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9.家族とのひと時
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ルシエルは約束通り居間が見えてくると繋いでいる指を解いてくれた。
内心ほっとしているものの、少し残念にも感じる。
私がつい寂しそうな顔を浮かべてしまうと、彼はクスッと小さく笑い耳元に顔を近づけてきた。
「そんなに残念そうな顔をしないで。後で沢山繋いでげるから」
「……っ、ち、違いますっ! 私はそんなこと考えてなっ……」
「フィー、今は大人しく席に着いたほうが良いんじゃない?」
「あ……」
私が思わず声を上げてしまうと、周囲の視線は一斉にこちらへと向けられる。
突然のことに私が狼狽えていると、隣にいたルシエルは「大丈夫だよ」と優しい声で呟いた。
「少しからかいすぎてしまったみたいだ。ごめんね、フィー」
「いえ……」
彼が周囲に聞こえる大きさの声で答えると、集まっていた視線は次第に離れていく。
どうやら『いつものこと』と皆には伝わったようだ。
(良かった……)
「朝から二人は仲が良いのね」
そう柔らかい声を響かせたのは母だった。
いつもと同じ微笑むような優しい顔をこちらに向けている。
その姿を見ている限り、私達の関係に変化が起きたことには気付いてなさそうだ。
「二人とも、いつまでも突っ立っていないで席に着きなさい」
「「はい」」
父に促され私達は席へと着席する。
席順は主である父が一番奥の真ん中の席に座り、その左右に母とルシエル。私は母の隣だ。
ルシエルとは対面するように座っているため、簡単に目が合ってしまう。
(まずは落ち着かないと……)
私は皆に気付かれないように、小さく深呼吸をして心を落ち着かせる。
そんなことをしていると料理が次々に運ばれ、テーブルの上が賑やかになっていく。
具だくさんの野菜スープに、香ばしい匂いを漂わせている焼き立てのパン、良い感じに焦げ目がついたベーコンに、半熟の目玉焼き、ベイクドビーンズなどが乗った皿が並べられる。
(焼き立てのパンの匂いってすごく好き。これのおかげで落ち着けそうかも)
デーメル家では私が来た時から、食事は出来る限り皆で揃って食べるという決まりがある。
それは家族の絆を大切にしたいという両親の願いからなのだろう。
きっと大切な人を亡くしたから、家族の時間を大切にする気持ちが強くなったのだろうと、私は勝手に解釈している。
(やっぱり食事は一人でするよりも、皆で取ったほうが美味しく感じられるわ)
家族の時間を当たり前のように毎日与えてくれたからこそ、私は直ぐにこの邸に馴染むことが出来た。
本当に絵に描いたような素敵な家族だが、この邸内には一つだけ絶対に口に出してはいけない言葉がある。
それは公爵家の者だけでなく、従業員も同様のようだ。
その言葉というのは、幼い頃に亡くなった本物の妹の名である。
(こんなにも幸せそうな顔をしているのに、今でもまだ心の傷跡は消えてないのかな)
私はそれを知らなくて、幼い頃にルシエルの前で口に出してしまったことがある。
すると、優しかった彼の表情がみるみるうちに変わり「フィー、その名は口に出さないで」と注意された。
その時のルシエルの顔が幼かった私には怖く見えて、二度と口にしないと心に決めたくらいだ。
(あんなお兄様の表情を見たのは、後にも先にもあの時だけだったな)
怖いと感じたのは、怒った顔を見せられたからではない。
表情のない、心が抜け落ちた顔を見た瞬間、全身に鳥肌が立ち私は怯えてしまった。
今思うと何も配慮しなかった私が悪いとは思うが、それがトラウマになってしまったのも事実である。
(だめ、この話は忘れないと……)
あの時の光景が脳裏に浮かんできそうだったので、考えることを放棄した。
既に私の体は少し震え始めている。
私は今しがた会話を始めたルシエルと父のほうに意識を向けることにした。
「父上、朝食が終わったらフィーと二人で王都に行こうと思ってます」
「随分急な話だな」
来て早々、ルシエルはその話をしていて、私はドキドキしながら二人の様子を眺めていた。
(いきなり、その話をするの……?)
