幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

文字の大きさ
15 / 72

病院職員たちの昼時の日常7

しおりを挟む
「後ろ足部分があるだろ。ここ、尻のあたりな。ばねになるように折り返しをしてるんだ。だからここの、すみっこを少しだけ……指を滑らせるようにしながら押してやると……ほら、跳ぶだろ」
「本当ですね。これは面白い」
「これを教えた犬飼さんって、元保母さんとか、そういう仕事してたのかなあ。子だくさんママさんってのもありそうな気がするけど。いいチョイスだよ。語呂合わせにもなってるし、できた後で遊べるっていうのもいいよな」
「病棟は電子機器の持ち込みが禁止されていますから、読書ができない入院患者には退屈しのぎになりえますね。病院側にとっても、これは好ましいものです」

 桐生さんの言い方だと、まるで楽しくなさそうに聞こえるが、本人は興味深げにカエルを見ているから良しとする。

「んじゃ、どうするよ。さっさとメシ食って、3階病棟いっとく?」
「A~Cまでありますよ。どこの病棟か分からないのに行くつもりですか?」

 そうだった。
 3階はICUを含め、重症患者が多く入院している。
 よってICU以外は全て個室だ。
 看護部直結のナースステーションはどのフロアよりも大きく、各部屋の変化にいち早く対応できるよう、看護師の数も多い。
 心身ともにタフなスタッフが集まる3階からは、常に怒声が聞こえてくる。一刻を争う症状に対し、迅速に的確な判断を下さなければならないからだ。医師がいない時、あるいは医師が来るまでの間をどう乗り切るか、そこにいる看護師たちはよく知っている。
 救命センターと3階の看護師だけは絶対に怒らせてはいけない。
 これは、事務員たちがここに配属された時に最初に覚える事だ。

「あそこの看護師さん、こえーからなあ……」

 配属されたばかりのころ、美人の看護師さんとの出会いを求め、迷ったふりをして3階に行ったところ――ベテランのマダム看護師に強烈に怒られたのは、いい思い出だ。

「怖いですか? 常に緊張感をもって業務に取り組まれている、好ましい方々と思っていますが……」
「桐生さんは特別だろ。雰囲気イケメンだし、仕事できるし」
「前半も後半も、言いたいことはありますが……」

 突然、桐生さんが言葉を切った。
 珍しい。
 どうしたのかと思ってみていると、私のすぐ脇を見ている。つられてそちらを見ると、クロネコがいた。
 もちろん、店内ではない。
 ガラス越しの外側だ。

「お、さっきぶり!」

 と、つい声をかけてしまった。
 猫はこちらに目を向けて、にゃあと鳴いた。
 そのとたんに桐生さんが目を見開いた。
 分かりやすく驚いているからこっちの方が驚いた。

「なんだよ、こんな風に声かけたら変か?」
「いえ、そうではなく……見えて……いるのですか」
「見えてるぞ?」

 クロネコは平和そうに目を細めている。

「ほーら、桐生さんが変なこと言うから、笑ってるじゃねえか」
「……本当に、見えているのですね」
「見えてなかったらおかしいだろ。何言ってんだ?」

 全く分からない。

「それより、そこにいさせておいて、いいのか?」

 病院職員としては、猫を追い払うべきだとはわかっている。
 だが、できる事なら、そっとしてやって欲しいという気持ちもある。
 実は私は猫が好きなのだ。

「……見えているのですか。ええ、そこにいていただいて、構いません。先方がそれを望まれているのでしょうから」

 さすが桐生さんだ。猫相手にも丁寧な言葉遣いは崩さない。
 私はそう思って、心から感心していた。
 だが後に、お互いに大きな間違いをしていたと気づくのだが、この時には……私にも桐生さんにも、全く分からなかった。

しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

処理中です...