてあげるわよ」

 メルディがまだこの勝負について、腑に落ちないような雰囲気を醸し出していたからか、目の前の魔術師がご褒美でも見せびらかすように言う。だが、

「いや、勝っても負けても教えて欲しいんですけど……」

 この勝負、自分にいったいなんのメリットがあるというのか……というのがメルディの正直な感想だ。

「マグヌスの弟子がそんなに弱気でいいわけ?」

 と、またもマグヌスの名前を出してきた。

(マグヌス……ねぇ……)

 どうやら“マグヌス”というのが、彼女を動かす原動力になっている単語だとわかり、千年後まで彼に振り回されていることを知ったメルディはゲンナリする。いい加減逃げられないことを認め、

(人間は傷つけちゃダメってことよね? どうしようかな~)

 この勝負に勝つための手段を考え始める。そう、メルディは杖持ちの魔術師に勝つつもりでいるのだ。

(負けたら杖が遠ざかりそうだし……)

 メルディの見習い卒業の証である、魔法使いの杖。これは魔法使いとして一人前であるという証。

(よその魔術師との勝負に負けたなんて師匠が知ったら、どんな目に遭わされるかっ)

 メルディはマグヌスから魔法使いとして必要なことを全て学んでいた。だが、彼が納得するようなレベルには至っていない。よって杖はまだのまま……。だからと言って、自分の弟子が若手魔術師に負けるなんてことを許すことはない。そういう理不尽さを弟子は身をもって知っていた。
 すでにこの世にいない人だが、マグヌスならどんな手を使ってでも負けたメルディに大きな課題を与えるだろう。ニヤニヤしながら。

(この人、かなり若いよね?)

 熟練の魔術師は自身の年齢すら欺く術を持っている。だが、彼女の魔術からは、熟練の魔術師が持つ深い魔力の流れではなく、初々しい、鮮やかなそれを感じていた。

「……こんなこと、一回きりにしてくださいね」
「あはは! いいわ! 今回だけで勘弁してあげる!」

 勝利を確信しているのか相手は高笑いだ。メルディはバレないようため息をつき、スカーフをゆっくりと持ち上げた。

「はじめっ」

 完全にワクワクした表情を隠さずユーリが勝負の合図をし、メルディと押しかけ魔術師は同時にスカーフを軽く投げ、どちらも頭の上でゆらりと小さく揺らしていた。もちろん、一定の高さかを保ったまま。ユーリから見ると、なんだか不自然な光景だ。
 千年後の魔術師を初めてみたメルディも、まずは様子見するつもりなのか彼女のスカーフを見つめていた。

「ボーっとして大丈夫? ここからが勝負よ」

 不敵に笑った押しかけ魔術師は人差し指をクルクルと小さく回す。
 小さな風が吹いたかと思うと、どこからか一匹のアゲハ蝶が裏庭に迷い込んできた。黒い羽根に淡い金色が浮かんでいる。思わずメルディもそれを目で追った。

「え?」

 一匹だけかと思っていた蝶が、一匹、また一匹と増えていく。偶然とは思えないほど。その蝶達はまるで示し合わせたように、ヒラヒラとメルディの周りで羽ばたき続けた。そうして徐々にメルディの視界を塞ぎ、雲のように浮かんでいるメルディのスカーフに次々と止まって行った。少し離れた所で、ユーリの感動している声が聞こえてくる。

(う~ん邪魔ねぇ……ヒラヒラ動かれると気になるし、集中力を削ぐのにちょうどいい魔術だわ)

 魔術を一定に保ち続けるのは実は難しい。ちょっと気がそれただけでガタつくこともあるほどだ。よって、浮遊魔術でのは魔術師の力量を図るのに適している。なにより、別の魔術を同時に使うことが難しい。 

「千年前じゃあこんな高度な魔術なかったでしょう?」
「コウド……?」

 既にメルディの視界にはアゲハ蝶しか映っていないので、聞こえてくる得意げな声だけで本気で彼女がそう言っているか判断しなければならなかった。

(これ、使役魔術じゃないの?) 

 使役魔術は千年前の魔法使いなら誰しもが使っていた。カラスや猫を使役し、簡単な指示を出すのだ。手紙を届けるだとか、道案内をさせるだとか。

(確かに虫を使ってる魔法使いって知らないなぁ……あ! でも、虫を使役して農業研究をしてる人が……)

 千年前の世界を思い出していたメルディが何も言葉を発さなくなったからか、押しかけ魔術師はメルディが苦戦していると勘違いしたようだ。浮遊魔術に集中するあまり、会話すらままならないと。

「ふふっ! 見習い相手に可愛そうだったかしら? どうやら魔術の同時発動もできないみたいだし……マグヌスの弟子なんてたいしたことないのね」

 わかりやすく楽しそうにクスクスと笑う。
 だが、それもここまで。

「……は?」

 突然、押しかけ魔術師の頭上のスカーフが、重力に従いゆっくりと落ちていく。同時に、アゲハ蝶の群れで隠れていたマグヌスの弟子の顔が見えてくる。蝶達は本来の自由を取り戻し、散り散りと去って行った。

「私の勝ですね」

 メルディのスカーフは微動だにしなくなっていた。まるで置物ように空中に存在している。

「なっ……なっ……!!」

 信じられない者を見るように、押しかけ魔術師はわなわなと口元が震えていた。
 彼女がしっかりとそれを見たのを確認して、メルディはゆっくりとスカーフを持ち主のモノへと運ぶ。

「これっきりということで」

 勝利の喜びを表に出すことなく、むしろ怒りを買わないよう、メルディは淡々と告げた。……意味はなかったが。

「……信じられない! どんな卑怯な手を使ったのよ!!! 見習い魔法使いが私に勝てるわけないでしょう!!!」
「えええ! そんなこと言われても……!」

 怒ると迫力も増し増しだ。メルディは困ったなぁと頭を抱えたくなっていた。それがまた彼女の癇に障ったのか、

「真実を暴いてやる!!」

 彼女が手をかざすと、大きく揺れるピアスが光、そこから杖が現れたのだ。真っ直ぐで無駄がなく、先端に据えられた魔石は既に静かな光を放っていた。

「ちょっと! それはなし……!」
「問答無用っ!」
「うわぁ!」

 だが、メルディにはなにも起こらない。
 メルディが自分で防御魔術を展開するより先に、彼女の杖が弾き飛んだのだ。

「やめなさいイザベル」

 中庭の入り口に、紳士と青年が立っていた。
  
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