戸惑うことで意識が全てそちらに傾き、嫌なことを一瞬で忘れることが出来た。
「フィーも今日は用事がないと言っていたので丁度良いと思いまして。卒業を祝ってあげたいし、今まで頑張ってきた妹を出来る限り労ってやりたいんです」
「あら、いいじゃない。あなたも賛成でしょ?」
ルシエルの話を聞いて、母は表情を明るくさせ感動しているようだ。
きっと妹思いの優しい兄という構図が母の中には出来ているのだろう。
私達は幼い頃からずっと仲が良くて、一緒にいることも多かった。
彼が突然そんなことを言い出したとしても、不自然にはならない。
「まあ、ルシエルがいるのなら安心か。たしかに、フィーは今まで頑張って来たからな。今日は楽しんできなさい」
「あ、ありがとうございます! お父様、お母様……」
母の言葉に促されるように、父もあっさりと受け入れてくれた。
許してもらえたことに嬉しさが込み上げてきて、私の表情がぱっと明るくなる。
この時あまり罪悪感を持たなかったのは、これがいつもの光景と何ら変わりがないように思えたからだ。
私が笑顔を振りまいていると、不意にルシエルと目が合いドキッと心臓が飛び跳ねる。
「フィー、良かったね。今日は何でも買ってあげるから、遠慮はなしだよ。これはフィーの卒業祝いでもあるのだからね」
「ありがとうございます、お兄様っ!」
こんなにも王都に行くのが楽しみに感じたことはない。
時間の経過と共に嬉しさが増していき、朝食の間私はずっと笑顔を絶やさなかった。
(私、今まで頑張って来て良かった……!)
私に取って今日という日はご褒美の時間になることだろう。
内心ほっとしているものの、少し残念にも感じる。
私がつい寂しそうな顔を浮かべてしまうと、彼はクスッと小さく笑い耳元に顔を近づけてきた。
「そんなに残念そうな顔をしないで。後で沢山繋いでげるから」
「……っ、ち、違いますっ! 私はそんなこと考えてなっ……」
「フィー、今は大人しく席に着いたほうが良いんじゃない?」
「あ……」
私が思わず声を上げてしまうと、周囲の視線は一斉にこちらへと向けられる。
突然のことに私が狼狽えていると、隣にいたルシエルは「大丈夫だよ」と優しい声で呟いた。
「少しからかいすぎてしまったみたいだ。ごめんね、フィー」
「いえ……」
彼が周囲に聞こえる大きさの声で答えると、集まっていた視線は次第に離れていく。
どうやら『いつものこと』と皆には伝わったようだ。
(良かった……)
「朝から二人は仲が良いのね」
そう柔らかい声を響かせたのは母だった。
いつもと同じ微笑むような優しい顔をこちらに向けている。
その姿を見ている限り、私達の関係に変化が起きたことには気付いてなさそうだ。
「二人とも、いつまでも突っ立っていないで席に着きなさい」
「「はい」」
父に促され私達は席へと着席する。
席順は主である父が一番奥の真ん中の席に座り、その左右に母とルシエル。私は母の隣だ。
ルシエルとは対面するように座っているため、簡単に目が合ってしまう。
(まずは落ち着かないと……)
私は皆に気付かれないように、小さく深呼吸をして心を落ち着かせる。
そんなことをしていると料理が次々に運ばれ、テーブルの上が賑やかになっていく。
具だくさんの野菜スープに、香ばしい匂いを漂わせている焼き立てのパン、良い感じに焦げ目がついたベーコンに、半熟の目玉焼き、ベイクドビーンズなどが乗った皿が並べられる。
(焼き立てのパンの匂いってすごく好き。これのおかげで落ち着けそうかも)
デーメル家では私が来た時から、食事は出来る限り皆で揃って食べるという決まりがある。
