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70.胸騒ぎ④
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二つの足音が重なるように、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。
私は困惑しながら、その足音を聞いていることしか出来ない。
(なんで……ここにお父様がいるの!? もう会いたくないのに……)
ドクドクと激しく鼓動が鳴り、私の頭の中は完全にパニック状態だった。
幸か不幸か、サリーに飲まされた毒は確かに今も私の体を蝕み動けなくさせているが、呼吸は先程よりも楽になっているような気がする。
私の体が毒に慣れ始めてきたのだろうか。
しかし、こんなことになるのなら気を失っていた方が遥かにマシに思えた。
「リリアはどこに……、……っ!?」
苛立った父の声が近くで響いたかと思うと、不意に視線が合ってしまう。
私達はお互い驚き、言葉を詰まらせていた。
「リリア様なら、こちらにちゃんといらっしゃいますよ」
「この状態は一体……」
父はソファーの上で苦しそうに横たわる私を眺めながら、戸惑ったように呟いた。
誰だってこんな状態の私を見たら驚くだろう。
私はこれ以上視線を合わせたくなくて、ふいっとどこかへと流した。
「今リリア様の体には毒が回っていて、起き上がるのが苦しそうだったので寝かしてあります。あ、喋ることも今は出来ないと思いますよ」
「毒……?」
父はサリーの言葉に本気で動揺しているようだ。
今の私には父の表情は見ていないが、声の戸惑い方を聞いていれば簡単に気付く。
この男は確かに狡賢いが、演技をするのはあまり得意ではなかった気がする。
「はい、毒です。話は変わりますが、貴方様がどんな方なのかということは、既に聞き及んでいます。だから私も今回、伯爵様の真似をさせて頂こうかと思うんですよ」
「は……? 何を言っているんだ? アレクシス殿下に取り入ってくれるという話ではなかったのか!?」
サリーは愉しげな口調で話していたが、一方の父はかなり戸惑っている様子だ。
(サリーは一体何を考えているの……?)
私には彼女の意図が読み取れず、ますます分からなくなる。
最初は二人が手を組んで、私のことを失脚させようとしているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
しかし父を呼び出したのは、サリーで間違いなさそうだった。
「ふふっ、そんなことするわけないでしょ? 馬鹿なの?」
「貴様、メイド風情が私にそのような口を聞いてただで済むと思っているのか?」
「問題ないわ。今後の私にとって、シュトール伯爵は邪魔な存在にしかならないのだから。邪魔者は早めに対処するに限るでしょ? 貴方ならその気持ち分かってくれますよねっ?」
「……っ、リリア! このメイドを黙らせろ。お前が仕向けたのか!?」
逆上するように父の怒鳴り声が室内へと響き渡る。
私はその声を聞いて、嫌悪するように父のことを睨み付けた。
もう私達はただの他人だというのに、まだ私のことを道具のように使うつもりなのだろうか。
その事が許せなくて、反射的に反応してしまったようだ。
「ねえ、伯爵。私の話、聞いていましたか? リリア様は今、毒で口が聞けないんです。だから返答を求めても無駄ですよ」
「なっ……!」
この男は私が毒で苦しんでいても、一切心配するような素振りも、助けようと動く事もしなかった。
私のことなど、本当にどうでもいいのだろう。
「今の態度ではっきりと答えが出ました。やっぱり伯爵は私にとっては邪魔な存在にしかならない。ですので、貴方にはこの舞台から退場してもらうことにしますね」
「それはどういう意味だ?」
父が困惑気味にサリーに問いかけると、彼女はにっこりと微笑み「こういうことですよっ」と答えた。
「きゃああああ!!」
突然サリーは扉の方を向き、大声で叫んだ。
その声に驚き、私はビクッと体を震わせてしまう。
