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1.ヒロインに転生していた様です
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「ミア・レーゼル嬢は君のことであってるかな?」
「……はい?」
突然背後から名前を呼ばれて私が振り返ると、いかにも王子っぽい容姿を持つ男が眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
この者と直接会ったことはないが見覚えがある。
彼の表情を見れば、私に対して良い感情を持っていないのは一目瞭然。
そして、こんな敵意を感じさせる態度を向けられたのは、彼が初めてではなかった。
(……今度は王子の登場か。面倒ね)
私は引き攣った顔を浮かべながらも、不満そうな顔を見せるその男に「何でしょうか?」とわざとらしく問いかけてみせる。
私の名前はミア・レーゼル。
幼い頃は孤児院で暮らしていたが、私が五歳の時に伯爵家のレーゼル夫妻に養子としてもらわれた。
夫妻は子に恵まれていなかった事もあり、私のことを本当の娘のように可愛がってくれた。
私の容姿は乙女ゲームのヒロインにありがちなピンクブロンドのふわっとした髪に、淡いブルーの瞳。
色白で、小柄であるためか、少し幼さが残る顔立ちをしている。
見た目は一言で伝えるのならば、可愛らしいという表現が一番当てはまるはずだ。
自分の姿を可愛らしいと言ってしまうのは、私が自惚れているからではない。
ここは前世でプレイしていた乙女ゲームの世界であり、どうやら私はヒロインとして転生してしまったようなのだ。
そのことに気付いたのは今日の朝、この学園の門をくぐり抜けた瞬間だった。
こんな狙ったようなタイミングで思い出しても、正直困るというのが率直な感想である。
そして問題は直ぐに起こった。
前世の記憶を思い出して数分経った頃に、一人の男に突然呼び止められる。
私の名前を一番最初に呼んだのは、オリヴァー・ドレヴィスと名乗る男だった。
その名前には当然聞き覚えがあった。
悪役令嬢である、ローゼマリー・ドレヴィスの双子の弟。
オレンジブラウンの髪に同色の瞳。
少し可愛らしい顔付きをしているが正真正銘男だ。
そんな人物から突然『マリー姉さんをいじめるつもりなら許さないからな!』と宣戦布告された。
そもそも肝心のローゼマリーにはまだ出会ってもいないのに、そんなことを言われても反応に困ってしまう。
オリヴァーは一言だけ告げると、満足そうな表情を浮かべそのまま去っていった。
それからまた数分後、続いてやって来たのはラファエル・ヘルムートだった。
たしか、父親は聖騎士団の団長を務めている設定だったはず。
アッシュグレーの髪に紫色の瞳。背が高く、どことなく色気がある。
そして、彼は不思議なことを言っていた。
『聖女様を貶める奴は断罪対象になる』と。
そもそも聖女っていうのはヒロインである私のことだと思うのだけど、なぜ私に対してそんなことを言っているのか意味が分からない。
その後も彼はブツブツと何か独り言を始めていたので、私は気配を消してそっと退散した。
入学式が終わり教室に向かおうと中庭を歩いていると、突然背後から再び名前を呼ばれた。
ここまでくると、どんな展開が待っているのか容易に予想出来てしまうのがとても悲しい。
だって、嫌な予感しかしないのだから仕方がない。
彼の名前はギルベルト・エル・シュトラウス。
この乙女ゲームのメインヒーローであり、悪役令嬢であるローゼマリーの婚約者。
金髪碧眼で綺麗な顔立ちをしていて、見るからに王子様の容姿をしている。
「僕は絶対に君のことを好きにはならない。だから諦めてくれ」
「…………」
私はその言葉に絶句した。
初対面の人間にいきなりこんな台詞を吐いてくるなんて、目の前の男は頭がおかしいのだろうか。
そもそも私はギルベルト推しではなかったし、最初から好きになるつもりなんてない。
私にだって選ぶ権利はあるんだと言ってやりたくなったが、そこはぐっと堪えた。
相手は王子だ。
率直に答えてしまえば、最悪不敬罪に問われてしまう可能性もある。
「ギルベルト殿下、お初にお目にかかります。私はその様なことは微塵も思っておりませんので、どうぞご安心くださいませ!」
私は丁寧な口調で静かに答えた後に頭を下げた。
「それでは私は教室に戻りますので、失礼します」
「…………」
私の淡々とした態度を見ていたギルベルトは、少し驚いたような表情を浮かべているようだ。
(馬鹿は無視するのに限るわ!)
