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6-1※
しおりを挟むゆっくりと口付ける。
最初は啄むように触れるだけ。後頭部に添えられた手が、時折カイトの首筋や耳の後ろを撫でた。その度に背筋が震え、堪え切れなかった吐息が口から漏れ出る。
それを何度か繰り返した後で、ジェルヴァジオは促すように角度を変えながら彼の唇を舐め上げた。
ゾクゾクとした震えと身体に灯りだした熱に耐え切れなくなり、カイトは内にこもった熱を吐き出すように口を開いた。
すると、待ってましたと言わんばかりに男の舌がするりと滑り込み、彼の舌を絡めとってしまう。
いやらしい音と共に吸われ、舌の裏を擦られ奥まで掻き回された。時折上顎やら喉の奥やらをチロチロと刺激されると、身体が無意識に跳ねた。
後頭部に添えられたジェルヴァジオの手は、逃さんとばかりにカイトの頭を押さえ付け、まるで奥の奥まで喰らいつくそうとしているかのようだった。
頭の芯が痺れたようにぼうっとして、いつの間にか縋り付くように手が、男の服を握り締めていた。
「は、あ……」
互いの口が離れた時にはもう、カイトは正常な思考なんて出来なくなっていた。熱い吐息を逃すように口を開けば、閉じることもできずにただ喘ぐように空気を取り入れるだけ。
舌と唾液とをだらしなく垂らし、涙の奥から男を見上げた。
目の前の男はカイトの目を月のようだと言ったが、月のようなのは寧ろこの男の方なのではないか。
薄明かりに照らされながら鈍く光る両目を見上げて、カイトはぼんやりとそんな事を思った。
その美しい瞳が映すのは自分だけ。そう考えるだけで、熱がぶり返すようだった。
再び口付けられながら優しくベッドの上に押し倒される。その間も、ジェルヴァジオはジッと彼を見つめたままだった。
するりと微かな音と共に紐を解かれる。カイトの生きた国に比べ随分と簡易な衣服は、留紐を数本解いただけで簡単にはだけてしまう。数枚の衣を順に剥がしていけば、あっという間に直に肌に触れた。
「んんんッ──!」
口を塞がれながら、中途半端に開けた衣の中で男の手が触れた。途端、くぐもった嬌声が漏れ出たが、それごと深い口付けで男に食べられた。
優しく、花でも愛でるかのような柔い触り方で、その指が腹の辺りから肌を上へと滑っていく。
慣れた手付きだ。そんな事を一瞬思うも、その手が胸の飾りを弄び出すと途端に余裕が無くなってしまった。
そんな所、触れる事も触れられた事もない。慣れないところへの刺激は未知の世界で、しかし微かに、痺れるような感覚を覚えた。
触られるごとに耐え切れなくなり、カイトはその手にギュッとしがみ付きながら、時折背筋を大きく震わせる。
強すぎる刺激に思わず目を瞑れば、ジェルヴァジオはしばらくして口を離した。
微かに震えながらその隙に、カイトははぁはぁと口を大きくあけながら息を整える。
だがもちろん、ジェルヴァジオの行動がそこで止まる訳もなかった。
カイトの胸に置かれていた手が、今度は肌を伝って徐々に下腹部へと降りていく。それにまたしてもビクビクと震えてしまうと今度は。胸にぬるりとした何かが押しつけられるのが分かった。
カイトが慌てて目を開けると、男は微かに笑いながらカイトの胸を口に含んでいる光景が目に飛び込んでくる。
見た目はなまじ美しい男なだけあって、彼のそんな姿は、カイトをどこか倒錯的な気分にさせた。
咄嗟に静止の声を上げようとするがしかし。
「ま、て、それ────んあッ!」
突然の刺激に声が漏れ出てしまった。
胸を舐める様を見せ付けられているその隙に、下腹部に渡ったその手が、ゆるりと反応していたカイトのものを無遠慮に擦り上げたのだ。
思わず赤面して、カイトは咄嗟に口に手を当てて次なるイタズラに備えた。
けれども男は、ただ愉快そうに恍惚とした表情でじっとりと、カイトを見詰めながら手を舌を動かし続けるのだった。