すると直ぐに奥から警護していた兵士が駆け込んできた。
「一体何事ですか? リリア様、ご無事ですか!?」
「すぐにこの男を捕らえて」
兵士は血まみれなサリーの掌を見て、襲われたと判断したようだ。
直ぐに父は二人の兵士に取り押さえられる。
「なっ! おい、離せ。このメイドが言っていることは全てでたらめだ! 私はこのメイドに嵌められたんだ!」
「いいえ、違います! この男は最初からリリア様を……」
騒々しい声が室内に響き渡っているのだが、頭の奥がふわりと揺れて意識が薄れていくようだ。
次第に声は何かの音のようにしか聞こえてこなくなり、話の内容を把握することが困難になっていく。
しかし、気分が悪くなるわけではなかった。
まるで眠りに入る時のような、微睡みの中にいるような気分で、どこか心地よさすら感じてしまう。
(私、このまま死ぬのかな……)
その恐怖を思うと泣きそうになるが、そう思った瞬間、全身に強い衝撃を感じてハッと我に返った。
私はどうやら硬い地面に倒れているようだ。
「おい、しっかりしろ。大丈夫か?」
「……え?」
そんな時だった。
バタバタと激しい足音が近づいて来て、同時に「リリア!」と叫ぶ声が響く。
その声は、間違いなくずっと待っていた愛しい者の声だった。
「あ……、アレクシス、様……」
私は掠れたような小さな声で彼の名前を呼んだ。
しかし彼は私の元を通り過ぎて、ソファーの方へと移動していった。
(え……?)
私は痛みを耐えながら、ゆっくりと体を起こした。
どうやら先程の毒の効果は時間の経過と共に薄れていったようだ。
全身に打撲したような痛みを感じるが、体を動かすことが出来る。
「リリア、無事か? ……これは、毒か。今すぐに解除するから」
私が目の前にいるのに、アレクシスは何故か私に背中を向けながらそんなことを言う。
違和感を覚えて、私は視線を彼の奥へと向けた。
すると目の前には苦しそうに横たわっている、私の姿がそこにはあった。
(…………)
その光景を目にした瞬間、私は時間が止まったように固まっていた。
この状況が全く把握出来ずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。
私は困惑しながら、その足音を聞いていることしか出来ない。
(なんで……ここにお父様がいるの!? もう会いたくないのに……)
ドクドクと激しく鼓動が鳴り、私の頭の中は完全にパニック状態だった。
幸か不幸か、サリーに飲まされた毒は確かに今も私の体を蝕み動けなくさせているが、呼吸は先程よりも楽になっているような気がする。
私の体が毒に慣れ始めてきたのだろうか。
しかし、こんなことになるのなら気を失っていた方が遥かにマシに思えた。
「リリアはどこに……、……っ!?」
苛立った父の声が近くで響いたかと思うと、不意に視線が合ってしまう。
私達はお互い驚き、言葉を詰まらせていた。
「リリア様なら、こちらにちゃんといらっしゃいますよ」
「この状態は一体……」
父はソファーの上で苦しそうに横たわる私を眺めながら、戸惑ったように呟いた。
誰だってこんな状態の私を見たら驚くだろう。
私はこれ以上視線を合わせたくなくて、ふいっとどこかへと流した。
「今リリア様の体には毒が回っていて、起き上がるのが苦しそうだったので寝かしてあります。あ、喋ることも今は出来ないと思いますよ」
「毒……?」
父はサリーの言葉に本気で動揺しているようだ。
今の私には父の表情は見ていないが、声の戸惑い方を聞いていれば簡単に気付く。
この男は確かに狡賢いが、演技をするのはあまり得意ではなかった気がする。
「はい、毒です。話は変わりますが、貴方様がどんな方なのかということは、既に聞き及んでいます。だから私も今回、伯爵様の真似をさせて頂こうかと思うんですよ」
「は……? 何を言っているんだ? アレクシス殿下に取り入ってくれるという話ではなかったのか!?」
サリーは愉しげな口調で話していたが、一方の父はかなり戸惑っている様子だ。
(サリーは一体何を考えているの……?)