長居して余計なことをまた言われる前に、私はさっさとその場を後にした。
それにしても、先ほどから何かがおかしい。
ヒロインである私に、しかも初対面であるはずなのに、攻略対象者達はあからさまに敵意を向けてきている。
三人ともすでに私の名前も知っているようだ。
(一体、どうなっているの?)
けれど、ヒロインに転生したからといって、攻略対象達に関わらないといけないという決まりはないはずだ。
向こうが私に興味ないのであれば、こちらが近づきさえしなければ何も起こらないに違いない。
この乙女ゲームの中に、私が魅力を感じる攻略対象者は一人もいなかった。
敢えて言えばパッケージのイラストが好みだったということくらいだろうか。
ストーリーも良くあるタイプのもので、学園生活を送りながら攻略対象者達との好感度を上げて、恋愛に発展させていくという至ってシンプルな内容だ。
(なんでこんなパッとしない乙女ゲームなんかに、私は転生してしまったんだろう……)
自慢ではないが、前世ではかなりの数の乙女ゲームをプレイしていた。
中には気に入って何週も繰り返したものだってあった。
それなのに、どうしてよりにもよってこのゲームだったのだろうと考えてしまう。
***
ギルベルトに呼び止められてしまったせいで、無駄に時間を取られてしまった。
私は急いで教室に向かおうとしたのだが、この学園はとにかく広い。
同じ作りの棟もいくつかあるため、慣れていないと迷ってしまう。
探している一学年の教室が中々見つからず、焦りからつい走って移動していると、角を曲がったところで突然誰かと鉢合わせてしまいそのままぶつかってしまった。
「……っ! ご、ごめんなさいっ! 大丈夫ですか?」
「ああ、君は平気?」
私達はぶつかった衝撃で、お互い床に転んでしまったようだった。
明らかに廊下を走って移動していた私が悪い。
ぶつかった相手の顔を覗き込もうとすると、彼の顔は長い前髪で隠れていて表情を伺うことが出来なかった。
黒い髪に、白い肌。体付きもやせ型でひょろっとしていて、男にしては随分と弱弱しく見える。
だからこそぶつかった拍子に、怪我をさせてしまったのではないかと心配になってしまう。
「私は大丈夫です」
「そうか。それならば良かった」
そんな時、予鈴の音が校内に鳴り響いた。
「あ、どうしよう……」
「どうかした?」
私が焦っていると、彼は小さく声をかけてきた。
「私、今日入学したばかりなんですが、一学年の教室がわからなくて」
「ああ、君は新入生か。ここは違う棟になるな。良かったら案内しようか?」
「でもっ、そんなことしたらあなたが遅刻してしまいませんか?」
「俺のことなら気にしなくて大丈夫だよ。それよりも君のほうこそ初日から遅刻はしたくないよね?」
私は彼の言葉に小さく頷いた。
すると彼の口元が小さく吊り上がり「じゃあ行こうか」と言って案内をしてくれた。
どうやら私は違う棟に来てしまっていたらしい。
これではいくら歩き回ったとしても、目的地である教室には到着するはずがない。
(親切な人に出会えて良かった……)
「ここの一番奥が一学年の教室になるよ。間に合って良かったね。じゃあ俺はここで」
「あのっ、ありがとうございます! おかげで助かりました」
私は慌てるように感謝の言葉を述べて、続けて頭をぺこっと小さく下げた。
すると僅かだが彼の口元が小さく上がった。
「あの、お名前を伺っても」
「もうすぐ授業が始まるし、次会えた時に自己紹介はするよ」
彼はそう言うと手を軽く振って、背を向けて歩き出した。
私はどうしようと思いながらも、初日に遅刻はしたく無かったので慌てて教室へと向かった。
次に会った時に改めてお礼をしよう。
その時にちゃんと自己紹介もすればいい。
(顔は見えなかったけど、優しい人だったな)
それが彼との出会いだった。
「……はい?」
突然背後から名前を呼ばれて私が振り返ると、いかにも王子っぽい容姿を持つ男が眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