器用に動く舌が、ぬるぬると胸の尖りを押し潰す。何度も刺激される内にピンと立ち上がったそこは、自身を擦られた時の快楽に紛れ、微かな動きにもビリビリとした痺れるような感覚をもたらした。
それが何なのか。わかりたいようなわかりたくないような。彼はすっかり溶けてしまった思考の中で、じわじわと込み上げてくるそれに背筋を震わせた。限界が近かった。
「ん、んん、はぁッ────んんッ!」
両手の中で声を押し殺しながら、悶えていたところで。強く先端を擦られ、胸の方も吸われ、倒錯的な感覚に耐えられなくなってしまった彼は、呆気なく果ててしまった。
ゾクゾクと震える背筋をのけぞらせ、強い快感に身体を震わす。
大きな波が過ぎ去り、すっかり弛緩してしまった身体を持て余しながらカイトは目を瞑って息を整えた。
そのまましばらくじっとしていると、目の前で気配が動いた事に気が付く。
「カイル」
その名前を呼ばれて目を開ければ、思っていた以上に近くに男の顔があった。
カイトではないその名前を呼ばれると、まるで自分が死ぬ前の自分になったかのように錯覚してしまう。
この男と敵対していたあの時。戦場を駆け、対峙し、幾度も剣を交えたあの瞬間。まるでその頃に戻ってしまったかのように思えて混乱する。
その名前を読んだ男はひどく興奮しているのか、その目には嗜虐的な色が見え隠れしていた。
そんな男の気配に何故だかドキリと胸を跳ねさせながら、カイトはジェルヴァジオの目を見つめて、しかしどこか冷静になった頭で言い返す。
一度吐精した事で、彼の冷静な部分は少し、戻ってきているようだった。
「今の名はカイトだ……その名前の男はとっくに死ん──」
「死んでいない。ここに居る」
この男はあくまでも、カイル・リリエンソールは死んでいないのだと言い張るつもりらしい。それが嬉しくもあり、少しだけ寂しかった。
カイトは思わず目を逸らした。自分でもどちらが良いのかなんて分からないのだ。ただ、カイル・リリエンソールの名前で呼ばれると複雑な気持ちになる。
どうしたら良いかは自分でも分からない。けれども、ただ自分が今はカイルではないのだと、それだけははっきりと自覚している。だからこそ、その名でジェルヴァジオに呼ばれると、まるで今の自分では無い男の事をひたすら見続けているかのように思われてしまう。
それが少しだけ居心地が悪かった。
馬鹿馬鹿しい。けれどもそれは今、見過ごせないところまで
そんな彼の気分を知ってか知らずか。男は更に続けて言った。
「カイト」
その名で呼ばれ、ハッとして再び目を合わせる。すると、目の前のジェルヴァジオの顔はニヤリと笑っていて、彼はそこで初めて揶揄われたのだと気が付く。
眉間に皺を寄せながら言えば、一層嬉しそうに笑った。
「呼ばないんじゃなかったのか」
「そんな事は一言も言っていない。呼ばなかっただけだ」
何だか屁理屈を捏ねられたような気がして、しかし自分の名前を呼ばれた事も嬉しくて。
またしてもジェルヴァジオにしてやられたような気分になって、カイトはブスッと膨れる。
それを見た男は、宥めるように彼の額や頬に口付けを降らせた。
「そう愛らしくいじけてくれるな。お前が言うなら、俺はどちらで呼んでも構わん。ただ、カイルもカイトも、お前だと言う事は分かる。それでいい。それだけで十分だ。この手の内にあるのだと思えば、嬉しくて仕方ない……多少の事は許せ」
歓喜に打ち震えるような声音でそんな事を言われてしまえば、カイトはもう、何も言えなかった。
「百年半だ。それ程待って、ようやく念願叶った」
言いながら、ゆっくりと再び口に口付けられる。男のじわりじわりと溶かしてくるその口付けに翻弄され、思考を溶かされその後は。なし崩しだった。
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