幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

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病院職員たちの昼時の日常3

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「これ、3階に入院している、犬飼さんって方に渡していただけないでしょうか」

 そう母親が言うと、隣にいた女の子が手を差し出してきた。
 てのひらにはカエルの折り紙が乗っている。

「折り紙、ですか?」

 受け取りながら、私はそれをよく観察した。
 折り紙はうっすらと文字が透けているように見える。

「あの、大丈夫てすか? 何かのメモが書いてあるようですが」

 メモ書きしたものを子供が折り紙にしたのかもしれない。
 文字の雰囲気からして大人が書いたものに見えるから、他人に渡して問題ないのか心配になった。

「だいじょーぶ! いぬのおばあちゃんに、おてがみだから!」
「手紙?」

 横から口をはさんできた女の子はニコニコしている。
 あの、お母さん。いいんですか、お手紙を他人に渡して。私は郵便配達員でも搬送さんでもないのですが。

「手紙……と言いますか。子供がお世話になったお礼とーー」
「はやく、たーいん、できるといいねって、おいのり! いぬのおばあちゃん、いつもそうやってくれてたの。だから、たーいんできたんだよ!」

 幼女に「退院」と言う言葉は難しいらしい。「たーいん」と言う舌ったらずさが可愛いじゃないか。
 笑顔など作らなくても、つい顔がほころんでしまう。

「そっか。退院できたんだね。良かったなあ。今日は検査かな?」
「そー! いぬのおばあちゃんと、やくそくだったの。つぎは、おばあちゃんが、たーいんできるようにって」

 ええっと。どういうことだ?
 お母さんの方に視線を向けると、笑顔で説明してくれた。

「犬飼さんは、娘が入院中に、とてもよくしてくださった患者さんなんですよ。ここで会うと、いつもカエルを折ってくれたんです。早く帰れるようにお守りだよって」

 なるほど、合点がいった。
 おばあちゃんと言うからには、高齢の女性なのだろう。
 カフェに来ていたと言うなら、感染症の患者ではないはずだ。

「犬飼さんがいて下さったおかげで、娘も病院嫌いにならずに済みました」
「そうなんですか」

 病棟外での患者同士の交流を病院は禁じていないし、場合によっては同じ病気の患者同士の交流会まで用意するくらいだから、カフェで仲良くしていても全く問題ない。
 特に、こんな風に笑顔にしてくれるなら大歓迎。
 良い人だなあ、いぬのおばあちゃん。
 犬飼さん、と言う名前から、いぬのおばあちゃんと呼んでいるのだろう。童謡のようで大変可愛らしい。

「それで今度は、先に退院したお嬢さんがお礼にカエルをプレゼントしたいという事なんですね」
「はい。病院に来ることがあったら、カエルを折ってね、と約束していたみたいで」
「いぬのおばあちゃんが、たーいん、できますように」

 女の子は少しだけ高揚した面持ちで手を差し出してきた。うっすらピンク色の頬が得意げに膨らんでいる。

「そっか。優しいね。ありがとう」

 こっちもうれしくなってしまう。思わず頭を撫でると、女の子は照れくさそうに首をすくめた。
 子供独特の細くて柔らかな髪が指に絡み、一瞬息が詰まりそうになったが、女の子の満面の笑みの前に、私は自然と笑っていた。
 子供の笑顔は最強のハピネスメーカーだ。
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