それは家族の絆を大切にしたいという両親の願いからなのだろう。
きっと大切な人を亡くしたから、家族の時間を大切にする気持ちが強くなったのだろうと、私は勝手に解釈している。
(やっぱり食事は一人でするよりも、皆で取ったほうが美味しく感じられるわ)
家族の時間を当たり前のように毎日与えてくれたからこそ、私は直ぐにこの邸に馴染むことが出来た。
本当に絵に描いたような素敵な家族だが、この邸内には一つだけ絶対に口に出してはいけない言葉がある。
それは公爵家の者だけでなく、従業員も同様のようだ。
その言葉というのは、幼い頃に亡くなった本物の妹の名である。
(こんなにも幸せそうな顔をしているのに、今でもまだ心の傷跡は消えてないのかな)
私はそれを知らなくて、幼い頃にルシエルの前で口に出してしまったことがある。
すると、優しかった彼の表情がみるみるうちに変わり「フィー、その名は口に出さないで」と注意された。
その時のルシエルの顔が幼かった私には怖く見えて、二度と口にしないと心に決めたくらいだ。
(あんなお兄様の表情を見たのは、後にも先にもあの時だけだったな)
怖いと感じたのは、怒った顔を見せられたからではない。
表情のない、心が抜け落ちた顔を見た瞬間、全身に鳥肌が立ち私は怯えてしまった。
今思うと何も配慮しなかった私が悪いとは思うが、それがトラウマになってしまったのも事実である。
(だめ、この話は忘れないと……)
あの時の光景が脳裏に浮かんできそうだったので、考えることを放棄した。
既に私の体は少し震え始めている。
私は今しがた会話を始めたルシエルと父のほうに意識を向けることにした。
「父上、朝食が終わったらフィーと二人で王都に行こうと思ってます」
「随分急な話だな」
来て早々、ルシエルはその話をしていて、私はドキドキしながら二人の様子を眺めていた。
(いきなり、その話をするの……?)
戸惑うことで意識が全てそちらに傾き、嫌なことを一瞬で忘れることが出来た。
「フィーも今日は用事がないと言っていたので丁度良いと思いまして。卒業を祝ってあげたいし、今まで頑張ってきた妹を出来る限り労ってやりたいんです」
「あら、いいじゃない。あなたも賛成でしょ?」
ルシエルの話を聞いて、母は表情を明るくさせ感動しているようだ。
きっと妹思いの優しい兄という構図が母の中には出来ているのだろう。
私達は幼い頃からずっと仲が良くて、一緒にいることも多かった。
彼が突然そんなことを言い出したとしても、不自然にはならない。
「まあ、ルシエルがいるのなら安心か。たしかに、フィーは今まで頑張って来たからな。今日は楽しんできなさい」
「あ、ありがとうございます! お父様、お母様……」
母の言葉に促されるように、父もあっさりと受け入れてくれた。
許してもらえたことに嬉しさが込み上げてきて、私の表情がぱっと明るくなる。
この時あまり罪悪感を持たなかったのは、これがいつもの光景と何ら変わりがないように思えたからだ。
私が笑顔を振りまいていると、不意にルシエルと目が合いドキッと心臓が飛び跳ねる。
「フィー、良かったね。今日は何でも買ってあげるから、遠慮はなしだよ。これはフィーの卒業祝いでもあるのだからね」
「ありがとうございます、お兄様っ!」
こんなにも王都に行くのが楽しみに感じたことはない。
時間の経過と共に嬉しさが増していき、朝食の間私はずっと笑顔を絶やさなかった。
(私、今まで頑張って来て良かった……!)
私に取って今日という日はご褒美の時間になることだろう。
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