私には彼女の意図が読み取れず、ますます分からなくなる。
最初は二人が手を組んで、私のことを失脚させようとしているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
しかし父を呼び出したのは、サリーで間違いなさそうだった。
「ふふっ、そんなことするわけないでしょ? 馬鹿なの?」
「貴様、メイド風情が私にそのような口を聞いてただで済むと思っているのか?」
「問題ないわ。今後の私にとって、シュトール伯爵は邪魔な存在にしかならないのだから。邪魔者は早めに対処するに限るでしょ? 貴方ならその気持ち分かってくれますよねっ?」
「……っ、リリア! このメイドを黙らせろ。お前が仕向けたのか!?」
逆上するように父の怒鳴り声が室内へと響き渡る。
私はその声を聞いて、嫌悪するように父のことを睨み付けた。
もう私達はただの他人だというのに、まだ私のことを道具のように使うつもりなのだろうか。
その事が許せなくて、反射的に反応してしまったようだ。
「ねえ、伯爵。私の話、聞いていましたか? リリア様は今、毒で口が聞けないんです。だから返答を求めても無駄ですよ」
「なっ……!」
この男は私が毒で苦しんでいても、一切心配するような素振りも、助けようと動く事もしなかった。
私のことなど、本当にどうでもいいのだろう。
「今の態度ではっきりと答えが出ました。やっぱり伯爵は私にとっては邪魔な存在にしかならない。ですので、貴方にはこの舞台から退場してもらうことにしますね」
「それはどういう意味だ?」
父が困惑気味にサリーに問いかけると、彼女はにっこりと微笑み「こういうことですよっ」と答えた。
「きゃああああ!!」
突然サリーは扉の方を向き、大声で叫んだ。
その声に驚き、私はビクッと体を震わせてしまう。
すると直ぐに奥から警護していた兵士が駆け込んできた。
「一体何事ですか? リリア様、ご無事ですか!?」
「すぐにこの男を捕らえて」
兵士は血まみれなサリーの掌を見て、襲われたと判断したようだ。
直ぐに父は二人の兵士に取り押さえられる。
「なっ! おい、離せ。このメイドが言っていることは全てでたらめだ! 私はこのメイドに嵌められたんだ!」
「いいえ、違います! この男は最初からリリア様を……」
騒々しい声が室内に響き渡っているのだが、頭の奥がふわりと揺れて意識が薄れていくようだ。
次第に声は何かの音のようにしか聞こえてこなくなり、話の内容を把握することが困難になっていく。
しかし、気分が悪くなるわけではなかった。
まるで眠りに入る時のような、微睡みの中にいるような気分で、どこか心地よさすら感じてしまう。
(私、このまま死ぬのかな……)
その恐怖を思うと泣きそうになるが、そう思った瞬間、全身に強い衝撃を感じてハッと我に返った。
私はどうやら硬い地面に倒れているようだ。
「おい、しっかりしろ。大丈夫か?」
「……え?」
そんな時だった。
バタバタと激しい足音が近づいて来て、同時に「リリア!」と叫ぶ声が響く。
その声は、間違いなくずっと待っていた愛しい者の声だった。
「あ……、アレクシス、様……」
私は掠れたような小さな声で彼の名前を呼んだ。
しかし彼は私の元を通り過ぎて、ソファーの方へと移動していった。
(え……?)
私は痛みを耐えながら、ゆっくりと体を起こした。
どうやら先程の毒の効果は時間の経過と共に薄れていったようだ。
全身に打撲したような痛みを感じるが、体を動かすことが出来る。
「リリア、無事か? ……これは、毒か。今すぐに解除するから」
私が目の前にいるのに、アレクシスは何故か私に背中を向けながらそんなことを言う。
違和感を覚えて、私は視線を彼の奥へと向けた。
すると目の前には苦しそうに横たわっている、私の姿がそこにはあった。
(…………)
その光景を目にした瞬間、私は時間が止まったように固まっていた。
この状況が全く把握出来ずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。
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