この者と直接会ったことはないが見覚えがある。
彼の表情を見れば、私に対して良い感情を持っていないのは一目瞭然。
そして、こんな敵意を感じさせる態度を向けられたのは、彼が初めてではなかった。
(……今度は王子の登場か。面倒ね)
私は引き攣った顔を浮かべながらも、不満そうな顔を見せるその男に「何でしょうか?」とわざとらしく問いかけてみせる。
私の名前はミア・レーゼル。
幼い頃は孤児院で暮らしていたが、私が五歳の時に伯爵家のレーゼル夫妻に養子としてもらわれた。
夫妻は子に恵まれていなかった事もあり、私のことを本当の娘のように可愛がってくれた。
私の容姿は乙女ゲームのヒロインにありがちなピンクブロンドのふわっとした髪に、淡いブルーの瞳。
色白で、小柄であるためか、少し幼さが残る顔立ちをしている。
見た目は一言で伝えるのならば、可愛らしいという表現が一番当てはまるはずだ。
自分の姿を可愛らしいと言ってしまうのは、私が自惚れているからではない。
ここは前世でプレイしていた乙女ゲームの世界であり、どうやら私はヒロインとして転生してしまったようなのだ。
そのことに気付いたのは今日の朝、この学園の門をくぐり抜けた瞬間だった。
こんな狙ったようなタイミングで思い出しても、正直困るというのが率直な感想である。
そして問題は直ぐに起こった。
前世の記憶を思い出して数分経った頃に、一人の男に突然呼び止められる。
私の名前を一番最初に呼んだのは、オリヴァー・ドレヴィスと名乗る男だった。
その名前には当然聞き覚えがあった。
悪役令嬢である、ローゼマリー・ドレヴィスの双子の弟。
オレンジブラウンの髪に同色の瞳。
少し可愛らしい顔付きをしているが正真正銘男だ。
そんな人物から突然『マリー姉さんをいじめるつもりなら許さないからな!』と宣戦布告された。
そもそも肝心のローゼマリーにはまだ出会ってもいないのに、そんなことを言われても反応に困ってしまう。
オリヴァーは一言だけ告げると、満足そうな表情を浮かべそのまま去っていった。
それからまた数分後、続いてやって来たのはラファエル・ヘルムートだった。
たしか、父親は聖騎士団の団長を務めている設定だったはず。
アッシュグレーの髪に紫色の瞳。背が高く、どことなく色気がある。
そして、彼は不思議なことを言っていた。
『聖女様を貶める奴は断罪対象になる』と。
そもそも聖女っていうのはヒロインである私のことだと思うのだけど、なぜ私に対してそんなことを言っているのか意味が分からない。
その後も彼はブツブツと何か独り言を始めていたので、私は気配を消してそっと退散した。
入学式が終わり教室に向かおうと中庭を歩いていると、突然背後から再び名前を呼ばれた。
ここまでくると、どんな展開が待っているのか容易に予想出来てしまうのがとても悲しい。
だって、嫌な予感しかしないのだから仕方がない。
彼の名前はギルベルト・エル・シュトラウス。
この乙女ゲームのメインヒーローであり、悪役令嬢であるローゼマリーの婚約者。
金髪碧眼で綺麗な顔立ちをしていて、見るからに王子様の容姿をしている。
「僕は絶対に君のことを好きにはならない。だから諦めてくれ」
「…………」
私はその言葉に絶句した。
初対面の人間にいきなりこんな台詞を吐いてくるなんて、目の前の男は頭がおかしいのだろうか。
そもそも私はギルベルト推しではなかったし、最初から好きになるつもりなんてない。
私にだって選ぶ権利はあるんだと言ってやりたくなったが、そこはぐっと堪えた。
相手は王子だ。
率直に答えてしまえば、最悪不敬罪に問われてしまう可能性もある。
「ギルベルト殿下、お初にお目にかかります。私はその様なことは微塵も思っておりませんので、どうぞご安心くださいませ!」
私は丁寧な口調で静かに答えた後に頭を下げた。
「それでは私は教室に戻りますので、失礼します」
「…………」
私の淡々とした態度を見ていたギルベルトは、少し驚いたような表情を浮かべているようだ。
(馬鹿は無視するのに限るわ!)
長居して余計なことをまた言われる前に、私はさっさとその場を後にした。
それにしても、先ほどから何かがおかしい。
ヒロインである私に、しかも初対面であるはずなのに、攻略対象者達はあからさまに敵意を向けてきている。
三人ともすでに私の名前も知っているようだ。
(一体、どうなっているの?)
けれど、ヒロインに転生したからといって、攻略対象達に関わらないといけないという決まりはないはずだ。
向こうが私に興味ないのであれば、こちらが近づきさえしなければ何も起こらないに違いない。
この乙女ゲームの中に、私が魅力を感じる攻略対象者は一人もいなかった。
敢えて言えばパッケージのイラストが好みだったということくらいだろうか。
ストーリーも良くあるタイプのもので、学園生活を送りながら攻略対象者達との好感度を上げて、恋愛に発展させていくという至ってシンプルな内容だ。
(なんでこんなパッとしない乙女ゲームなんかに、私は転生してしまったんだろう……)
自慢ではないが、前世ではかなりの数の乙女ゲームをプレイしていた。
中には気に入って何週も繰り返したものだってあった。
それなのに、どうしてよりにもよってこのゲームだったのだろうと考えてしまう。
***
ギルベルトに呼び止められてしまったせいで、無駄に時間を取られてしまった。
私は急いで教室に向かおうとしたのだが、この学園はとにかく広い。
同じ作りの棟もいくつかあるため、慣れていないと迷ってしまう。
探している一学年の教室が中々見つからず、焦りからつい走って移動していると、角を曲がったところで突然誰かと鉢合わせてしまいそのままぶつかってしまった。
「……っ! ご、ごめんなさいっ! 大丈夫ですか?」
「ああ、君は平気?」
私達はぶつかった衝撃で、お互い床に転んでしまったようだった。
明らかに廊下を走って移動していた私が悪い。
ぶつかった相手の顔を覗き込もうとすると、彼の顔は長い前髪で隠れていて表情を伺うことが出来なかった。
黒い髪に、白い肌。体付きもやせ型でひょろっとしていて、男にしては随分と弱弱しく見える。
だからこそぶつかった拍子に、怪我をさせてしまったのではないかと心配になってしまう。
「私は大丈夫です」
「そうか。それならば良かった」
そんな時、予鈴の音が校内に鳴り響いた。
「あ、どうしよう……」
「どうかした?」
私が焦っていると、彼は小さく声をかけてきた。
「私、今日入学したばかりなんですが、一学年の教室がわからなくて」
「ああ、君は新入生か。ここは違う棟になるな。良かったら案内しようか?」
「でもっ、そんなことしたらあなたが遅刻してしまいませんか?」
「俺のことなら気にしなくて大丈夫だよ。それよりも君のほうこそ初日から遅刻はしたくないよね?」
私は彼の言葉に小さく頷いた。
すると彼の口元が小さく吊り上がり「じゃあ行こうか」と言って案内をしてくれた。
どうやら私は違う棟に来てしまっていたらしい。
これではいくら歩き回ったとしても、目的地である教室には到着するはずがない。
(親切な人に出会えて良かった……)
「ここの一番奥が一学年の教室になるよ。間に合って良かったね。じゃあ俺はここで」
「あのっ、ありがとうございます! おかげで助かりました」
私は慌てるように感謝の言葉を述べて、続けて頭をぺこっと小さく下げた。
すると僅かだが彼の口元が小さく上がった。
「あの、お名前を伺っても」
「もうすぐ授業が始まるし、次会えた時に自己紹介はするよ」
彼はそう言うと手を軽く振って、背を向けて歩き出した。
私はどうしようと思いながらも、初日に遅刻はしたく無かったので慌てて教室へと向かった。
次に会った時に改めてお礼をしよう。
その時にちゃんと自己紹介もすればいい。
(顔は見えなかったけど、優しい人だったな)
それが彼との出会いだった。
応援ありがとうございます!
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